第134話 8章:ブラッディドリーマー(19)

 体育館の扉は閉ざされており、中からは多数の人の気配と、笑い声などが聞こえてくる。

 だが、人払いの効果はしっかり発揮されており、体育館の入り口周辺に人は見当たらない。

 オレは目に魔力を集中し、体育館を視た。

 普段から自然に魔力を視るクセはついているが、高度に隠蔽されている場合は、こういったことが必要になる。


 探索に特化した超一流の人材が、高価な魔道具を使った上でかなりの時間をかけての探索以上の能力は持っているつもりだ。

 それでもなお、かすかに違和感を覚える程度に周囲に馴染んだ結界が張られている。

 神社で見た結界は周囲の魔力になじませていたが、今回は魔力自体を感知しにくいように隠蔽されている。


 体育館の中からは、声や人の気配までする。

 これらは全て擬態なのだろう。

 これだけで、相手がかなりの腕前だとわかる。

 異世界でも、これを見抜ける人間はオレの他に一人しか思い当たらない。

 ここまで隠すのだ。

 中でなにが行われるのか、いや……既に行われているのか、見ておく必要がある。

 放っておけば、由依や双葉に危害を加える何かである可能性が高いからだ。


 そっとドアに触れてみる。

 高度で繊細な代わりに、強度は驚くほど低い結界だ。


 オレは両開きのドアに添えた魔力をこめた両手を勢いよく左右に開いた。


 ――バリバリバリッ!


 雷のような光と音が体育館の表面を駆け巡り、結界が爆ぜるのと同時に体育館の扉が開いた。


「「「「ぎゃああああああ!」」」」


 中から悲鳴を上げた人間達が飛び出して来た。

 それと同時に、むせかえるような血の臭いが流れてくる。

 飛び出して来た人間の中には、両目をくりぬかれ、二つの空洞から血を流している者が多数いる。


 オレは溢れてくる人の頭を飛び越え、そのまま空中を蹴って、館内のキャットウォークに着地した。

 ステージ上では、両目をくりぬかれたラジオパーソナリティーが、ゾンビのようにさまよっている。

 どの被害者もみな、目だけがない。


「うふふ……やっぱり人間の目玉は最高だわ……」


 そのあたりにいる人間をかたっぱしから捕まえては、かつての給食に出て来たような先割れスプーンで目玉をくりぬいている女がいる。

 血に染まった白いTシャツにジーパン、そしてキャップの後ろから長い髪をたらした二十歳前後の女だ。

 あれだけの結界を張れるのだ。それなり以上の能力を持っているはずである。

 知能の低い下級ヴァリアントというわけではなさそうだ。

 それがこんな目立つマネをするのは初めて見る。


「結界を破ったのはアンタ?」


 スプーンにのせた目玉をごきゅりと飲み込んだ女が、こちを睨んだ。


 スサノオのような強大な力を感じるわけではない。

 だが、こいつは何かがやっかいだと、多くの敵と戦ってきたオレの本能が告げる。


 すぐに殺す!


 オレが剣を取り出した瞬間――


 ――ドクンッ。


 世界が脈打つように震えた気がした。


 これは……時空振動!?


「アンタみたいなヤバそうなのとやり合う気はないよ」


 時間移動能力者か!

 なんてレアな能力を!


 このまま首を落とすか?

 魔法で攻撃するか?

 いや、相手の能力がわからない以上、その一撃を防がれでもしたら時間移動で逃げられる。

 もし時間を戻すタイプなら、時間を戻された時点でオレの記憶も消える。

 なら――!


 オレはとある情報を魔力に込め、ヴァリアントの女に撃ちだした。


 たのむぞ、上手く行ってくれ!


 そう願う間もなく、歪む視界の中で、女の姿はかき消えた。

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