第34話

『おい、おっさん。さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。俺の女は俺が決める。今更父親面でしゃしゃり出てきて、勝手に決めんじゃねぇよ』


 赤いサングラスで『二代目』に変わった夜羽は、さっきまでのビビリようはどこへやら、威勢よく食ってかかった。それを無表情で見下ろしていたお父さんは、ちらりと炎谷ぬくたにさんを見遣る。


『おい鶴戯……これが例のアレか? 随分と中途半端な有り様だな。仕込みが足りてねぇんじゃねえか』

『申し訳ありません』

『おい、鶴戯! 何そこのおっさんと内緒話してんだ、てめぇどっちの味方だよ!?』


 お父さんに頭を下げる姿に激昂する夜羽だが、炎谷さんは表情一つ変えず、淡々と返す。


『もちろん私が忠誠を誓うのは、今も昔も『赤眼のミシェル』ですよ、坊ちゃん』

『……ってめぇ!!』


 今まで世話を焼いてくれていたのは、二代目だから。炎谷さんはあくまでお父さん――角笛観司郎みしろうの命令で動いていたに過ぎなかった。絶望と怒りで、夜羽は観司郎さんに突進し、何度も殴り付ける。


『俺には父親なんていない! 母さんはずっと一人で、亡くなった後はずっとミトたちが支えてくれたんだ! てめぇなんていなくても、勝手に一人で生きていってやるよ!!』


 今まで溜め込んでいたものをぶつけるように拳を浴びせかけるが、観司郎さんは微動だにせず、スタミナが切れたところで恐ろしいスピードでパンチを叩き込む……寸前で止めたが、衝撃でサングラスが吹っ飛んだ。恐怖のあまり、夜羽はヘナヘナとその場に崩れ落ちる。


『息子だから寸止めしてやったんだ。俺が父親でよかっただろ? 弱っちいくせに二代目とは、笑わせる」


 ちっとも笑ってない表情で観司郎さんはへたり込んでいる夜羽の横を通ると、床に転がっていたサングラスをぐしゃりと踏み潰した。途端、夜羽が物凄い悲鳴を上げる。


『サングラスがっ! 鶴戯に貰った……お父さんの』

『いつまでこんな子供騙しに頼ってんだ。さっきまでの威勢はどうした?

今更父親面でっつったな。自分は育ててもらってませんってか? だったら、お望み通り一人でやってもらおうじゃねぇか。まあ二十歳までの養育費が入った通帳はやるから、上手い事やりくりして足りない分はバイト掛け持ち、最悪高校辞めて働けば、ギリギリ食ってけるかもしんねぇな。

もちろん、そんな甲斐性なしについてきてくれるかは知らねえが、その子のお情けに縋ってヒモやるのも自由だ。最高にかっこ悪いけどな、勝手に一人で生きていくんならしょうがねぇ。父親なんていらないんだろ?』


 サングラスのつるだけを摘まみ上げ、フッと息を吹きかけて破片を飛ばす観司郎さんに、夜羽はカタカタ震えるだけで何も言えなかった。


『まあどうするのか決められない間は婚約者と過ごしてもらうからな。彼女だっていい子なのは会えば分かる。今までこっちの都合で会いに行ってやれなかったのは悪かったよ。だからこれからは、たっぷり親子の時間を持ってやろうじゃねえか。家族経営についての話し合いも兼ねてな』


 動かない息子にペラペラと勝手な言葉を投げかける観司郎さん。それから後の事は、夜羽もはっきりとは覚えていないらしい。気付けば婚約者だと言う杭殿さんと、社宅から炎谷さんの車で登校していたと。


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