第48話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(5)

「オレに探偵のまねごとでもしろと?」


 麻薬の捜査なんて、警察に任せておけばいい。


「これは合法な薬でね。一番の問題は、この薬を使った人間を喰うと、ヴァリアントもハイになるってことなんだ。具体的に言うと、より食欲が増す」

「おい……なんでそんなことを知ってる……」

「身内でも問題になっていてね。僕達は大抵の薬物を直接摂取しても無効化できるからね。ハマるヤツも多いんだよ」

「なるほどな……管理ができなくなるってことか」

「話が早くて助かるよ」

「ならお前達で解決したらどうだ?」


 身近にクスリが広まれば、ヴァリアントの出現率も上がる。

 もちろん無関係ではないが、ここは口八丁で少しでもスサノオを動かしておきたい。


「やろうとはしてるんだけどね。僕が動くと、抵抗勢力も多くてなかなかね……」


 これまでの話からすると、スサノオはヴァリアントの中でもそれなりの立場にあるのだろう。

 連中も集団としての問題を抱えているということだ。

 人間と同じだな……。


「廃ビルで見たヴァリアントのうち、一人おかしいのがいたが、アレがそうか」

「よく見てるね。その通りだよ」


「あなたの言うことはわかったわ」


 会話を引き継いだのは由依だ。


「なぜここまで手の込んだことをして、私達を引き込む必要があるの? いずれ解決しそうな問題だと思うけど?」

「なんのことだい?」

「そこで倒れてる彼を私にけしかけたの、あなたでしょ」

「あれ? バレてた? 演技には自信があったんだけどなあ」


 すっとぼけた表情のスサノオはあっさり認めた。


「演技は上手かったが、状況が不自然すぎだ」


 ちょうどオレが由依のそばを離れた瞬間に、薬中の生徒が由依のところに来る確率ってどんなだよ。


「やれやれ、恥ずかしい話だ」


 そう言う彼だが、ばれてもかまわなかったのだろう。

 クスリの存在をプレゼンすることが真の目的だろうからだ。

 だが、由依の言うように、解決を急ぐ理由だけがわからない。


「解決は少しでも早い方がいい。なら、協力してくれそうな戦力は多い方が良いだろ?」

「今は合法だと言っても、警察だってそのうち動くだろ。その間、ごまかせば良いんじゃないか?」


 より人が死ぬというのに、我ながらどうかと思う物言いではある。

 あちらの世界で、交渉してくれていた仲間の見よう見まねだが、魔族との交渉はこうするのだ。

 相手は魔族じゃなくてヴァリアントだがな。


「それを教えたら、僕に協力するかい?」

「いいや。しないね」


 交渉はしても取り引きはしない。


 この手合いとのやりとりで学んだことだ。

 交渉中に情報を引き出しても、決して利害関係の契約をしてはいけない。

 そういうのは貴族や政治家のやることだ。

 信用できない相手との下手な取り引きは、こちらが不利を背負うだけだからだ。


「それじゃあ交渉決裂だ」


 スサノオは笑顔で手を振ってきた。


「随分と隠したい強い理由があるみたいだな」

「どうだろうね」


 どうしてそこまで隠す?

 嘘でごまかそうとしないのも何故だ?

 人間側の『組織』に既に追い込まれているのか?

 ちらりと由依を見ると、彼女は首を横に振った。

 北欧系が知らなくても、日本の『組織』が何か掴んでいるのかもしれない。

 いや、こうして疑心暗鬼にさせること自体がスサノオの目的だとしたら?


 考えてもしかたないし、これ以上情報を引き出せるとも思えない。


「それじゃあ、がんばってくれ」


 オレは冷たく言い放つと、スサノオに背を向けた。


「そうそう。ゲームセンターで取り引きがされてるなんて情報があったな」


 そんな愉快そうな声が、背後から聞こえてきた。

 ヤツはオレが解決に動くと確信しているのだ。


 悔しいがその通りだよ。

 どうせオレと由依の居場所はバレている。

 調査を始めればヴァリアントに出会うこともあるだろうが、連中を威圧するのにもよい機会だろう。

 身近に既に被害が出始めているなら、オレのテリトリーに手を出すなとアピールをしておく必要がある。


 ヴァリアント全員を敵にまわして組織的に狙われるのは面倒だが、『現状なら』簡単にやれると思われて襲われ続けるほうがより面倒だ。

 連中が喰うために殺すのではなく、人間を絶滅させるために動くのなら話は別だが。

 今はまだ、互いに死にもの狂いで相手を殲滅させる動きにならないような綱引きがされているように感じてならない。誰かがそうバランスを取っているからなのか、自然にけん制しあっているからなのかはわからないが。


 幸いなのは、連中がつるんでいるのは損得勘定だけで、仲間意識というものは薄そうだということだろうか。

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