第2話 鈍痛

 32歳。独身でいたいなんて思ったこともなく、結婚したいとも思ったこともない。世間体を考えれば、結婚したほうがいいのかもしれない。今はただ、身体が求めた時に相手がいればいい。気づくと30が過ぎた。

 今日会ったばかりの顔もよく見てない男の部屋にいて、散らかった部屋の、知らない男のベットの上。私の体は不快な汗で汚れている。タオルを台所で濡らして体を拭く。荷物をまとめて急いで玄関を出た。マンションの5階、廊下は薄暗くて、見慣れない眼下の街には冷たい風が吹いていた。水を買おうとコンビニに寄る。気だるくて500ミリリットルの水さえ重い。レジに出すと、幼い顔の、黒髪の男の子が手際よく会計する。

「108円です」

 額にかかった黒髪を軽く揺らしながら、そう言ってこちらを見る。私は用意していた小銭を出す。

「あの、首もと、鎖骨のところ大丈夫ですか?」

 触ると鈍い痛みがあって、指先には血がついた。さっきの男のことが思い出されて嫌気がする。男の子は、ポケットから絆創膏を出すと机に置いた。

「服も汚れちゃいますし、よかったら」

「すみません、。」

 そう言いつつなんでか涙が出てくる。男の子が心配そうにこちらを見る。その視線に気がついて、いっそう涙が止まらなくなった。毎度のように生産性のないことを、自分を貶めるようなことをしている自分。こんな時間にも働いて、深夜に来た知らない女を気にかけて、泣き出しても不審がらずに心配してくれる人。そんな人にこんな惨めな自分を晒し出していることが何より辛かった。

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