第3話 夕食

「実家いる時はベッドだった?それとも布団だった?」

「ベッドでしたが……」

「じゃあベッドだね」


ベッド派布団派いるだろうが、長年親しんできたものを変えるのは難しい。ベッドにすれば布団より高くつくことは明らかだが、お金の面は気にしていない。


「あの、買っていただくこと自体には納得しましたが、1番安いので構いませんので」


メイドさんはこう言うと思っていた。だが、寝具に関しては確実にお金をかけるべきだ。ここは譲れない。


「いやいや、そういうわけにもいかないよ。睡眠時間を8時間とすれば1日の約3割をそこで過ごすことになるんだから。寝具の質が悪ければ当然睡眠の質も下がるわけで。実際俺も前までは安い寝具を使ってたけど良い寝具に変えてから明らかによく眠れるようになったし身体が痛いとかもなくなったしメイドさんには万全な状態でうちにいてもらいたいのよ」


俺の気持ち悪いほどの熱弁にメイドさんは若干、いやかなり引きながらも「はあ、そうですか」と言って一応は納得してくれた。

それにしても得意分野になると早口になるのって、ほんとなんでなんだろうね。もうちょっと落ち着いて話せばいいのに。自分でわかっているのに変えられないってもう沼だよ沼。一生抜け出せない。

軽く自己嫌悪に陥りながら店内を散策していると、寝具のコーナーにたどり着いた。

良さそうなものを適当に見繕いつつ、時折メイドさんに意見を聞きながら(もちろんあまり参考になる意見はくれない)、必要なものを集めていく。

その他にも服を入れるタンスやラック、足りなくなりそうな食器なども揃える。

一通り回ると、ベッドやマットレスを除いてもショッピングカートは一杯になっていた。


「これ、ベッドとかマットレスは配送してもらわないと無理かもね……」

「私は別に構いませんが」


メイドさんには少しの間布団で我慢してもらうことになるが、到底車に詰め込める荷物量ではない。

追加で必要になった布団を買い、駐車場に戻って買ったものを適当に車にぶち込んでいるとメイドさんが、


「なんでそんな適当なんですか。貸してください」


と、呆れた様子でそう言いつつも俺に代わって荷物を綺麗に入れてくれた。手のかかるダメ主人でごめんね……。出すときの手間なんて考えてなかったよ……。

などと内省していると、どうやら積み終わったようだった。なんだかんだ3時間ぐらいいただろうか。人と買い物すること自体久しぶりだったため、あっという間に時間が過ぎたらしい。

いや、1人で買い物する方が楽だからね?決して出かける友達がいないとかじゃないからね?

車を運転しながらそんなことを考えていると、横から寝息が聞こえてきた。

慣れない土地に来て初めて会う人間に気を遣い、それに加えて遠出までしたら疲れるのも当然だ。メイドさんには少し酷なことをしてしまったかもしれない。

赤信号で止まり、ふと横を見るとすうすうと寝息を立てているメイドさんの顔が。

やっばなにこれ天使か……?こんな美しい寝顔と横顔初めて見たんですけど……。

思わず見惚れていると、信号が変わったことに気付かず後ろの車からクラクションを鳴らされてしまう。

メイドさんが寝てるから大きな音立てないで!と訳の分からない責任転嫁をしつつ心を落ち着かせる。

運転中は見ないようにしよう……。そう心に誓った。


◆ ◆ ◆


家に着くと同時にメイドさんも起きた。

目覚めた瞬間はぼーっとしていたが、すぐさま姿勢を正し少しばつの悪い顔をする。


「……申し訳ございません。勤務中に寝てしまいました」

「いやいや、全然大丈夫よ。慣れないことだらけだっただろうし」


そんなありきたりでつまらない返事を返す。ここで気の利いた一言でも言えたらいいのだが、生憎そんなスキルは持ち合わせていない。

車から荷物を運び出し、自分の家へと持ち帰る。重いものは全て配送サービスに任せたためメイドさんにはしばらく不自由を強いることになり申し訳ないが、こればっかりは仕方がない。

