第133話 8章:ブラッディドリーマー(18)

 学園祭とはいえ、むしろだからこそ、学内には人がこないスポットが存在する。

 一般客は立ち入り禁止かつ、どこのクラスも委員会も使わない場所。

 そんな場所の一つが、この廊下の隅だった。

 オレはどこかのクラスが教室から出して積み上げていたイスを二つ下ろし、宇佐野と向かいあって座った。


 ここに来るまでの間、由依から「オヒルサシイレヨウカ?」というメールが来たが、断っておいた。


「さあ食べ……って、おおう……」


 振り返ったオレの前にいたのは、ヘアバンドで前髪を上げ、腰に巻くタイプの小さなエプロンをつけた宇佐野だった。

 あらためて見るとかわいいな。


「ど、どうぞ……」


 宇佐野は不安げな表情をしながら、上目遣いで弁当箱を差し出してきた。


「おう……ありがとう……」


 そんな宇佐野を見ていると、こちらまで恥ずかしくなる。


 お弁当はからあげ、たまごやき、炊き込みご飯にたこさんウィンナーと、手の込んだものだ。

 味は……安定の冷凍食品!

 炊き込みご飯もいっしょに入れて炊くだけのアレだ。

 卵焼きだけは、手作りだろう。


 由依や双葉による手の込んだ料理になれていたが、これが普通だよな。

 失敗するくらいならこれでいいと思う。

 なにより、用意してくれただけでもありがたいことだ。

 今日は由依も弁当どころじゃないだろうしな。


「あ! ついタコさんウィンナーを入れちゃった。はっ……男の子にウィンナーなんて入れちゃって……ぽっ……」


 なぜそこで赤くなる。

 妄想たくましすぎでは?

 中学生男子かよ。


「コンソメスープも作ってきたの」


 宇佐野は水筒から小さく刻んだタマネギの入ったコンソメスープを注いでいる。


「コンソメスープということは、ドーピングしてでもガンバレってことかな」

「なんで?」


 おっと、こいつも連載前だ。


「いや、温かいスープは元気が出るってことさ」

「そ、そう? さあどうぞ、お客様……なんてね」


 宇佐野はぴょこんと礼をしつつ、オレにスープを手渡した。

 今までで一番顔が真っ赤になっている。

 そこまで恥ずかしいならやらなきゃいいのにと思いつつも、オレへのサービスのつもりならちょっと嬉しい。


「無理してないか?」

「うぅ……かなり。でも、ちょっとだけやってみたかったんだ。難波君相手なら大丈夫かなって」

「それも変化、かな?」

「えへへ……そうかも……」


 その笑顔なら、どんな男もおとせるだろうというセリフは飲み込んだ。

 オレが言って良いセリフではないからだ。




「ありがとう。これで午後も動けそうだ」


 宇佐野の弁当を食べて一息つくと、オレは立ち上がった。


「お粗末様でした」


 恥ずかしそうに微笑む宇佐野は、エプロンを外し、前髪を下ろしている。

 まだ人前で目を出すのは苦手らしい。

 彼女がこうなったのには理由があるのかもしれないが、オレから踏み込むべきことではないだろう。


「ちょっとステージを見に行こうか。ラジオパーソナリティーのトークショーがまだやっているはずだ」

「休憩時間なのに、一緒に行っていいの?」

「妙なところで、遠慮するなあ。別に問題ないぞ」

「そっか、そうだよね。うん、行こう」


 そこまで嬉しそうにされることでもないと思うがな。




 オレと宇佐野はメインステージとなっている体育館に向かった。


 ……おかしい。


 体育館へと続く廊下に、だんだんと人通りが少なくなっていく。

 これは……ヴァリアントの人払い効果!?


「宇佐野! やっぱりなしだ! 体育館からできるだけ離れてろ!」

「え!? ちょっと難波君――って速っ!?」


 疑問の声を上げる宇佐野を置き去りにし、オレは体育館へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る