第127話 8章:ブラッディドリーマー(12)

「どうした?」


 宇佐野が向かう机の上には、電話帳より分厚い書類の束が置かれている。

 彼女は必死にその紙から数字を別の紙に書き写しては、電卓を叩いている。


「予算消化と追加予算申請の中間報告やるの忘れてたの。今日中に済ませないと、明日の会議に間に合わなくなっちゃう」

「オレも手伝おう」

「でもこれは私が引き受けた仕事だし……」

「まあそこはチームだしな。クラスのことにかまけて、宇佐野が忙しいのに気付かなかったオレも悪いし」

「そんな……悪いなんて……でも、ありがとう……ごめんね……」


 宇佐野は消え入りそうな声でそう言った。


「礼は受け取るが、謝るようなことじゃないさ」


 とはいえ、作業量はかなりある上に、下校時刻まであと一時間。

 過去に何か事件があったのか、学園祭前であっても下校時刻にはやたらと厳しい。

 居残っていると、そのクラスにはペナルティが課されるほどだ。

 それは実行委員の活動に対しても同様である。

 モノがお金関係だけに、自宅に持ち帰るというわけにもいかない。


「パソコンルームはまだ開いてるよな?」

「そのはずだけど……」

「よし、一気に終わらせるぞ」


 手作業で終わる分量ではない。

 よしんば終わったとしても、手作業ではミスも出るだろう。

 こういう時は表計算ソフトに頼るのに限る。


 パソコンルームについたオレは、入室記録に名前を書き、急いでパソコンの電源を入れた。

 この部屋にあるパソコンには、二種類のOSがある。

 ドアーズとマクドだ。

 オレはドアーズを選ぶぜ。

 未来ではオシャレで安定稼働なイメージのマクドだが、当時はよくフリーズする困ったさんだった。


 …………。

 ……。

 立ち上がるのおっそい!

 SSDの開発はよ!

 下校時刻までは一時間だが、この部屋はその30分前には閉まる。

 多少は粘れるだろうが、そこで揉める時間すら惜しい。

 パソコンルームには30台ほどのマシンが並んでおり、利用者は数名だけだ。

 オレは利用者の画面をざっと見て回り、爆弾処理ゲームで暇を潰している一年生の男子に声をかけた。

 ついでに隣のパソコンの電源も入れておく。


「悪いがそのマシンを使わせてくれないか?」

「いや、他にもたくさんあいてますが」

「そのマシンに大事なデータを保存しててな。頼むよ。今すぐそいつが必要なんだ」

「ええ……? でも……」


 男子生徒は器用に爆弾を処理していく。

 暇つぶしかと思ったが、わりとガチらしい。


「ウチのクラスでユリミラ風喫茶をやるんだが、優先入場させるから、頼むよ」

「マジで!? あれ、先輩そういや、あの難波さんか!」

「あのってのがどのかは知らないが、たぶんそれだ」

「わ、わかりました。絶対ですよ!」


 男子生徒は嬉しそうに席をあけてくれた。


「宇佐野! オレがテンプレを作るから、それが終わったら二人で入力作業をする。ちょっと待っててくれ」

「ふ、二人の共同作業……? 入力……入れ……」


 お前は何を言っているんだ。

 もじもじしてる場合じゃないだろ。


「隣のパソコンが立ち上がるまでにはテンプレ作っちゃうから、入力しやすいように書類を分けておいてくれ」


 オレはそう言いながらも、マウスとキーボードを操る。

 ええと必要な関数は……いいぞ、このバージョンでも使える。

 未来でインターフェースが大きく変わったときは使いにくくなったと思ったが、いまじゃこっちの方が使いにくいな。

 たが、色のデフォルトパレットはこっちの方が良い。

 うおっ!? フィルターソートに昇順降順がねえ!

 ああっ! ヘルプのクジラ! 懐かしいけど邪魔!

 知りたいのはお前が出なくなる方法だけだよ!

 ああもう! 昔のパソコンってこんなに使いにくかったんだな!


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