第163話 9章:ラブレターフロムギリシャ(20)
砕けた旅客機の残骸が沈んだあたりから、小さな魔力の塊が空へと浮かび上がってきた。
宵闇の中でも闇色に輝いているように見えるそれは、魔力も光のサイズも小さい。
その闇色の光に引き上げられるようにして、水面から気絶した子供が浮かび上がってきた。
旅客機の最大乗員数より多いヴァリアントが来た理由がわかった。
座席数より多い子供と『核』を一緒に詰め込んで、こちらに送り込んできたということか。
人間と核を狭い空間に閉じ込めることで、ヴァリアント化するのだろう。
しかしその全てがヴァリアント化するわけではなさそうだ。
ヴァリアント化しなかった子供がどうなったのかは、ヴァリアントの特性を考えれば想像に難くない。
誰が考えたのか知らないが、まともな発想じゃない。
旅客機がこの島に近づいてきた時点で、既に機内に人間の気配はなかった。
つまり、あの子供もヴァリアントだ。
オレは再び夜空へと飛び、空中に釣られた子供を悠然と眺める。
やがて子供の目が光ったかと思うと、ゆっくりとその体を起こした。
爛々と輝く瞳が、その子供が人間ではないことを物語っている。
「この子供を助けに来たところを頭から喰らってやろうと思ったのだがな。地上にもなかなか戦い慣れた者がいるものだ」
子供から発せられたのは、腹の底まで低く深く響く男の声だった。
こいつ、強いぞ……。
子供の中に、オレ達が核と呼んでいる小さな魔力が吸い込まれた瞬間、子供から発せられる魔力が爆発的に増大した。
魔力の量だけなら、スサノオの数倍はある。
もちろん、それがイコール強さではない。
オレが異世界で倒してきた神族は、さらにその何百倍もの魔力を持っていた。
神族とはそういうものだ。
ヴァリアント達が『もと神』とはいえ、異世界の神族級の魔力を有していないのはいくつかの理由があるのだろう。
それはこちらに顕現して日が浅いこと、内側から食い破るとはいえ人間を媒介にしていること、そしてあくまで『顕現』であることだ。
本来の力そのままに復活したわけではない。
だが目の前にいるそれは、今までのヴァリアントとは違った。
魔力の量ではない。
濃度、と表現するのが一番近いだろうか。
それが濃いのだ。
子供の体がみるみる変わっていく。
身長は2メートルほどで、ギガースと同様にギリシャ彫刻を思わせる髪と髭。
だが体つきはどちらかというと細身だ。
体には黒い布を一枚、ゆったりと巻き付けている。
彫りの深い顔の奥にある鋭い瞳がギロリと光った。
「カケラとはいえ、自分の魂はやはりよくなじむ」
そうか……『核』とは地上に残った神の魂のカケラなのだ。
いや、カケラそのものというより、別空間にあるカケラと通じているゲートというほうが正しいか。
そして今、オレの目の前にいるのが、そのカケラの主たる神というわけだ。
ここからはオレの予想だが、神が一度地上から去るということは、それまで鍛え上げた魂の練度がリセットされるのだろう。
それが通常のヴァリアント化とは違い、リセット前の魂をカケラとはいえ取り込んだ場合の力は推して知るべしだ。
「我はハーデース。強き人間よ、貴様の名前を聞いてやろう」
ギリシャ神話でもトップクラスの実力者にして、冥府の神だ。
「難波カズだ」
「ナンバよ。その力、我にとくと見せるがよい」
ハーデースはその手に出現させた二叉の槍をこちらに向けた。
あれが神話に出てくるバイデントか。
「だがその前に」
ハーデースがバイデントを島の方に向けると、由比達のいる砂浜に闇色の魔方陣が出現した。
そこから現れたのは、三つの頭を持つ犬。
ケルベロスだ。
「さあ、彼らが全滅するのと貴様が死ぬの、どちらが先かな?」
こいつ、正面からかかってこい的な雰囲気を出しておきながら、さっそくやってくれる!
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