第197話 11章:水の星へ覚悟を込めて(9) SIDE 美海
SIDE 美海
ポセイドーンが名乗りを上げるのと同時に、彼の背後で大量の泡が海底火山のように吹きだした。
自分で演出しているのだろうか。
その陽気さが逆に不気味である。
ノリの良いヤツだ、などと言っている場合じゃない。
ポセイドーンといえば、ギリシャ神話の超有名な神だ。
カズ君によると、強い神がもとになっているほど、ヴァリアントも強力になると聞いた。
ならばこのポセイドーンは、キャットミーランドで私を襲ったヴァリアントよりも強いのだろう。
「おめでとう。キミはオレの食料に選ばれた!」
ばばーんんと両手を開いておどけるポセイドーン。
「おや? あまり驚かないね」
「ヴァリアントなんでしょ?」
「ほっほう! それを知っているとは、『組織』の人間かな!?」
いちいち動作が大仰で、うさんくさいことこの上ない。
「いいえ」
「『組織』に属していないのに記憶が残っているとは珍しいな。その上、ヴァリアントという単語まで知っている。生い立ちが気になるところだが……いいや、さっさと食べちゃおうか」
「私達が沖にいたのもあなたの仕業ね」
私はポセイドーンの話を遮るように問いかけた。
今は少しでも時間を稼ぐ。その間になんとか神器を発動させることができれば、生き延びる可能性が出てくる。
幸い、先程の渦でもカチューシャは飛ばされることなく頭についている。
こうしている間も、私の脚はガクガクと震えているけれど。
「そうだ! キミタチが食べたとうもろこしは、俺様が魔法をかけていてね。人気のないところにお越し願ったというわけだ!」
「意識を失っているうちに、自分たちでゴムボートを漕いだってこと?」
「そのとおり! どうかね! 驚いたかね!」
「まあ……」
「気のない返事だなあ。若者がそんなことではいかんぞ!」
なぜか気を良くして説明をしてくれるポセイドーンだが、こっちはどうやって逃げるか考えているのだ。それどころではない。
「なぜそんな手の込んだことを?」
「人目につくと面倒だし、死体は美味しくないからね。なにより、しばらく生きたまま海に浸かった人間は、塩味が効いていて美味しいんだよ!」
私の背中を寒気が走る。
聞くんじゃなかった。
気の良いおっちゃんな雰囲気に和みそうになったが、やはりヴァリアントなのだ。
なによりまずは、神器を起動することだ。
認めたくないことだけど、私が最も魔力的な集中力を発揮するのは、エッチなことを考えている時らしい。
中高生男子じゃあるまいし、そんなことあるはずないのだけど、カズ君が言うのだからそうなのだろう。
私は必死で彼のたくましい胸板や、それ以上のあれこれを妄想した。
…………。
…………。
……いくらなんでも集中できない!
いまから食べられるかもしれないってのに、エッチな妄想しろってのは無理あるでしょ!
「さて、そろそろお前たちを食べようと思うのだが、最後に言い残すことはあるか?」
「助けて! まつりなんか食べても美味しくないからね!」
叶わないであろう願いを正直にぶつけるなあ。
やっぱりちょっとアホのコだよね。こんな状況だからしかたないけど。
「それはできん。俺様は腹が減っているのだ」
ほらやっぱり。
「じゃあ私は、食べられる前に幸せな夢を見せて。ポセイドーンさんは紳士みたいだから、泣き叫ぶ人間を食べるのが趣味というわけではないのでしょう?」
「紳士……ふむ、意味はわからんが悪くない響きだ。よかろう!」
「え!? ちょっと、一人で現実逃避!? ずるいまつりも――」
鬼瓦さんのわめき声は、すぐに遠くなっていく。
これは賭けだ。
もちろんチップは自分の命である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます