第2話 買い出し
メイドさんとの共同生活が始まったわけだが、問題はまだ山積みだ。まずはメイドさんの寝床を確保しなければならない。
我が家の間取りは3LDK。一番大きい部屋は俺が寝室として使っていて、中くらいの部屋と一番小さい部屋が残っている。この2部屋は正直持て余し気味だったので、有効活用してくれるなら何よりだ。
一番小さい部屋を使わせるのは忍びないため、中くらいの部屋を使ってもらうことにする。俺の寝室とも離れているため、ちょうどいいだろう。
「あ、今から片付けるからこの部屋使っちゃって」
「いえ、一番小さい部屋で十分です」
「うちで働いてもらうんだったら自分の部屋ぐらいくつろげる方がいいと思うけど……。あと俺の部屋からも離れてるし」
「いや、でも……」
「一応雇い主だからさ、頼むよ」
「……わかりました。では、お言葉に甘えて」
ようやく折れてくれたメイドさんは少し俯きがちにお礼を言ったが、その頬は何となく赤く染まっている気がした。
気のせいか?
いや、もしかしたら妙にカッコつけた俺の態度が恥ずかしすぎて顔を赤くしたのか?共感生羞恥的な。そうだったとしたらしんどすぎないか……。
確かに自分でもなかなか気持ち悪いとは思ったが、あれ以外思いつかなかったんです勘弁してください。
脳内で必死に言い訳をしながら、部屋の片付けを手伝うことにする。
「手伝うよ」
「私一人で十分です」
うん、やっぱりさっきの赤面は照れとかでは全くないな。でもこのキツさ、ちょっとクセになりそう。
「暇だし、二人の方が早く終わるでしょ」
「……そうですか。ではご勝手に」
メイドさんから無事に許可を取り、部屋の片付けを手伝う。エロ本が見つかるなどというお決まりのイベントは存在せず、滞りなく片付けが終わった。
部屋には見事に何もない。
ここにメイドさんが住むのか。……なんか今更だが変な気分になってきたな。俺、なかなかおかしい決断をしたのでは?いやでも放置するわけにもいかなかったし、ここで見捨てたらダメでしょ、うん。
誰に対してかわからない弁明を脳内でしつつ、気になっていたことをメイドさんに聞いてみた。
「そういえば、布団とかは?」
大学生になってから一人暮らしを始めたが、人を泊めたことはない。故に我が家には客用の布団というものが存在しないのだ。決して友達がいないからとか、泊めるほど仲良くないとか、そういうわけではない。決して。
そんなふとした問いに、メイドさんは動きを止め、固まった。
「……完全に失念しておりました」
「まじで?」
抜けてるところがなさそうだなと思っていた矢先、まあまあの忘れ物をしてきたなこの子。
ただ、そこまで大した問題でもない。時刻はまだ午前11時頃。買い出しに行くには充分に時間がある。
「じゃあ、買いに行こう。車出すから」
「いえ、一人で買いに行きます」
「他に必要なものもあるだろうし、一人じゃ荷物も持てないでしょう」
「それは、まあ……」
「はい決まり。着替えて行こう」
「……かしこまりました」
最後まで彼女は不服そうだったが、無理矢理納得してもらい車で出かけることになった。これってもしかしていわゆるデートってやつですかね?そうだよね?そう思っていいよね?
こうしてメイドさんとのデート(一方的な思い込み)が決まり、少しだけ、いやかなり浮かれながら出かける準備を始めた。
さすがにメイド服で歩かれても困るので、私服に着替えてもらうことにし、自分の着替えと用意を済ませリビングで待っていると、メイドさんが戻ってきた。
「お待たせしました」
メイドさんの私服は、白いTシャツに、プリーツが入った黒のロングスカート、そしてブランド物のショルダーバッグというかなりシンプルな出立ちだったが、顔が良すぎるが故にあまりにも完璧にハマっていた。
正直めっちゃめちゃ可愛い。何だこれ。天使か?わしの目の前には天使がいるんか?
