第166話 9章:ラブレターフロムギリシャ(23)
ハーデースが魔力を高めていく中、オレは彼が由依達の方へ行かないよう、牽制を続けていた。
由依達だけでケルベロスを倒すのは難しいだろう。
だがここで、ハーデースも含めての乱戦になれば、その余波による犠牲は避けられない。
由依達が耐えてくれている間にオレがハーデースを倒し、その後にケルベロスを殺る。
「助けに行きたいか? んん?」
ハーデースがにやりと口の端を歪めた。
まだだ……攻めるにはまだ早い。
ハーデースからオレへの攻撃が始まれば、彼の由依達への意識は薄れる。
そこからが勝負だ。
「だがそうはさせぬよ。絶望を与えてやる」
そう言ったハーデースは、一瞬にして間合いをつめ、バイデントをオレの首元目がけて突き出してきた。
オレはそれをいつもの黒剣で受ける。
「ほう……なかなか速いな。だが!」
槍と剣が押し合い、ガチガチと音を立てる中、ハーデースが先程からためていた魔力を開放した。
その瞬間、砂浜から聞こえていたケルベロスや兵士達の声が消えた。
「神域絶界か」
範囲は砂浜のギリギリ手前、下は海まで届いている。
双葉のものと比べると、かなり巨大なものだ。
「その名を知っているとは、その歳でかなりの場数を踏んでいるようだな。だが、貴様は二度とここから出ることは叶わぬぞ」
たしかにオレの能力で神域絶界を破ることはできない。
それにこの神域絶界、ハーデースの魔力を底上げしているようだ。
壁であり、魔力タンクのような使い方もしているということか。
今の双葉には難しいだろうが、いずれやらせてみよう。
「好都合だな」
「なに……?」
ハーデースが眉を潜めた。
オレが絶望するとでも思ったのだろう。
この中ではどれほど強い技を使っても問題ない。
いつもなら双葉が一緒にいるので巻き添えを気にするところだが、今回はそれもない。
「久々に思う存分やらせてもらうってことだ!」
由依達ではケルベロス相手にそうは保つまい。
最初からとばすぜ!
オレは剣に魔力を込め、力任せに槍を押し返し始めた。
「な、なんだこの力は! 人間ごときに……押し……負ける……っ!」
ハーデースをのけぞらせたオレは、腹に蹴りを入れて距離を離した。
そのまま上段に構え、ハーデースに斬りつける。
瞬間的に込められる魔力を全乗せだ。
ハーデースは槍で受けようとするも、オレの剣はその柄ごとハーデースの片腕を斬り落とした。
斬撃の勢いで、神域絶界の内側にある海が真っ二つに割れた。
本当は胴を斬り裂くつもりだったが、槍で軌道を逸らされたか。
「バカな! 神々との戦いでも折れることのなかった我が槍が!」
瞬間移動でオレから距離を取ったハーデースのもとへと、斬り落とした腕が飛んでいく。
それは瞬時にもとあった位置に吸い付いた。
スサノオに比べ、接近戦の腕はイマイチだが、その大きな魔力に裏打ちされた魔法はなかなかのものだ。
だが、大きくとったその距離が、オレへの恐怖の証だ。
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