第84話 6章:オレの義妹が戦い続ける必要なんてない(5)

 通路の左右をびっしり埋めた低鬼が、互いを押しのけ合いながら迫ってくる。

 よほど腹が減っているのだろう。

 ヨダレを垂らしなから、牙の生えた歯をガチガチと鳴らしている。


「こんな数……っ!」

「大丈夫だ」


 オレのシャツの裾をつまんで震える双葉を抱き寄せた。

 双葉を胸の前に置いたまま、オレは掌を左右それぞれの通路へと伸ばす。


「はっ!」


 両手から発せられた凍結魔法が、瞬時にして五十体の低鬼を氷漬けにした。


 そして、パチンと指を鳴らすと、彫像は粉々に砕け散った。


「今の威力が個人発動の魔法!? 無詠唱、無触媒!? 本当に……お兄ちゃんなの……?」

「オレは双葉の兄だよ。ただ、ちょっと強くならざるをえなかっただけのな」

「え……?」


 どこか不安げに眉をひそめる双葉の頭を撫でてやると、オレは右手側の通路に転がっている、凍結した死体を綺麗に焼き尽くした。


「ちょっと寄り道していいか?」


 そう言って差し出したオレの手を、双葉は黙って握った。


 通路の角を曲がると、そこにもポッドが並んでいた。どうやら、フロアの中心に維持用の機材を置き、それをぐるりと囲むようにポッドが並んでいるらしい。

 ザコを送り込んでも無駄だと悟ったのか、中から低鬼が出てくることはない。

 だからと言って、これを見逃してやる気にはならなかった。

 人を襲わせることができるのだ。

 今後、何に使われるかわかったものではない。


 オレは右手をポッドに添えると、凍結魔法を展開した。

 右の掌から伸びだ魔力が、ポッドを、壁を、凍らせていく。

 オレと双葉の周囲を除いて、フロア全体が氷に閉ざされた。

 ついでに監視カメラも壊れただろう。


「さ、さむい……」


 双葉が腕をさすりながら、ぶるりと震えた。

 このフロアはもういいだろう。

 妹に風邪をひかせるわけにもいかない。


 オレはふたたび床に穴をあけ、下のフロアーへと下りていく。


 着地したところで、上のフロアーの氷を、中身ごと砕いておく。


 先ほどのフロアーがどこか倉庫的な雰囲気だったのに対し、このフロアーは牢獄を思わせた。

 ずらりと並んだ部屋には、鉄格子の代わりにぶ厚い強化ガラスがはまっている。

 強化ガラスには対魔術式が付与されている。

 オレからすると稚拙な術式だが、低鬼程度であれば閉じ込めておくことは可能だろう。


 そのほとんどは空き部屋だったが、奥から話し声が聞こえてきた。


「ほ、本当に安全なんだろうな?」

「戦車でも傷一つつかない強化ガラスに、最高の耐魔術式を施しています。安心してください」


 奥から二人の男性の話し声が聞こえてくる。

 オレは双葉と手をつなぎ、二人に不可視の魔法をかけた。


「(手を離すなよ)」


 小声で言ったオレの指示に、双葉はこくりと頷いた。


 オレと双葉は、足音を殺し、声のほうへと進む。


 声がしたのは、フロアーの中心部に位置する部屋の前だった。

 一人は白衣を着た研究者風の男だ。それほど歳がいっているわけではなさそうだが、こけた頬と骨張った手足がかなり老けて見せている。

 もう一人はどこかで見たことのあるおやじと呼ぶには若い男……あ! 今朝ニュースで見た政治家だ。

 さらにその隣には三人目。あぶらぎったハゲ頭の男がいる。こいつもたしか政治家だったはず。


 彼らが視線を注ぐ強化ガラスの牢屋の中には、低鬼がいる。

 よだれを垂らした低鬼は、強化ガラスを殴り、頭突きをし、口を大きく開いてなんとか彼らを喰おうとしている。


「そ、それで見せたいものというのは……」

「くっくっく……まあ見ていたまえ」


 不安げな若い男に、ハゲた政治家が尊大に嫌な笑みを向けた。


 白衣の男が手元のボタンを押すと、強化ガラスの向こう側にあるドアが開いた。

 その入口から牢屋の中に現れたのは、頭を五分刈りにされた見知らぬ男だった。

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