一通り片付け終えると、時刻は午後5時を迎えようとしていた。

すると、同じく時計を見たメイドさんが俺に質問を発した。


「冷蔵庫どこにありますか?」

「あ、こっちです」


俺はそう言ってメイドさんをキッチンにある冷蔵庫へと案内した。あまり大きくはないが、一人暮らしにしては大きい冷蔵庫だ。

メイドさんは「失礼します」と言って冷蔵庫を開けたが、中を見て固まった。


「……何も入ってないじゃないですか」

「自炊というものをやらなくてですね……」


いや、最初はする気だったのだ。それはもうやる気だけは立派で、料理をするための道具やら調味料やらを一式揃えた。だがいざやってみると作れることは作れるのだが、後片付けが面倒だし食材も余らせて腐らせる方が多く、あまりにも向いてなかったのだ。だからここ一年以上、まともに料理をしていない。


「いつも何を食べられてるんですか?」


メイドさんが呆れながら聞いてきたため、正直に答える。


「えーと、冷凍食品とかコンビニ弁当とかデリバリーサービスとか……」

「金に物言わせて好きなものだけ食べてきたんですか。よく病気になりませんでしたね」


いや言い方。でも全くもってその通りなんだよなあ……。ただ雇用主としての(なけなしの)プライドもあるため、言われっぱなしは避けたい。


「でもほら、俺は時間を金で買ってるのよ。本来ならご飯作ってる時間を他のことに使えるんだよ?でかくない?」

「それで不健康になったら意味ないじゃないですかアホですか。そんな詭弁はいいので早く買い物に行きましょう」


あれーなんかどんどん対応雑になってないですかー……。ついに雇用主に向かってアホって言っちゃったよこの子。いやまあ、そのくらい別にいいんだけど。何も問題ないんだけど。なんならちょっと嬉しいんだけど。


「スーパー行くので荷物持ちお願いします」

「あ、はい」


対応が雑どころか扱いも雑になってきてる気がする。まあ荷物持ちぐらいなんてことはないのだが。

家からスーパーまでは徒歩5分ほどで着き、複合施設に入っているスーパーと駅にくっついているスーパーが並んでいるためお互いの欠点を補完できる。なんなら駅からは少し離れるがもう一軒大きめのスーパーすらある。やはり練馬は最強。JRこそ通ってないが都心までのアクセスは抜群、行けないところなどない。住んで困ることない、まさに完璧な街なのである。

脳内で練馬推奨キャンペーンを終えると、メイドさんが質問してきた。


「何か苦手なものとかございますか?」

「野菜全般」


そう答えるとメイドさんの目つきがだんだん厳しくなってくる。


「いや、ちゃんと毎日野菜ジュース飲んでるしサプリも飲んでるから栄養は大丈夫」


フォローするつもりで言ったが、ますますメイドさんの目つきがゴミを見る目に変わってくる。やめてそんな目で見ないで!


「……」

「せめてなんか言って?」


無言が1番怖いから。その顔で何も言われないのすげえ怖いから。


「とりあえず野菜は問答無用で出しますので」

「きゅうりだけは勘弁してください」


幼稚園の時に口にして戻して以来、きゅうりを克服できる気がしない。だってあれほぼ水じゃん。食べなくていいじゃん。


「好き嫌いは許しません」

「お母さんなの?」


いや、本当の母親を知らないからわかんないけど。お母さんってそんなイメージだよね?合ってるよね?

それにしてもメイドさん、食事の話になった途端キャラが変わったみたいだな……。塩対応はどこへ……。まあ、こうやってズケズケ言われるのもありなんだけど。いや何言ってんだ俺。

