第116話 8章:ブラッディドリーマー(1)

  ■ 8章 ■


「学園祭の実行委員はどう?」


 由依がダークヴァルキリーの首を、そのしなやかな脚で刈り取りながら、のんびり訊いてきた。

 ここは夜も更けたビルの谷間。

 ダークヴァルキリー2,3体なら、すっかり慣れたものである。


「お兄ちゃんが実行委員なんて意外だよね」


 そう言う双葉は、オレからの魔力供給を受けて『神域絶界』を維持している。

 まだ人通りも多い繁華街は、衣擦れの音が響くほどに静かだ。

 神域絶界は音も遮断する。


「好きでなったんじゃないけどな」


 学年の始めに各委員を決めた際、立候補者のいない委員はくじ引きで決められたのだ。

 学園祭の実行委員とは要するに雑用係である。

 当日もかなりの時間を拘束されるため、学園祭デートを狙っている連中はまず避ける。

 一部のやる気勢には人気な委員ではあるのだが、うちのクラスにはいなかったという話だ。

 一番やりたがりそうな渡辺は学級委員だしな。


「業者への発注なんかはほとんど教員がやってくれるからな。大したことはしてないさ」

「すごく頑張ってるって噂だよ? 夜はヴァリアント討伐だし、倒れないか心配だよ」


 ヴァリアントの死体に魔力を送り込み、きっちりトドメをさした由依がオレの傍に戻ってきた。


「この程度、たいしたことじゃないさ」


 ブラック企業時代や異世界でのハードワークに比べれば、休日みたいなものだ。


「手伝えることがあったら言ってね」

「そうするよ」

「むう……いいなあ。高校の学園祭。あたし、絶対遊びに行くからね」


 他校の学園祭なんて見ても面白いとは思えないが、妹が来るのをわざわざ止める必要もないか。


「それはさておき……あ……もぅ……だめ……」


 双葉に流しこんでいる魔力に、僅かな抵抗が生まれた。

 水道のホースがつまりかけた感じだろうか。


「ここまでだな」


 20メートル四方の神域絶界だと、オレが魔力供給をし続けても、双葉が耐えられるのは10分ってところか。

 練習ではもう少し長く保つのだが、実戦では緊張もあってか体内魔力回路が乱れ、時間が短くなってしまう。

 少しずつ延びてきてはいるが、こればかりは回数をこなすしかないな。


「ん……はぁ……はぁ……」


 双葉は荒い息をあげ、体をびくびくと痙攣されながら、その場にへたり込んだ。

 由依であればエロスを感じるその様子も、妹だとなんとも気まずい。

 魔力供給は苦痛と同時に快楽も伴う。

 収まるのを待ってもらうしかない。


 神域絶界が解けると同時に、由依の攻防によって破壊された窓ガラスやコンクリートが修復された。

 本当に便利だなこの能力。

 そういえば、修復される場所に別のものを突っ込んだらどうなるんだろうか。

 押し出されるのか?

 合成されたりはしない気がするが。

 今度試してみよう。


「立てるか、双葉?」

「む……むりぃ……」


 顔を真っ赤にした双葉がしなだれかかってくる。

 いつからこんな色っぽい顔をするようになったんだよ。

 こいつは中学生で妹、中学生で妹……。


 オレは双葉を背負い、ビルの屋上へと跳躍した。

 それに由依もついてくる。


「むぅ……。ねえカズ。私の修行回数、最近ちょっと少ないんじゃない?」


 夜空を飛ぶオレの隣で、由依が不満げに唇を尖らせた。


「まずは双葉をある程度鍛えないとな。せめて生き残れるくらいに」


 双葉の能力はすごいが、攻撃方法に乏しい。

 まずは神域絶界を使いこなせるようにしつつ、身を守れるくらいには攻撃も身につけてもらわないといけない。


「うぅ……それを言われると……」

「落ち着いたら、由依にもたっぷり修行をつけてやるから」

「絶対だよ!」


 そう嬉しそうに微笑まれたら、もっと頑張りたくなっちまうだろ。

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