第9話 1章:異世界から戻ってきたと思ったら、十七歳の頃だった(8)


「異世界……? そんなものが……でもヴァリアントの存在を考えるとあっても不思議では……いや、でも……」


 由依はひとしきり困惑した後、じっとオレの目を見つめてきた。


「カズのことを信じたい。でも何か証拠が見たいわ。異世界に行ってきたって証拠が」

「じゃあ魔法を見せよう。こっちだと、魔法はあまり発達してないんだろ?」

「ええ。基本的には魔道具を扱うという方法でしか、魔法は発動できないわ」

「じゃあ何か課題を出してくれ。魔法でできることなら、だいたいできる」

「だいたいって……。それじゃあ、氷魔法を使ってみて。属性攻撃のうち、魔道具で再現難易度が一番高いのが氷系だから」


 単純に分子の振動速度を上昇させるだけの高熱系、理屈を理解していれば実はそこまで難易度の高くない雷系などに比べ、分子振動を停止に向かわせなければならない氷系は、極めようとするほど難易度が高くなる。


「了解だ」


 だが、今のオレには決して難しいものではない。


「……どうしたの? やっぱり難しい?」

「いや、もうできてるぞ」


 オレは由依の背後を指さした。

 由依が振り返った先には、氷の彫像が出現していた。


「儀式や触媒もなく一瞬で……? しかもこれ……体操服美少女戦士のうさこちゃんじゃない!」

「由依が好きなキャラだったからな。氷の塊を出すのも芸がないと思って、アレンジしてみた」


 氷の彫像を作る訓練は、向こうでの魔法の修行を思い出す。

 あれは地獄だった……。

 オレが身震いしたのは、決して彫像が発する冷気のせいではない。


「魔道具を使った形跡はなしか……。なんだか……色んな意味で、あなたは本物みたいね」


 由依の肩から力が抜けたのを感じる。


「なあ白鳥。今のオレならこの街くらい護れる。世界を救うことと比べれば大したことじゃない。それでも戦うことを選ぶのか?」

「…………ねえカズ。あなた、ご両親のことを覚えている?」

「もちろんだ。オレが高校に入った時に海外に行ってから会ってないが」

「一年ちょっと、高校生の息子と中学生の娘を二人だけで家において、一度も帰ってきてないのよね」

「アマゾンの奥地に転勤になったとか言ってたからしかたないんじゃないか」

「じゃあ、一度でも連絡が来た?」

「ずぼらな人達だからな」

「それって、海外転勤前もずぼらだった?」

「いや、どちらかというと神経質だったような……」

「おかしいと思わない? いえ、おかしいと思うことはなかった?」

「たしかに言われてみれば……疑問にも思わなかったな……」

「ご両親の連絡先は知ってる? 空港へ見送りはした?」


 どれも記憶にない。ないが、不思議にすら思わなかった。


「おいまさか……。オレの両親はもういないのか……?」

「本当に察しが良いわね……。そう。ヴァリアントに喰われると、因果ごと失われるの」

「そもそもいなかった扱いになったり、いないことに違和感を覚えなくなったりするってことか」


 あちらの世界でも、そういった能力を持った魔族がいたな。


「私にも妹がいた。それを知ったのは、神器に適性があるとわかった時だったわ」

「その妹は……」

「思い出は全くないわ……。だからこそアイツらが許せなかったの。たとえ、私が神器の能力を十パーセントも引き出せない出来損ないだとしても……。だからね、カズのことを護りたいって思ったのも……その……そうなんだけど……半分は怒りなんだ。だからね、そんなに綺麗な感情で選んだんじゃないんだよ……」


 由依は恥じているようだが、オレはそうは思わない。

 由依は死ぬ可能性が高いとわかってなお、戦うことを選んだのだ。

 黙っていても一生不自由なく暮らせる財産があるというのに。

 転生した時に、救世主としての特殊能力を得たオレとは違う。

 由依は本当の強さを持っている。

 オレは向こうの世界で出会った仲間達のことを思い出した。

 死んでいった仲間達を……。


 そこでふとオレは、由依との思い出を振り返っていた。

 疎遠になってからは連絡を取ることもなくなって……いや、由依のことを思い出すことすらなくなっていた……?

 同窓会はどうだった?

 気まぐれで一度だけ参加したあの会に由依はいたか?

 欠席であることを話題に出すヤツすらいなかった。

 あれだけ目立つ由依のことを誰も……?


 まさか……殺されていたのか……。

 オレが知らないうちに……。


「オレも戦うよ」

「たしかにカズは強いみたいだけど……死ぬかもしれないんだよ? 私と違って、一族に課せられた使命があるわけでもないのに……」

「白鳥だって、使命だからって理由だけじゃないだろ?」

「そうだけど……」


 正直、三回目の人生はのんびりしたかった。

 だけどさ、できることをしないなんて言ったら、死んでいったあいつらに顔向けができない。

 それに、オレは……。


「白鳥を助けたいって思っちまったんだ。しょうがないだろ」

「カズ……。かっこよすぎだよ。でもね、私は知ってたよ。カズはかっこいいって」


 由依は頬をあからめながら、目を逸らせた。


 か、かわいすぎだろ……。

 ずっと忘れさせられていたけど、初恋だったんだよな……。


 由依は護られるだけなんてイヤだと言うだろうが、絶対に護ってみせる。


「これから私達は、ヴァリアントを倒すパートナーになるのよね?」

「そうだな」

「じゃあ名前で呼んで。名字だと家の人間と区別がつかないでしょ?」

「オレが白鳥家の人間と関わることなんてないと思うが……」

「いいから!」


 由依は頬をぷっくりと膨らませてみせた。

 これは照れ隠しだと思って良いんだろうか。


「わかったよ、由依」

「うん! これからよろしくね!」


 このとびっきりの笑顔が二度と曇らないよう、全力で戦おう。

 今のオレにはそれができるはずだ。

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