第196話 11章:水の星へ覚悟を込めて(8) SIDE 美海

SIDE 美海



 いつの間にか気を失っていたらしい私は、レジャー用のゴムボートでかなりの沖にいた。


「え? なんでこんなところに!?」


 隣では鬼瓦さんが眠っている。

 太陽がそれほど傾いていないところを見ると、気絶していた時間は短かそうだ。


 嫌な予感がする。


 急いで戻りたいが、オールはない。

 距離的にはゴムボートをビート板がわりにすれば泳げなくはなさそうだが……正直、自信はない。


 神器を起動すればいけるだろう。

 鬼瓦さんに見られるのは避けたいが、明らかに普通の状況じゃない。


 私は集中してカチューシャをなぞってみた。


 ……なにもおきない。


 もう一度!


 ………………やはりだめだ。


 カズ君なしでは、神器を発動させることはできない。

 やっぱり私ってダメだな。

 所詮は他人から与えられた『特別』なんだ。

 だからといって諦めてたら、カズ君達とはいられない。

 私と由依ちゃんの間には、ただでさえ埋められない差があるんだもの。


 私はゴムボートから降りて、体を水につけた。

 このままバタ足で戻ろうとしたその時――


 ゴオオオォォ――


 ゴムボートの周囲の海水が渦を巻きはじめた。


「え? なにここ? どうしたの!?」


 ぐるぐる回るボートの上で、鬼瓦さんが目を覚ました。


 やばい、引きずりこまれる。

 せめてボートに戻らないと。


 いくらボートに這い上がろうとしても、渦の回転はどんどん速くなり、私達を海中へと引きずり込んでいった。

 洗濯機に放り込まれたように、上も下もわからない。


 しばらくすると、流れがとまった。

 

 あたりは薄暗く、水面は遥か上だ。


「がぼぼ! がぼがぼ! がぼぼぼぼぼ!?」


 隣で鬼瓦さんがなにやらわめいている。

 そんなことをしたら空気がなくなるよ!

 空気……?

 そういえば全く息苦しさがない。

 渦に巻かれた際に息を吐いてしまったと思ったが……。


 おそるおそる呼吸をしてみる。

 不思議なことに、肺には水のかわりに酸素が入ってきた。


「俺様のおかげで呼吸ができるだろう?」


 突然目の前に、タオルを頭に巻いたアラフォーのおっさんが現れた。

 普段は漁にでもでていそうな、いかにも海の男といった雰囲気だ。

 それが海中で腕組みをしながら、こちらを見下ろしている。


 この男、どこかで見たことが……。

 あっ……。


「海の家の人?」


 すごい、普通にしゃべれる。

 それを見た鬼瓦さんもじたばたするのをやめたようだ。

 ヴァリアントに遭遇したことがあるだけあって、飲み込みが早い。


「海の家の主人とは仮の姿! 俺様は海王ポセイドーンだ! ドーン!」


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