そんなことを考えているうちに、メイドさんは次々と食材をカゴに入れていく。


「そんな入れて大丈夫?俺そんなに食べる方じゃないよ?」

「大丈夫です」


そうですか大丈夫ですか……。俺がやらなかっただけで日待ちさせる方法とかきっとあるのだろう。知らんけど。

そんなこんなで買い物を終え、パンパンの買い物袋を抱えて家へと帰る。

メイドさんはすぐさまメイド服に着替え、夕食の支度を始める。


「何か手伝うことある?」

「座っててください」

「はい」


どうやら足手まといにしかならないらしい。サクサク、トントンと心地の良い音が流れている中、俺はリビングでスマホをいじりながら待っていた。なんだか亭主関白の気分を味わっているみたいで、あまり気持ちの良い待ち時間ではない。今時亭主関白の家庭は色々とうまくいかないだろうなあとか思いつつ、料理が出来上がるのをじっと待つ。


◆ ◆ ◆


「出来ました」


いつの間にか眠っていたようで、申し訳ないことにメイドさんに起こしてもらう羽目になってしまった。どうやら俺も疲れているみたいだ。


「ごめん完全に寝てた」


 そう言って置き上がると、テーブルの上にはすでに食事が並んでいた。どうやら今日はオムライスらしい。オムレツの神々しい黄色とケチャップライスの賑々しい赤色との鮮やかなコントラストが食欲をそそる。それと同時に、小皿に盛られた緑色の物体たちが視界に入る。

 普段だったらまず食べない。だが、人が作ってくれたものを食べずに残すわけにはいかない。幸いこの世で一番嫌いな野菜のきゅうりは入っていなかった。あの言葉はメイドさんにきちんと届いていたようだ。


「すげえめっちゃ美味しそう」

「時間がなかったので簡単なもので済ませました」


 オムライス簡単じゃなかったんだけどなあ……。いや単純に俺の技術不足か?上に乗せるオムレツがね、どうもうまくいかんくてね。過去に作ったオムライスとは対照的に、目の前のオムライスはまさに完璧で文句の付け所がない。


「それじゃあ、いただきます」

「どうぞ」


 そう言ってオムライスを口に運んだ俺は思わず、


「え、うま」


 と言ってしまった。オムレツの中は半熟でとろとろしており、ケチャップライスとの相性が抜群だ。正直オムライスの専門店で出てきても遜色ないレベル。そのあまりの美味しさに手が止まらなかった。

 そもそも、人の作った食事というものがかなり久しぶりなのだ。最後に食べたのはいつかすら覚えていない。だからそのオムライスが妙に優しい感じがして、胸にジーンとくるものがある。いかんこれ泣くやつや。落ち着け自分。

 涙が出るのを抑えるように、「美味しいなあ」とか「どうやったら作れるんだ……」とかぶつぶつ言いつつ、それでも一口一口味を確かめるように食事を進めていった。

 その様子を見ていたメイドさんは少し不思議な顔をしつつも、「まだ改良の余地がありますね……」などと言っていた。向上心がすごい。

 サラダは気合いと死ぬ気で無理矢理食べ、食事を終える。


「ごちそうさまでした。めっちゃ美味しかったです」


 俺はそう素直に感想を口にしたが、当然メイドさんから反応があるとは思っていなかった。あったとしても、「そうですか」ぐらいだろうと、そう思っていた。だが、返ってきた反応は俺の想像を遥かに超えるものだった。


「それはよかったです」


 メイドさんはそう言って微笑んだ。その笑みは今まで見てきたどんな笑顔より美しくて儚く、今にも消えてしまいそうながらも、そこに存在していた。

 あまりの綺麗さに見惚れていると、メイドさんは我に返ったように表情を元に戻しバタバタと片付けを始める。


「きょ、今日はもう疲れたので寝ますおやすみなさい」


 早口でそう言ってリビングから出て行ったメイドさんの頬は赤らんでいて、なんとも愛くるしい表情をしていた。

 いやいや。可愛すぎでしょ。あんなの見せられてドキドキしない男子がいるだろうか。いやいない。間違いなくいない。そう思えるほどにあの笑顔は衝撃的で魅力的だった。そしてあの子と一緒に住む選択肢を選んだ自分を少し恨んだ。こんなの意識しないわけがない。当面の課題はこれがバレないようにすることだ。


「……無理かもしれないな」


 こうして、色々ありすぎた怒涛の1日目が終了したのだった。


 

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