第35話 4章:パパ活ですか? いいえ、援交です。(8)

 ダークヴァルキリーの牙が由依の首筋に突き立てられる直前。

 オレはもたれかかっていたビルのコンクリート壁を指で小石ほどむしり取ると、指弾として撃ち出した。


 ――ボッ!


 コンクリート片は、ダークヴァルキリーの頭部に拳大の穴をあけた。

 ダークヴァルキリーの長く伸びた首がしなだれ、それに引きずられるように胴体が倒れていく。


「おりゃあああああ!」


 両足をエッジモードに切り替えた由依がサマーソルトでダークヴァルキリーの胴体を左右に両断。

 さらに、ミニスカートを翻しながら、無数の蹴りをダークヴァルキリーに浴びせた。


 細切れにされたダークヴァルキリーは、ぼたぼたと汚い音をたてて地面に落ち、やがて紫色の砂となって夜のビル風に消えていく。


「ふぅ……ありがとうカズ。私ってば、やっぱりまだまだね」


 由依はしょんぼりとへこみながら、オレの方に振り返った。

 実力的には、ダークヴァルキリーと1対1で良い勝負というところか。

 新人にしてはかなり筋が良いとも言えるが、命がかかった戦いでそれでは困る。


「調子はどうだ?」


 由依に近づいたオレは黒タイツを指さした。


「ちょっとマラソンをした後くらいの疲れかな。これまでは同じことをしたら立つのもやっとってくらいまで消耗してたから、すごいよくなってる。ありがとね」

「そいつはよかった。少し調べてもいいか?」


 戦闘内容の反省は後にしよう。

 まずは由依の体が大事だ。


「う、うん。いいよ……」


 由依は頬を赤く染めると、ギリギリパンツが見えないところまでスカートをたくし上げ、太ももをオレに向けてきた。

 センシティブ!

 そのポーズはセンシティブですよ!


 なんかこれ……セクハラをする口実みたいになってたりしないよな?

 大丈夫だよな?


 オレは黒タイツに触れ、微量の魔力を流す。

 由依の体と神器の魔力回路に異常がないかを診るためだ。


「んっ……」


 由依が気持ちよさそうに顔を赤らめた。


 死体が転がる傍で、ちょっとエロい雰囲気……。

 なんともひどい光景だ。


 それ以上の光景をあっちの世界ではさんざん見たが。

 下級の魔物が巣でさらってきた人間を……いや、思い出すのはよそう。


「由依の体も、神器も今のところ問題なさそうだな」


 診断を終えたオレは、周囲を見回す。

 そういえば、ここからなら殺されたコの顔が見える。


 頬のあたりがごっそり喰われ、奥歯が見えている。

 化粧こそ濃いが、まだ若い。女子高生くらいだろう。


「くっ……」


 由依は顔をしかめ、口元を押さえた。

 戦闘中は気が高ぶっているからさほど気にならないのだろうが、落ち着いてから見るにはこたえる光景だろう。


 死んでいるのが、見ず知らずの人間だとしても。


「この死体はどうする?」

「組織に頼むわ」


 そう言って由依は、携帯電話を取りだした。


「ピッチじゃないんだな」

「これは組織から渡された電話なの。ピッチより安定して繋がるんだって。あと通話は組織に全部録音されてるから、プライベートでは使いたくないんだ」


 なるほど、それで二台持ちか。


 ダークヴァルキリーを倒したことで、人払いの結界が解けている。

 由依が組織に電話をしている間、手持ち無沙汰になったオレは、結界を張り直しつつ、少し広めに周囲の気配を探ってみた。


 気配と言っても、何か特別な第六感などではなく、極限まで研ぎ澄ました五感で得られる情報を総合して処理するのだ。


「……血の臭い?」

「そりゃあするよね……」


 電話を終えた由依が、死体から目を逸らせながら顔をしかめた。


 いや、そうじゃない。

 目の前に横たわる死体とは別に、ここから少し離れたところで、大量に流れた血の臭いがする。


 臭いの元の方へと五感を集中させる。

 すると、強化された耳に、聞き覚えのある少女の悲鳴が飛び込んできた。

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