思わず見惚れていると、メイドさんが怪訝な目を向けてきた。
「……何ですか」
「あ、いや、似合ってるなと思って……」
「……はあ、そうですか。お昼も近いので早く行きましょう。目的地も遠いですし」
「あ、うん、そうだね」
会話の先頭に「あ、」というコミュ障独特の枕詞をつけてしまったことに自己嫌悪を抱きつつも、なぜか少し早口になっていたメイドさんが気になったが、あまりのんびりしていられないのも事実。
俺とメイドさんは都内最大級の家具屋に向かうことにした。
◆ ◆ ◆
車内。運転席には俺。助手席にはメイドさん。
なんかめっちゃ緊張するな……。助手席に女の子乗せたの初めてだし、何なら誰かを乗せたのも初めてだ。いやこれは決して友達がいないとかではなく単純に友達乗せて事故ったらどうしようとか思うわけで決して友達がいないわけではないから。
友達乗せたことないくせに会ったばかりの女子は乗せるって、俺もそこらへんの大学生馬鹿にできないな……。
目的地まで1時間というところだが、その間ずっと沈黙はさすがに居心地が悪すぎるので、適当に話題を振ってみることにする。
「そういえば、メイドさんはハーフなの?」
銀髪に碧眼。日本人同士の組み合わせではまずありえない髪色と目の色である。顔の作りも日本人離れしていて、ハーフとしか考えられない。
「はい。ロシアと日本のハーフです」
「へーロシアか」
「ロシアの血が入ってるからって銀髪碧眼の設定は安直だと思いますが」
「え?設定?」
「何でもありません」
あまり深追いはせず、次々と話題を振っていく。出身はどこなのか。両親はどんな人なのか。答え方こそぶっきらぼうであったが、メイドさんはしっかりと答えてくれた。塩対応といえど、根は優しい人なのかもしれない。
まあ、メイドさんからの質問は1個もなかったけど。
そんなこんなで1時間ほど経ち、立川にあるスウェーデン発祥の家具量販店に着いた。何度か来たことがあるが、何となくこの雰囲気が好きで無限にいられてしまう気さえする。
言い忘れていたが、いや、興味はないと思うが、免許は高校3年生の時に取った。指定校推薦で早めに進路が決まっていたため、周りが必死こいて勉強してる中いそいそと教習所に通っていたのである。
それにしても何で指定校推薦ってあんなにヘイト集めるんだろうね?努力する時期と期間が違うだけだと思うんだけどね?
そんなもって行きようのない怒りを内心で抱えつつ、俺とメイドさんはその家具量販店に足を踏み入れた。
先に家具を見ようと思っていたが、時刻は昼過ぎ。朝ごはんを食べていないことを思い出し、一気にお腹が空いてしまう。けれど一方的にお昼にしようと言うのも憚られるので、メイドさんに聞いてみることにした。
「お腹空かない?」
「いえ、私は特に」
そのセリフを言い終えた直後、メイドさんのお腹が「ぐう」と鳴り、彼女は急いでお腹を隠すような姿勢を取る。
こんなベタな展開ある?というか恥ずかしそうにしてるメイドさんめちゃめちゃ可愛いな……。
「俺『も』お腹空いたから先食べちゃおっか」
そのあまりの可愛さに少し揶揄いたくなり、「も」の部分を強調してそう言うと、メイドさんがかなりの勢いで睨んできた。こっわ。もうやめとこ。
家具量販店オリジナルのレストランで食事を取ることに決め、メニューを物色する。価格は抑え目ながら味は良く、コスパが良いと評判である。
俺はミートボールとパンを頼むことに決めた。
「メイドさんは?」
「私も同じ物で」
メイドさんはそう言うと徐に自分の財布を取り出そうとしてのでそれを慌てて止める。
「待って待って。さすがに俺が払うから」
「いえ、そういうわけには」
「いやいや、一応もう雇用主だから。食費を自費で出させるわけにはいかないよ」
ここで払わせたら雇用主としての立場がない。メイドに食事代を払わせる雇用主なんているだろうか。まあ、他にメイドさん雇ってる人の話なんて聞いたことないんだけど。
あとで給与の話を詰めないとな。いくら渡せばいいんだろうか……。
そんなことを考えていると、メイドさんは渋々俺が食事代を出すことを了承してくれた。
そんなやりとりを終えた俺とメイドさんは、出来上がった食事の乗ったトレーを持ち、近くの席へと腰をかけた。
「いただきます」
「いただきます」
正直口にするまでは値段相応だろとか思っていたが、想像以上に美味しく思わず「意外に美味しい」などと呟いてしまう。
それにはメイドさんも同意見だったようで、「ですね」と相槌を打ってくれた。たかが相槌に「くれた」とか言ってる時点で相当キモいな、俺。
食事を終え、いよいよメイドさんの家具を探しに行く。ベッド周り以外にも、必要なものはあるだろう。何せあの部屋には何もないのだ。服を入れるタンスのようなものもない。
「寝具以外にも必要なものあるよね?」
「必要なものある?と」聞いたら絶対に「ないです」と言うはずなので、必要なものがある前提で聞く。これでメイドさんは言いやすくなるはずだ。
「いえ、特には」
あれなんか想像と違うんですけど。普通に拒否られたんですけど。この子徹底してるな……。まあメイドという立場を自覚していればいるほどこのような立場になるのだろうか。そこらへんのメイド事情に疎いのでよくわからない。詳しいやつがいたら聞きたいものだが。
「じゃあ俺がメイドさんの部屋に必要だと思うもの勝手に買うから勝手に使って……」
どう言ってもメイドさんは納得しそうになかったので、俺は諦めたような声音でそう言って話を無理矢理終わらせた。そうでもしないと拒否し続けられると思ったからだ。
こんな感じで我慢し続けてたら絶対いつか爆発するだろ……。人間、そうそう我慢強くできていないのだ。たまにはガス抜きをしないと、破裂する時が必ず来る。その辺りはわかってくれているだろうか。
面倒見られるはずなのは俺の方なんだけどな……。そう思いつつも、こんなにもメイドさんのことが気になるのは、どうしてだろうか。
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