第85話 6章:オレの義妹が戦い続ける必要なんてない(6)

「ひぃっ!? な、なんだこの化物! 治験に協力したら死刑をとりやめてくれるって話できたんだぞ! どうなってんだ!」


 五分刈りの男は、既に閉じたドアに背中をつけ、後ずさろうとする。

 おいおいまさか……。


 オレは双葉の顔を自分の胸に埋める形で、彼女の目を塞いだ。


 助けるべきか?

 いや、死刑囚だと言っていたし、どうせならこんなことをする目的を知っておきたい。


 その直後、五分刈りに襲いかかった低鬼は、男の頭を片手で持ち上げ、その腕を食いちぎった。


「ぎゃあああああ! いてえ! いてえよお! なんなんだよお!」


 肩から血を吹きだしながら、男は低鬼の手から逃れそうとする。

 しかし、いくら引きはがそうとしても、彼の頭を掴んだ手は離れる気配がない。


 低鬼がさらに男にかぶりつこうとしたところで、低鬼は急に体をのけぞらせ急に男を取り落とした。


「ひっひぃ!」


 男は傷口を押さえながらも、必死で床を這いずる。

 それを追おうとする低鬼だが、その体から僅かな放電があり、その場につっぷした。


 よく見ると、低鬼につけられている首輪の後ろには、厚さ5センチ、直径は五百円玉程度の黒い円柱がある。

 あれが低鬼の動きをとめたのだろう。

 おそらくだが、針を体内に突き刺し、そこから電撃を流す仕組みではないだろうか。

 僅かに魔力を感じるところから、魔道具の一種だろう。


 防護服をつけた職員らしき二人組が五分刈りを回収し、再びドアが閉じたところで、低鬼はふらふらと起き上がった。

 無力化できるのは1~2分といったところか。


「な、なんですかこれ……人を襲いましたよ!」


 若い方の議員が震えた声で、ハゲた議員を見た。


「あれがヴァリアント。我々の社会に巣くう異形の者だ」


 ハゲ議員は訳知り顔で解説を始めた。


「そんな、映画じゃあるまいし……」

「こんな生き物は見たことがないだろう?」

「ですが、こんな怪物がいるなら、とっくに騒ぎになっているはずです」

「こいつは人間に化ける。そして、喰われて死んだ人間のことは、皆の記憶から消えていくんだ」

「それこそSFですよ!」

「キミの記憶から消えないように、先ほどの男は死ぬ前に助けたがね。変身するところは……お願いします」


 ハゲに言われ、白衣の研究者はビデオテープの再生ボタンを押した。


「とても貴重な映像です」


 白衣の男が得意げに言う。


 ブラウン管に映ったのは、OLが低鬼に変わる瞬間だった。


「う……うそだ……CGだ! ジュラチックパーキングだってもう四年前なんだ! これくらいCGだってできるはずだ!」

「そうかもしれん。だが、目の前で人が喰われそうになった事実はどう説明する? いいか、私はキミに期待しているから、ここに連れてきたのだ」

「期待を……?」


 ハゲは大様に頷いて続ける。


「国の要職にある者は、みなこの事実を知っている。なぜかわかるか?」

「いえ……」

「庶民とは命の重みが違うからだよ。ある日突然殺され、しかも忘れられるなどあってはならんことなのだ」

「たしかに……」


 いや、「たしかに」じゃねえよ。


「なればこそ、我々は『組織』と契約しているのだ。我々は彼らを政治的に護り、彼らは我々の命を護る。持ちつ持たれつの関係だ」

「なるほど……つまり、ここに私を連れてきて頂いたということは……」

「キミも、支配する側の一員になるということだ」

「ありがとうございます!」


 そこで満面の笑みで礼をできるあたり、なかなかのクズっぷりである。

 どこまで信じたかはわからないが、彼にとってそんなことよりも、自分の命と政治家生命が大切なのだろう。


 なるほどな。

 こうして組織は、裏で力をつけていったのか。

 上のフロアにいた低鬼達は、実験用の他に、政治家達を引き込むためにも使われているのだろう。


 先ほどの五分刈りは、自分のことを死刑囚だと言っていた。

 そんなヤツがその辺にほいほいいるはずがない。

 彼を準備したのは、政治家側というわけか。

 持ちつ持たれつとはよく言ったものだ。


「は? 侵入者? この階層には入ってこられないはずでは……」


 内線を取った白衣の顔色が変わった。

 やっと連絡が行ったか。


 オレは不可視の魔法がかかったまま、男達に近づいた。

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