月が綺麗だと思う日には

BUNPUG

第1話 じゃ。

 7月。夏休みに入って一週間が過ぎた。学生の私は大学の研究室にこもって論文を書いている。無機質な白い部屋の中、エアコンの効いた乾いた空気。参考書と計算式で埋まる雑紙たち。消しかけのホワイトボードのインク。昨日から寝泊まりしているが大した進展はない。今日に至っては闇雲に計算し続けて、ついに手が動かなくなった。論文締め切りまでの日数を数えつつ、昼飯を買いに行く。小銭をポケットに入れて、研究室を出る。長い廊下は電灯が付いてなくて薄暗い。旧本館で電気が付いているのは、研究室と警備員室ぐらいのようだった。廊下の奥にあるはずの購買は閉まっている。

「出るしかないかぁ」

 晴れの日がつづいたせいで、最近は朝も夜も熱気が地面に残っている。今日は午前中から日差しが強く、都心といえども街に出る人は少ない。大通りでさえ人は少ない。旧本館のだだっ広い正面玄関から出ようとした時、突然雨が降り始めた。おっ、とたじろいだ間に雨は一気に強くなった。通り雨かもしれない、玄関横のベンチに座って様子を見る。

「当分止まないみたいですよ」

 長身の男がベンチ脇に立っていた。同い年くらいだ。見覚えもない、というより、初対面に違いない。一度見たら忘れないほど派手な容姿をしている。服装は地味なのだが、色白い肌に彫りの深い顔。

「じゃ」

 男は傘もなく走り出していった。雨は降り止みそうもなくて、俺は座っているしかなかった。

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