第4話 変化
結局、昨日は俺が寝付くまでメイドさんは部屋から出てこなかった。恐らく俺が寝ている間にお風呂やその他諸々は済ませたのだろうが、そこまで徹底するとは。そんなに恥ずかしかったのだろうか。
……いやまあ、すげえ可愛かったけど。あのギャップは半端じゃなかったけど。
寝ていると言ったが、あのメイドさんの顔が忘れられなくてなかなか寝付けなかったのが事実。ようやく寝られたのは深夜3時過ぎである。夏休みでよかった。ゆっくり寝よう。
だが、惰眠を貪ろうと決め込んで寝た俺の意思はメイドさんによって呆気なく打ち砕かれる。
シャーという音と共にカーテンが開き、朝の眩しい日差しが部屋を照らした。
「おはようございます。朝です。起きてください」
寝ぼけ眼のまま枕元の時計を見ると時刻は7時を指していた。メイドさんに起こされること自体は大歓迎だが、こんな朝早いのは望んでいない。夏休みに4時間睡眠はアホの所業である。
「……メイドさん、夏休みって知ってる?」
昨日あんなことがあったのだ、多少は距離が近づいたはず。メイドさんの対応にも変化があるはずだ。そう期待してメイドさんに問いかけた。
「存じ上げておりますが、掃除の邪魔なので起きてください」
うん、全然変化なかった。なんなら悪化してない?雇用主に向かって邪魔って言ったよ?いやまあ、
眠い目を擦りながらベッドから立ち上がり洗面台に向かう。部屋を出ようとしたところで、
「朝食の準備ができているので身支度整えたら食べてください」
そう教えてくれた。
「あ、うん、ありがとう」
完璧かこの子。いやでも、メイドさんも昨日だいぶ夜遅かったはず。なのになんで朝食の準備までできてるわけ……?ちょっとおじさん怖いよ……。あれ、というか、メイドさんって何歳なんだ?というか、聞いていいのか?
寝ぼけた頭でそんなことを考えながら、洗面台で顔を洗って寝癖まで直した。メイドさんがいるからいつもより丁寧に直した。うーん、我ながら気持ち悪い。
リビングに行きテーブルを見ると、本当に朝食が準備されていた。トーストにスクランブルエッグにウインナー、そしてサラダである。いつもコーンフレークで済ませていたので、レベルの上がり方がすごい。
そして美味しい。もはや食べる前からわかっていたのだが、ありがたい限りである。
メイドさんに感謝しつつ、朝食を終えるとタイミング良く彼女が戻ってきた。
「ごちそうさまでした美味しかったです」
「……そうですか」
昨日の反省からか、メイドさんは言葉も表情も変えてぶっきらぼうにそう言ってくる。どうやら昨日のことは無かったことにしたいらしい。なのでこちらから触れることもないようにしよう。本当はいろいろと聞きたいところだが。
朝食を終えると早速手持ち無沙汰になってしまった。大学生の夏休みである。恋人もいなければ遊ぶ友達もいないので、何もすることがない。極め付けは時間の余り方だ。時計の針は午前8時を指している。
メイドさんはというと、洗い物に洗濯、掃除など家事に勤しんでいる。その傍らでぼーっと座っているのは罪悪感がものすごい。
世の中の家庭でパートナーに家事を任せてる人ってこの罪悪感をなんとも感じないの?それはそれですごくない?俺耐えられないんだけど。
罪悪感に打ちのめされそうにながらそんなことを考えていた時、肝心なものを決めてないことを思い出した。
◆ ◆ ◆
リビングでふんぞり返って待ってるのはあまりに忍びないため、一旦自分の部屋に逃げてメイドさんが落ち着くのを待っていた。一通り終わったのを確認してリビングに戻ると、メイドさんがソファにちょこんと座っていた。可愛い。
「あ、メイドさん、ちょっといいかな」
「なんでしょう」
横に座るのはどうしてもできなかったため(決して日和ったわけでない)、メイドさんの正面に座った俺は彼女に給料の必要性を説明した。親父との約束とは言え、無償で2年間もどこぞのよく分からん馬の骨のために働くのはあまりにきつい。逆の立場だったら絶対に嫌だ。ちなみにどこぞのよく分からん馬の骨というのはもちろん俺のことである。そこらへんの男子大学生とは違うと思いたいが所詮どんぐりの背比べ。結局は男子大学生というカテゴリーに一緒くたにされるのだ。あれおかしいな、視界が滲んできた。
そんな雑念を払いつつ、俺は納得してもらおうと頑張って説明したがやはり答えは予想通りだった。
「いただけません」
