第154話 9章:ラブレターフロムギリシャ(11)

 アクセルたちとの揉め事が落ち着いた時には、そろそろ夕焼けが見えようかという時間になっていた。

 初日の訓練は、小隊を決めるための基礎能力確認をかねた遠泳、マラソン、魔力放出だ。


 遠泳は服を着たまま、20キロ先に設置された『浮き』を回って帰ってくるというものだ。

 ただでさえ海での遠泳はコツがいる上に、衣服着用だと溺れる危険すらある。

 戦闘中は救命胴衣をつけたり、水着になる余裕などないということだろう。


「GoGoGo!」


 教官の合図と同時に、兵士たちは砂浜から海に向かって走り出した。

 その殆どが海に飛び込んでいく中、神器の能力で海の上をサーフボードのように滑っていく者もいる。

 たしかに「泳げ」とは言われていない。


 由依は神器を発動。

 助走をつけ、走り幅跳びの要領で砂浜を踏み切った。


 5キロほど跳んだところで着水。

 しかし由依は水に沈むことなく、投げた石が水面を跳ねるように、水を蹴っていく。


 すぐに浮きの向こう側に足をつけ、ターンしようとした由依だったが、まだ由依には難易度が高かったのか、太ももあたりまでが海に沈んでしまう。

 それでも由依は、水を足で叩き、空中へと脱出。

 そのまま、水面を蹴りつけることで、海を走って砂浜へと戻ってきている。


 あれなら心配はなさそうだ。オレも行くとするか。


 オレは魔術でその場にふわりと浮いた。


「静浮遊だと!? 魔道具もなしに!?」


 後ろで見ていた教官が、驚愕の声をあげた。

 魔法とは、こちらで知られている科学とは異なる理屈で働く物理である。

 単純に飛ぶだけなら、風を操るなり、爆発によって推進力を得るなり、やり方はいくつかある。


 ただし、オレが今やっているように、足元の砂に影響を与えずに飛ぶにはかなりの実力が必要だ。

 魔法理論の遅れていそうなこちらの世界において、それがわかるだけでもこの教官は優秀と言えるだろう。


 オレはそのまま急加速し、浮きをくるりとまわると、由依と同時にゴールした。

 もちろん、一位だ。


 そこに、この種目に有利な神器を持つ兵士達が続く。

 さらに遅れてとはいえ、兵士達は皆、常人とは比べ物にならない速度で砂浜に戻ってきた。


「みんな、なかなか速いな。全員が世界記録をぶっちぎれるくらいじゃないか」

「「「なんで汗ひとつかいてないんだよ!」」」


 オレの称賛に、兵士達の声が見事にハモった。


「ちきしょう! マラソンは負けねえからな! なんせ歩幅が違うんだ! いいか! マラソンだからな! 今みたいに飛ぶなんて卑怯なマネはするなよ!」


 アクセルにすっかりライバル視されてしまった。

 からまれ続けるのも面倒だ。

 もう少し実力差を見せておくか。

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