メイドさんは今日も塩対応
結城ユウキ
第1話 出会い
その日、俺は20歳の誕生日を迎えていた。
目覚めてスマホを確認するが、持ち前の友達の少なさ故誕生日を祝うような連絡は一件もない。わかっていたことではあるが、友達が少ないことを突きつけられてるようでなかなか辛いものがある。
けれど決して友達がいないわけじゃない。中学の同級生や高校の同級生は今でもたまに連絡取ってるし、大学にもちゃんといる。全員合わせて10人ぐらい。少数精鋭。狭く深く。でもそっちの方がいい関係を築けると思うんだよね!
などと誰に対してかもわからない言い訳を脳内でしながら、のんびりと朝の支度をする。特に出かけるわけでもないが、顔を洗って寝癖を直すところまでは体に染み付いてしまっている。
時刻は朝9時。いつもなら大学に向かっている時間だが、今は夏休み真っ只中。小中高は嫌というほど課題を出されたものだが、大学にそんなものはない。
故に絶賛暇を謳歌中だ。毎日冷房の効いた部屋で漫画を読んだりアニメを見たり映画を見たりゲームをしたり、娯楽という娯楽を食い荒らしている。
友達と遊ばないのはあれです。決して断られるのが怖いとか、誘う勇気がないとかそういうわけじゃなくて、俺はそいつらしか友達がいないけどその友達には俺以外に友達がたくさんいるだろうから俺ごときが誘っても迷惑かなって思うんです。だから基本誘われ待ち。滅多に誘われないけど。というか、誘われたことないけど。
「……こんなこと誕生日に考えるもんじゃないな」
自分で考えておきながら勝手に落ち込む。これ結構友達いないあるあるだと思うんですけどどうですか?
そんなどうでもいい事を考えていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
「何か頼んでたかな」
記憶にないけどどうせ1人だからって自分で自分にケーキ頼むとかしてないよね?大丈夫だよね?
そんな不安を抱えつつ、俺はインターホンのモニターを表示させた。
そこに映っていたのは、黒を基調としたワンピースの上にフリルの付いたエプロンを重ねた、いわゆるメイド服を着た少女。
歳は俺と同じくらいだろうか。銀髪に碧眼。髪は肩までの長さでホワイトブリムと呼ばれるカチューシャを付けている。顔立ちは恐ろしく整っていて、日本人離れした目鼻立ちはモニター越しでも伝わってくる。
思わず見惚れてしまったが、俺は気を取り直してインターホンの通話ボタンを押した。
「はい。どちら様でしょうか」
って言うしかないよねこの状況。
「初めまして。この度、
……は?メイド?この時代に?
いや、もしかしたら俺の感知し得ないところでまだまだ当たり前のようにあることなのかもしれないが、すんなりと受け入れることはできない。
というかそもそも何で俺のところに?こんな顔がいいならもっと他に行くところがあるでしょうに。もしかしてどこかの富裕層が一般庶民の家に突然メイドを送り込んで反応を楽しむ悪趣味なドッキリ?
思わず黙ってしまったところに、彼女からの追撃が来る。
「あなたのお父様である明人様との約束を履行しに来ました」
親父との?ますます意味がわからなくなってきた。どういうことなのかさっぱりだ。
しかしここで長時間話すのもいただけない。今彼女がいるのはマンションのエントランスだ。誰かの目につく可能性があるし、あの格好では嫌でも目立つ。
いやでも年頃の女の子を一人暮らしの男子大学生の家に招き入れるのは世間一般的に見て確実にアウトだろう。仲のいい友人ならまだしも赤の他人をうちに入れるのは気が引ける。
けれどいくらエントランスといえど外は信じられないぐらい暑い。熱中症になられるリスクを考えたら、とりあえず家に入れてしまうのが先決か。
「と、とりあえず上がってください」
「はい、ありがとうございます」
もはやそう言うしか道はなかった。頑張って理性を保ってくれ数分後の自分。
◆ ◆ ◆
目の前に現れた実物に、数分前に強く保とうと決意した理性が崩壊しかけていた。モニターより遥かに美しく存在する本物の破壊力が凄まじすぎる。
彼女をリビングに案内してソファに座らせ、俺はキッチンへと向かった。冷蔵庫を開けるが、普段ほとんど自炊しないせいでまともなものがない。仕方がなく麦茶をコップに入れ、彼女の元へと持って行く。
「ごめん今こんなものしかなくて」
「お構いなく」
俺はコップの麦茶を一口飲み、早速彼女に質問をぶつけることにした。
「いきなり質問で申し訳ないんだけど、親父と約束を履行しに来たって、どういうこと?」
「はい。私の家族は昔、明人様に助けられたんです」
「親父に……?」
話を聞くと、どうやら彼女のお父さんが事業に失敗して多額の借金を抱え路頭に迷っていた頃、偶然親父と会って彼女の家族の借金を肩代わりしたらしい。しかも利息も返済期限も設けずに。どんなお人好しなんだあいつは。