うーん、やっぱりこうなった。どうしたものか。
「お金ないと働くのってしんどくない?無償労働だよ?」
「明人様にしていただいたことと比べればこんなの大したことではありません」
一体どれだけのことをしたんだ親父……。こんなに綺麗な女の子が一般男子大学生に無償で奉仕するっていう圧倒的に異常な状況を作り出すって相当だぞ……。
今度の墓参りで文句を言うことに決め、改めてメイドさんの説得にかかる。
「いやでもほら、欲しいものとかあるでしょ。服とかコスメとか」
「最低限で充分ですので」
多分気を遣ってくれてるだけなんだろうけど本当だったら欲なさすぎだよメイドさん……。
よし、こうなったら最後の手段だ。
「お金もらってくれないとタダ働きさせているという罪悪感で俺が死ぬんです。なのでもらってくれませんか。というかもらってください。お願いします」
そう言って頭を下げた。利己的な理由プラス一応雇用主という上の立場の人間が頭を下げるという俺の手持ちの中で最低最悪のカードを切った。
さすがのメイドさんもこれは予想してなかったのか少し慌て気味に「頭を上げてください」と言ってくれる。
それに対して俺は、
「了承してくれるまで上げません」
と、なおも最低な行動を取り続ける。
その様子を見たメイドさんは諦めたように「はあ……」とため息をついた。
「……わかりました。でも今後一切そういうことはなさらないでください」
「はいすみません」
メイドさんにきっ、と睨まれちょっとビビったので素直に謝った。怖い。
だがこれで俺とメイドさんはお互い負い目なしのフラットな関係になった。賃金さえ発生していれば家事代行サービスを利用していることとさして変わりはない。……と思うしかない。
その後は具体的な金額を決め、そのお金はメイドさんの自由にしていいこと、家事にかかるお金は俺が全て持つことに両者が合意した。
お金に関わる全てを決めると、時刻は11時を過ぎていた。お昼にはまだ早いが、朝が早かったのと説得に普段使わない頭を使ったせいでお腹が空いてしまったようで、腹の虫が「ぐう」と鳴ってしまう。
少しの気恥ずかしさを覚えつつお腹をさすると、前から「ふふ」という笑い声が聞こえてきた。
……ん?笑い声?
そう思って前を見ると、「しまった」という顔をしながら口元を手で抑えているメイドさんがいた。
「え、今、笑った?」
確かに小さな笑い声が聞こえたが、そう確かめざるを得ない。
しかしメイドさんは俺の思惑とは別の行動を取った。一度後ろを向き、口元にあった手を膝の上に戻し、こちらを振り返って真顔でこう言ってのけたのだ。
「笑ってません」
いやいやいやいや。どう考えても笑ってましたよね?「ふふ」って言ってましたよね?そんな自信ありげに否定されても……。
「いや、笑ってた……」
「笑ってません」
今度は被せ気味で否定してきたよこの子。言わせてすらもらえなかったよ。
俺が「えーでも」などとぶつくさ言っていると、メイドさんがその場を誤魔化すように席を立った。
「お昼の用意をしてきますので失礼します」
そう言ってキッチンに向かってお昼の用意を始めてしまった。心なしか聞こえてくる動作音がいつもより大きい気がするが。
それにしてもあのメイドさんが笑うとは……。昨日も確かに笑ったが、あの微笑みとは全く別物であろう。今回のは面白いと感じて笑ったような感じだった。
そしてメイドさんが笑ってくれたことを嬉しく思う自分がいることに気付く。出会って2日目だが、メイドさんがそういう感情をちゃんと持っていることに安心すらしている。いやだってあの感じだと笑ったり泣いたりしなそうじゃん……。基本無表情だし……。
だからこそ、感情が垣間見えたときは一段と嬉しいのかもしれない。気持ちとしてはあれだ。ク○ラが立った時のペー○ーばりの嬉しさだ。「笑った笑った!メイドさんが笑った!」的な勢い。まあ、見たことないんだけど。
そんなことを考えていると、次第にメイドさんの感情表現をもっと見たいと思うようになっていた。これからも一緒にいたらそんなチャンスはあるだろうか。
ただ、それをするには俺はまだメイドさんのことを知らなさすぎる。もっといろいろ話して、様々な経験を共有しなければならない。
そしたら、そうだな、まずは年齢を聞くところから始めてみることにしよう。
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