第164話 9章:ラブレターフロムギリシャ(21) SIDE 由依

SIDE 由依


 突如として砂浜に現れたケルベロスが咆哮をあげた。

 ビルの三階あたりに位置する3つの頭が、別々に私達を睨みつける。


「グルルルル……」


 唸り声を上げながら舌なめずりをするケルベロスに、兵士達は本能的に一歩下がる。

 それでも逃げ出さないのは、訓練の賜物か。


「こ、この中で上級と戦ったことがあるやつは?」


 絞り出した教官の声に、全員が首を横に振った。


「こうなったらボスに助けてもらうしか」「だな、ボスなら……ボスならなんとかしてくれる」


 兵士達が口々にカズからの助けを漏らす。

 屈強な兵士達が戦う前からこうなってしまうほど、目の前の敵は強大だ。

 だが……。


「だめです。私達だけで戦いましょう」

「え!?」「そんな……」「無理だ!」


 じりじりと下がる兵士達を見下ろすケルベロスが、悠然と前に足を踏み出してくる。


 唸るケルベロスの3つの口から、炎が吐き出された。

 三叉の炎の一つは、私達に向かってくる。

 それは事前に防御結界用の神器を起動していた兵士5人によって防がれた。

 だが、その一撃で彼らの神器は焼き切れ、反動で体の一部に火がついた者もいる。

 私達の脇を過ぎていった2つの炎は、島の草木を焼き、丘を削り取り、島の反対側の海水を蒸発させた。

 大量の水蒸気が上がるのを見た兵士達の顔が絶望に染まる。


「やっぱり無理だ……」「訓練でどうにかなる相手じゃない……」


 たったの一撃でこのありさまだ。


「カズが対峙している相手の方が、圧倒的に強いわ」


 このケルベロスを使役しているのだ。

 簡単な相手のはずがない。


「そんな……」


 教官ですら、絶望の声を漏らす。


「だから、このケルベロスとは私達だけで戦います」


 毅然と言ったつもりだが、少し声が震えたかもしれない。

 私だって怖い。

 すぐにでも逃げ出したい。

 でも、ここで逃げてしまったら、カズのとなりに立つ資格はない。

 その想いが私を奮い立たせる。


「あなた達は北欧の精鋭なのでしょう? そんなあなた達が負けたら、家族はどうなるの!?」


 父と上手くいっていない私がこんなことを言うのはお笑いだ。


 この2週間、彼らと話してみてわかったことがある。

 彼らもまた色々な事情を抱えた人間なのだ。

 もちろん、家族や恋人を国に残してきた者も多い。


 だがら、上っ面な言葉でも、彼らには効く。


 それに、私にも家族と言って頭に浮かべた人はいる。

 カズだ。


 今はまだそんな関係ではないけれど、いつかきっと……。


 そのためには、ここで死ぬわけにはいかない。

 いや、ここにいる全員、死にたい人なんていない。


 それでも私は彼らを戦いに駆り立てる。

 それが、生き残るための最善だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る