そして彼女の父親が何かお礼をしたいと申し出たそうだが、親父は一回断った。どうしてもという彼女の父親の熱意に折れ、じゃあと息子が20歳になったら世話をしてくれと頼んだらしい。いやまじで何考えてんだ……。
「話はわかったけど……ご両親は納得してるの?」
「はい、何でもしてこいと言われております」
さてはこの子の両親、だいぶずれていらっしゃるな?1人暮らしの男の部屋に嬉々として一人娘を送り込む両親がどこにいるんだ。しかも何でもしてこいって。年頃の女の子に言うセリフじゃないだろ。
「それで君も納得しているの?」
「はい。ですが私が恩を感じているのは恵人様ではなく明人様なのでそこは勘違いなさらないようお願いいたします」
さっきから刺々しい雰囲気は感じていたが、この子だいぶ当たりが強いな……。割とズバズバ物を言うらしい。まあ、そのくらいの方がこちらとしても接しやすいか。変な気も持たないで済む。
そんなことを考えていると、彼女がキョロキョロし始めた。
「どうしたの?」
「明人様にもご挨拶したいのですが……」
そうか、知らないのか。てっきり知っている物だと思っていたが。
なるべく重い空気にならないように言おう。
「あー、親父は2年前に死んだよ」
「……え?」
「事故でね。びっくりさせたみたいだね、ごめん」
「い、いえ……。こちらこそ失礼しました」
「全然、気にしないで」
母親は物心つく前に死んでいるから、親父が死んだことは寂しくないと言えば嘘になる。母親が死んでからは男手一つで育ててくれた。けれど親との別れは遅かれ早かれやってくる。それが一般的な家庭より少し早かっただけだ。早い分、心の整理に時間を費やすこともできる。
親父が死んだ保険金や遺産は、相続税を引いても莫大なものとなった。だからこうして都内のマンションで何不自由なく一人で生活を送れている。親孝行が大してできなかったことが、唯一の心残りだが。
けれどこの話をいつまでも引きずるわけにもいかない。湿っぽい話は苦手だ。
「この話はこれで終わり。大丈夫?」
「ええ、何とか受け止められました」
ひと段落ついたところで会話を変えようと、彼女がうちに来てから気になっていたことを聴くことにした。
「ところで、その馬鹿でかい荷物は?」
彼女はスーツケースとボストンバッグという二刀流でうちに上がり込んできた。二つともぎっしりと中身が入っているようで、かなり重たそうだ。何が入っているのだろうか。仕事用の道具?それともご奉仕用の道具?
少なくとも後者はないと思いつつ、素直に疑問を口にした。
「これは私の全荷物です」
「……全荷物?」
「はい。これから2年間、ここに住み込みで働かせていただきます」
……ん?なんかとんでもないこと言ってない?大丈夫?突拍子がないにも程があると思いませんか?うん、思う(俺調べ)。
などと軽く現実逃避をしなければならないような爆弾発言が飛んできた。
「え、住むって、ここに?」
「先ほどそう申し上げたはずですが」
「いや、うん、仰ってました……」
この様子を見る限り引く気は全くなさそうだ。
「ち、ちなみに俺がダメだって言ったらどうするの?」
「……実家は田舎の方ですし、お金もないので野宿になりますかね」
「野宿て……」
そんなん絶対させられないじゃないですか……。もはや一種の脅迫では?
いやでも成人済み男子大学生ですよ?普通嫌じゃないですかね?そこらへんの男子大学生なんてあれよ?酒入ったら何するかわかったもんじゃないよ?
まあ、俺にはなんかする勇気なんてないんですが。
「一応聞くけど、俺成人済み男性よ?身の心配はしないの?」
すると彼女は、先ほどよりも真剣にこちらの目を見てこう言った。
「そこは大丈夫です。信用していますので」
その瞳に思わず目を奪われそうになるが、それを何とか振り払う。
信用も何も会って数十分なんだよな……。そんな簡単に信用できるだろうか。そういえばこの家に入った時もあまり躊躇がなかった。いくらこちらが招き入れても、初対面の人間の家に入るのは少し抵抗があるものではないだろうか。
だが、ごちゃごちゃ考えていても、彼女に野宿を強いる選択肢を取ることは俺にはできなかった。
「……わかった。詳しいことは後々詰めるとして、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします、ご主人様」
こうして、俺とメイドさんの奇妙な同居生活が始まったのであった。
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こんにちはこんばんは、結城ユウキと申します。
二作目です。一人称挑戦です。よろしくお願いします。
変な男子高校生と美人な女王様系先輩との話も書いてます。よかったらぜひ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452219222829186
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