第117話 8章:ブラッディドリーマー(2)

◇ ◆ ◇


 由依と双葉の修行を進めつつも、日中のメインイベントは学園祭の準備だ。

 既に当日まで三週間を切る中、クラスの出し物はまだ決まっていなかった。

 一部のやる気ある生徒が意見を出し、別のやる気ある生徒がそれに異を唱える。

 残り半分の生徒は興味なさそうにぼーっとしたり、自習や小声でのおしゃべりに興じている。

 そんな光景が続くホームルームも、数えること10回目。

 今日がクラス出し物の締切日なのだが、決まる気配は全くない。


「今日決まらないと、なにかの展示会になっちゃうからね!」


 教壇で声を荒げているのは渡辺である。

 学園祭実行委員はあくまで各クラスとの繋ぎと、全校に関わる準備や当日の動きがメインだ。

 クラス内の仕切りは、学級委員長の仕事である。


「えー?」「それはちょっとなあ」「つまんないよね」


 クラスメイト達は次々に不平不満を漏らす。


「そんなこと言ってると多数決にしちゃうよ!」

「「「数の暴力はんたーい!」」」


 三十人そこそこしかいないとはいえ、全会一致なんて無理な相談である。

 多数決がベストとは言わないが、数の暴力で決まっていくのが民主主義というものだ。


 なお、担任は教室の隅で、めんどくさそうに頬づえをつきながら、小テストの採点をしている。


「これまで意見を出してない人にも聞いてみようかな。んー……難波君、どう?」


 迷ったフリをしていたが、オレを指す気まんまんだった渡辺が、パチンとウィンク。

 それはどういうウィンクだよ。

 こいつの考えてることは、時々わからん。


「(いつのまにアイコンタクトとれるほど仲良くなったの?)」


 先日の席替えで隣になった由依が少し不機嫌そうに、オレだけに聞こえる声でつぶやいた。


 意思疎通はできてないけどな!


「喫茶店……とか?」

「難波君。がっかりだわ。その意見は何度も出て、ベタすぎるからとボツになったでしょ」


 渡辺がわざとらしく首を横に振って見せる。

 それに同調して、一部の男子もこくこくと頷いた。


「えぇ……じゃあ……メイド喫茶……」


 次にオレの口から絞り出されたのは、それこそベタ中のベタなものだった。

 全国の学園祭でいったい何万回やられたネタだろうか。


「メイド……?」「使用人の?」「なんでメイドが喫茶店にいるんだ?」


 あれ? 思っていたのと反応が違う。

 そうか、まだメイド喫茶が流行る前だ。

 殻の中の青い鳥は発売されているはずだが、花左京メイド隊も、まんぼーまてぃっくも連載開始前。

 メイドがメイドさんにクラスチェンジする前だ。

 一説によると、エロゲー業界から始まったというメイドとメイド喫茶ブームは、テレビでも特集されるほど一般に認知されるようになる。

 その可愛さから、非オタの方が多数派である学校でさえ、メイド喫茶がクラスの出し物に選ばれるほどだ。

 提案するにはまだ時代が追いついていないか。


「いや、えーと……制服の可愛さにこだわった喫茶店とかどうかなって。ほら、ユリカミラーズみたいな」


 あっちは喫茶店ではなくレストランだが。


「ユリミラ! 知ってる!」「あそこの制服かわいいんだよね!」


 女子からの反応も上々だ。


「女子はかわいい制服が着れて、集客も見込める。ついでに喫茶店に必要な器具を購入すれば、クラスの備品にできる。電気ポッドでも買っておけば、教室で毎日お茶が飲めるぞ」


「え? ちょっとオシャレじゃない?」「放課後のお茶会。いいわね」「もしかして、オレ達男子もよんでもらえたり……?」「帰宅部男子にも希望が……?」


 後半の妄想が実現するかはともかく、決まりそうな雰囲気だ。

 半分くらいの生徒は、「なんでもいいから決めてくれ」というオーラを出しているが。


「それじゃあ、制服のかわいい喫茶店(仮)に反対意見のある人!」


 なかなか悪くない聞き方だ。

 これでわざわざ反対意見を出すような雰囲気ではない。


「はいっ! じゃあ決まりね!」


 渡辺はほっと胸を撫でおろし、またしてもオレにウィンク。

 だから、どういう意味なんだよそれ。

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