第156話 9章:ラブレターフロムギリシャ(13)

 『魔力放出』とは、魔法としてではなく、直接魔力を体外に放出する基礎訓練だ。

 ガスボンベのガスを直接放出するようなもので、最も燃費の悪い魔力消費の方法である。


 これを繰り返すことで、筋トレのような効果がある。

 最大魔力容量や、扱う魔力量の調整力を鍛えることができる。

 神器の扱いも上手くなるだろう。

 ただし、魔力を無駄に使うため、効率の良い魔力の使い方の訓練に割く魔力がなくなる。

 なので、これだけやっていればいいというわけではない。


 異世界では魔法の師匠から、魔力を空にしてはすぐに注入されるというのを繰り返す修行を受けた。

 身近に大魔法使いがいないとできない修行法だ。

 ドーピングしながら全力疾走をし続けるようなもので、今思い出しても吐きそう……どころか、全身が弾け飛びそうな気持ちになる。


 教官は兵士達十人にメロンほどの大きさの水晶球を配った。


「まず、カズとユイは見ていてくれ。本国にあるものを殆ど持ってきたんだが、貴重品でね。十個が限界だった」


 教官が水晶球に集中すると、それから光の柱が立ち昇った。

 魔力放出の修行と言っても、そもそも魔力を上手く扱えないことには、放出自体が不可能だ。そして、意外と難しい技術でもある。

 拳で殴ることはできても、「体力を放出しろ」と言われてピンとくる人は多くはないだろう。

 あの水晶球は、魔力放出の補助輪のようなものだ。


 教官の魔力放出量に合わせて、兵士達から出る光の柱が高くなったり低くなったりを繰り返す。


 数分もしないうちに、一人、また一人と脱落し、一部の者は魔力枯渇により気絶している。

 全員が脱落したところで、一組目は終了だ。

 さすがの教官も肩で荒い息をしている。


「オリヴィア、次を頼む」


 前に呼ばれた銀髪巨乳の女性兵士は、水晶球を手に持った。

 教官が任せたことから、兵士達の中でも魔力量が多いのだろう。

 水晶球は10個。それに対し、兵士は教官を入れて21人。さらにオレと由依を含めると、二組目で終わらせるには3つたりない。

 一人はマラソンで魔力と体力を使い切ってリタイアしているので、足りないのは2つだ。


「新人2人は最後に見せてくれ」

「いいえ、オレ達は水晶球なしでいけますよ」


 教官の言葉にオレは首を横に振った。


「なんだと……? そんな高等技術を? まさか魔道士だとでも言うのか?」

「いやあ、それを名乗るには実力不足ですね」


 オレが思い出しているのは、異世界で死んだかつての仲間だった。

 オレが異世界での戦いにやっとなれた頃。

 まだオレに魔王を倒す実力が備わる前。

 魔法の師匠でもあった仲間の一人が命を犠牲にし、時を稼いでくれた。

 魔族を凌駕する魔力と、千年間で蓄えた知識は、あちらの世界の誰にも真似のできないものだった。

 魔道士という名前は魔法で彼を越えて初めて使えるものだとオレは決めている。


「できるってんだからやらせてみればいいんすよ」


 アクセルは水晶球を手のひらで転がしながら、挑戦的に言った。

 できるわけがないとでも言いたげだ。


「由依」


 名前を呼んだだけで察してくれた由依が、神器を発動。

 それを起点に魔力放出を始めた。

 両脚から立ち昇る魔力が、スカートをはためかせる。

 毅然とした表情を作りながらも、スカートをおさえるのに必死だ。


「「「おおお……」」」


 砂浜に兵士達のどよめきがおきた。


「戦闘用の神器で魔力放出なんてできるのか」「初めて見たぞ」「うちの組織には、できるヤツ一人もいないんじゃないか?」「ジャパニーズモンロー」


 最後のは何だよ。

 続いてオレも魔力放出を行う。

 全身から静かに魔力が立ち昇る。


「こんなになめらかな魔力放出、見たことないぞ」「しかも全身からだ」「あんなことをしたら、普通は一瞬で魔力枯渇だよ」


 ぽかんと口をあける兵士達を見た由依は、得意げな笑みを浮かべ、胸を反らせた。

 うっかりスカートから手を離してしまい、慌てておさえなおすところもまたかわいいのだ。


「ちきしょう! 全種目敗北なんてマネができるか!」


 そう言うアクセルの水晶球から魔力が立ち昇った。

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