第167話 9章:ラブレターフロムギリシャ(24)

「我が人間を恐れただと……?」


 ハーデースは、握りしめた拳を震わせながら、こちらを睨んで来る。


「相手の能力がわかるのも、実力のうちだ」

「神に向かって言う台詞か! 冥府の神たる所以を見せてやる!


 ハーデースが短く呪文を唱えると、海の底からかろうじて人の形をしている黒いモヤが浮かんできた。

 見えるだけで百体以上。

 海の底からさらに這い上がってくるものも含めると、千体はいるだろうか。


「海で死んだ者の亡霊達だ。とりつかれれば気が狂い、死に至るだろう。魔力を使った物理攻撃が得意なようだが、こいつらはギーガースのようにはいかんぞ!」


 冥府の神と言うだけのことはある。

 海で死んだ人間がいかに多くても、その亡霊がさまよっているわけではない。

 残留思念的なものに魔力を与え、具現化したのだろう。

 すさまじい魔力があって初めてできる芸当だ。


 亡霊達は群となって迫り来る。

 ハーデースにより強化された彼らは、たしかに普通の人間なら簡単に狂わせるほどの魔力を有している。

 さらに精神体に近く、ほとんどの物理攻撃も無効化されるだろう。


 だが――


 オレは胸の前で合わせた掌に、魔力を集中させる。

 合わせた掌が押し返されるように、魔力の塊が生成される。

 魔力球が人の頭ほどの大きさになったところで、それを前につきだした。


「いけ!」


 魔力球から無数の光の線が射出され、その一本一本が亡霊達に突き刺さる。


「はっ!」


 光の線を通じて魔力を送り込むと、千体を超える亡霊達が塵となって消えた。


「浄化魔法!? いや、我の魔力を分解したのか! そんな高度な魔法を人間ごときが使うだと!?」

「魔法が苦手だと言った覚えもないぞ」

「くっ……おのれえ!」


 ハーデースは周囲に20個ほどの魔力球を出現させた。

 ぞれぞれが、炎、氷、雷などの属性を持っている。

 その一つ一つが、ちょっとした岩くらいは吹き飛ばせる威力がある。


「これならば分解もできまい!」


 全ての魔力球がオレに向かって飛来する。

 たしかに複数属性を同時に分解するのは面倒だ。

 だがやりようはある。


 オレは剣を魔力球に向かって構え、先端に魔力を集中させた。

 魔力球が着弾する直前、剣を突き出すと同時にその先端から極太の魔力を放出させる。

 爆発系魔法に指向性を持たせたその一撃は、全ての魔力球を吹き飛ばし、海水を蒸発させ、神域絶界の端で止まった。


 神域絶界なしで使えば地球に大きな影響の出る技である。


「ば、ばか……な……」


 残ったのは、上半身の右半分がごっそり削り取られたハーデースだけだ。


「我はまだ魔力解放を二段階残して――」


 ハーデースの体は既に再生を始めている。

 同時に、ただでさえ大きな彼の魔力が膨れあがっていく。


「とっとと由依達を助けにいかないとならないからな。させるつもりはない!」

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