第155話 9章:ラブレターフロムギリシャ(12)

「次はマラソンだ! 島を一周して戻ってくること! GoGoGo!」


 休憩時間などなしに、次の種目がスタートした。

 最も遅い者でも、100メートル走の世界記録よりも速いペースだ。

 少なくともフィジカルにおいて、彼らが精鋭だというのは嘘ではなさそうだ。

 もちろんただ筋肉を鍛えただけでなく、魔力が使われている。

 オレから見れば原始人が火の使い方を覚えた程度の魔力操作だが、それでも全く使えないのとは大違いだ。

 彼らはそれを魔法だとは認識できていないようだが。


「はははははは! 瞬発力ならともかく、長距離では追いつけないだろ!」


 神器を発動し、岩の巨人と化したアクセルが、でかい笑い声をあげながら走っていく。

 身長が倍以上となれば、それに歩幅も比例する。

 驚くことに、動作速度自体は、巨人化する前と同じか速いくらいだ。


「いやあ、追いつけないことはないぞ?」


 そう言ってオレは、あっさりアクセルのとなりに並ぶ。

 神器を発動させた由依も、ミニスカートをはためかせながら、しっかりついてきている。


「バカな!」


 驚くアクセルはがむしゃらに手足を動かし、土をまきあけながら走る。


 たしかになかなかの速度だが、足もとがお留守だ。

 オレは自分と由依が走る幅に、魔力で作った半透明の足場を敷きながら走っている。

 はたからは少し浮いているように見えるだろう。

 砂や土、でこぼこした岩の上を走るのとは、効率に雲泥の差がある。


 抜きつ抜かれつのオレとアクセル。

 コーナーで差をつける!


 大きなコーナーに差し掛かったところで、オレは足場に傾斜をつけた。

 競輪のトラックのように、内側への傾きだ。

 その質量もあって、コーナーでのロスが大きいアクセルに対し、こちらは同じ労力でも速度を落とさず曲がりきった。


「ちくしょおおおお!」


 後ろからアクセルの悔しがる声が聞こえる。

 一方、由依はしっかりオレの後ろをついてきている。

 アクセルの相手はこんなところで十分だろう。

 せっかくだから、由依の実力も見ておくか。


「由依、ここからは全力で走ってみてくれ」

「おっけー」


 額にうっすら汗を浮かべた由依が、ぐっと口を引き結び魔力を脚に集中させた。

 一拍の後、由依はロケットのように急加速。

 彼女が作り出す風圧で、土煙が高々と舞う。

 時速200キロは出ているだろう。

 オレはその背中にぴったりついていく。




「はぁはぁ……。カズが息一つきらせていないのにはもう驚かないわ」


 汗びっしょりで荒い息をする由依は、膝に手をつきながらこちらを見上げている。

 この姿勢だと、胸元がばっちり見えている。


「まさか二種目もお前らにトップを取られるとはね。あれでもかなり鍛えているんだが」


 教官が苦虫を潰したような顔で、頭をガシガシかいている。


「実際、よく訓練されていると思いますよ」


 これは本音である。

 まともな師匠も文献もないだろうに、よくやっている。


「むしろオレがカズに教わりたいくらいだな」


 この教官、上の立場にいるにしては、若者に教えをこうことができるらしい。


「そういう心構えをアクセルにも教えてやってくれ」

「んん? はっはっは。これはかなわんな」


 豪快に笑う教官と話しているうち、続々と兵士達がゴールし始めた。

 さて、最後は魔力放出か。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る