第50話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(7)
「え? なに? これどうすればいいの?」
初めて見た表示に由依がとまどっている。
「向かいに座った人と対戦が始まるんだ。いきなり勝てたりはしないから、練習のつもりで楽しめばいいよ」
「うん、わかった!」
勢い勇んで対戦を始めた由依だったが、結果は惨敗。
格ゲーなんて、負けて強くなるもんだからしょうがない。
「なるほど……CPUと戦うのとは全然違うのね……技の特性とシステムと……何より人のクセを見抜いて……」
後ろに人が並び始めたので、画面を凝視しながらぶつぶつ呟いている由依の腕を取って席を立たせた。
そのまま由依の手を引き、人の少ない方へと連れて行く。
「攻めるのが強そうだけど、ガードと反撃も大事……? 技によって硬直と隙も違うし、長さも当たるまでの時間も……出せる手がたくさんあって、リターンの違うジャンケンなのね……」
うっかり手をつないでいたことに気づき、慌ててそれをオレが離している間も、由依の思考は続いた。
そして――。
「カズ、あのゲームについて知ってることを全部教えて。私、勝ちたい」
真っ直ぐに見つめてくる由依に、オレは頷いた。
実は負けず嫌いで努力家。
これも由依の魅力の一つだ。
「オレが仇を取ろうか?」などという考えは、口に出す前に引っ込めた。
「あっちに横並びの台があるな。あそこで練習しよう」
入口からは見えなかったが、店の端には対戦したくない人向けの台があった。
2台の筐体が接続されている対戦台とは違い、1つのモニターに対し、2セットのレバーとボタンがついている。
オレ達はそれに並んで座った。
自然と肩が触れあう距離になる。
オレは知る限りの知識を由依に伝授した。
この頃はトッププレイヤーでも知らないかもしれないようなセオリーを含めてだ。
未来の格ゲー動画勢として得た知識を総動員する。
由依は教えたことを瞬時に理解し、オレを練習相手に実戦していく。
二時間もすると、CPUでは相手にならないくらいに強くなった。
ここまでになるには、数週間から数ヶ月は必要なはずだが……。
頭の回転が速いことに加え、ヴァリアントとの戦闘で動体視力が異常に発達していることも要因だろう。
「さっきの彼、まだいるかな?」
手応えを感じたのだろう。
由依は対戦台の方へと視線を巡らせた。
「まだいるみたいね。行きましょう、カズ」
革ジャン男の対戦を数試合見ていた由依は、やがて筐体の前に座り、コインを投入した。
オレはその後ろで足を肩幅に開き、腕組みをして見学だ。
完全に後方彼氏面である。
部活や会社帰りのサラリーマンが増え、店内は一番混む時間だ。
ただでさえ女性プレイヤーの少ない格ゲーにおいて、とびっきりの美少女が対戦するとあって、かなりのギャラリーが集まっている。
由依の見た目に惹かれた連中の視線が半分、残り半分は女子が勝てるわけないと嘲りの視線が半分だ。
対戦相手の男は、筐体から身を乗り出してこちらを見ると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
そして始まった対戦は、かろうじて由依の勝ちだった。
今日初めて格ゲーに触れたとは思えない動きだった。
まだミスも目立つが、それは相手も同じ。
プロゲーマーの試合ではないのだ。当然だろう。
この頃は、プロゲーマーなんて存在が出てくるなんて、想像もしなかったな……。
「やったよ」
振り返った由依と小さくハイタッチ。
その様子に周囲の殺気が高まる。
そして画面にはすぐ、挑戦者登場の文字。
連コしたくなる気持ちは大いにわかる。
その後、黒革ジャンの男は由依に十連敗した。
「ちくしょう!!」
男は筐体を蹴り飛ばし、こちらをギロりと睨み付けると、店を出て行った。
よく見た光景ではあるが、出禁になるぞ。
男がいなくなった席に、次々と挑戦者が座っていく。
このゲーセンでも猛者と呼ばれる常連が現れるまで、連勝数は30を超えた。
「格闘ゲームって楽しいね!」
最後に負けて少し悔しそうな顔をした後、由依は笑顔でそう言った。
これだけ勝てばそりゃ楽しいだろう。
オレも30連勝なんてしたことないぞ……。
今ならできそうな気がするので、今度ためしてみよう。
「いやあ、キミつよいね! また対戦してよ」
「また来るんだろ?」
「このゲーセン、ホームにしなよ。治安いいよ」
対戦前に注がれていた、由依を嘲る視線は既に皆無だ。
強い者が正義という格ゲーマーの気質は好きだな。
「ごめんなさい。たまにしかこられないんです」
由依は群がる男達をひらりとかわすと、オレを人だかりの外へとひっぱった。
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