第205話 11章:水の星へ覚悟を込めて(17)

「覚悟、決まったのか」

「うん」


 オレの問いに美海は明るい声で頷いた。


 自分の死を目の前にした戦士は、二通りの反応をする。

 恐怖ですくむ者と、頭のネジが飛ぶ者だ。


 普通の戦いであれば、むしろ生き残るのは前者の場合もある。

 だが、圧倒的な強者――魔族やヴァリアント達と戦い続けるには、後者でなければならない。


 わずかな迷いすら、死に繋がるからだ。


 今の美海は落ち着いているように見える。

 戦いの直後というのは、興奮で正常な判断ができないものだ。

 この短時間で平常状態に戻れるのは、ある意味才能だ。

 それも、戦闘の経験は少ないにも関わらずである。


 キャットミーランドでの美海は、ヴァリアントのことも知らずに巻き込まれただけだった。

 だが今回は、全てを知った上での対峙だ。


 その上で、この反応ができるのならば、素質としては申し分ない。


 問題は、彼女が本当にこちら側に来たいのかどうかだ。


「美海は今ならまだ引き返せる。こちら側に来ると、今この瞬間にも死ぬかもしれない。きっと、世に言う普通の幸せってやつは掴めなくなる。何より人間は年をとる。体も心もな。その時になって後悔しても、取り返しはつかない。誰にも知られず野垂れ死ぬかもしれない。それでも来るか?」


 オレは淡々と告げた。

 脅しているわけではない。

 全て事実だ。

 だが、美海の若さで実感することは難しいだろう。

 若い肉体と精神がどれほど価値あるものなのかは、年を重ねてみないとわからないものだ。


「覚悟は決まってるの。私はそちら側に行きたい。たとえ明日死ぬことになっても」


 美海がそこまではっきり言い切れる事情をオレは知らない。

 彼女から言ってこない限り、聞き出すつもりもない。


 ……ムチャな決意というのは若者の特権とも言える。

 何より、彼女の幸せを決めるのは、オレではなく、彼女自身なのだ。


「わかった。改めてようこそ、こちらの世界へ」

「はい! ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「嫁入りじゃないからな?」


 この笑顔がいつまで保つか……。

 いや、最後まで保たせてみせる。

 由依と双葉を優先するという想いは変わらない。

 それでも、今のオレなら友人と呼べる相手くらい、護る力はあるはずだ。



◇ ◆ ◇



 海からの帰り、電車の中ではみんなぐっすり眠っていた。

 起きているのは鍛えられているオレと由依だけである。


「トラブルはあったけど、たまにはこういうのもいいわね」


 そう言って肩にのせてきた由依の頭からは、良い香りが漂ってきた。

 シャワーを浴びたとはいえ、海のあとなのに、なんでこんなに良い匂いなんだろう。


「そうだな」


 由依の良い思い出になったのならなによりだ。




 双葉にお土産を渡せば、今日のミッションはコンプリートだ。

 砂浜で見つけた虹色に輝く貝殻を、キーホルダーに加工したものだ。

 気に入ってくれるだろうか……。

 お土産にキーホルダーというのが、なんとも言い難いというのはわかっているものの、他に思いつかなかったのだからしかたない。

 手間はかけたということで許してほしい。


 そんなことを考えながら、最寄り駅からの家路を歩いていると、消防車のサイレンが鳴り響いてきた。

 向かっている先が我が家なのだが……。

 嫌な予感しかしない。


 マンションの前につくと、そこには多くの野次馬に囲まれ、燃える我が家があった。

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