第33話

 屋上に続く階段まで来た私は、グスグス言ってる夜羽を何とか宥めすかし、連れて行かれた後の事を聞き出した。



 会社があるビルの最上階、社長室に通された夜羽がプルプル震えながらソファで縮こまっていると、


『待たせたな、お前ら』


と、やや乱暴な口調で社長らしき人が入ってきた。顔に傷がついてる強面のおじさんで、離れてても威圧感がすごい。あまりの迫力に、夜羽は既に涙目になっていたという。


『社長、彼が夜羽坊ちゃんです』

『そうか、大きくなったなぁ夜羽! ガハハハハ』

『ひええっ』


 炎谷ぬくたにさんに紹介され、ジロリとこちらを睨み付けられ……たと思ったら、飛び付くように近寄られ、夜羽の頭がわしゃわしゃ撫でられていた。見かけによらず、結構気さくな人なんだろうか。

 だが、本題に入ると夜羽のお父さんは雰囲気を一変させ、その場の空気がピリッと張りつめる。


 お父さんは先日、奥さんを失くしたそうなのだが、その人の遺言により、息子を正式に角笛家に迎え入れたいとの事。迎え入れると言ったって最初から『角笛』を名乗ってるんだから戸籍自体は変わらないわよね。せいぜい別居が解消されるぐらい……


「えっ、それって夜羽が今の家から出て行っちゃうって事!?」


 驚いて声を上げる私に、夜羽が俯く。


瑠璃ヱるりえさん――楽々ヱ姉さんのお母さんは僕の事を認知しても、自分が生きている間は敷居を跨がせないって言ってたらしいんだ。それで跡継ぎとして育てられていた楽々ヱ姉さんだけど、決められていた婚約がダメになって別の人と駆け落ちしたから、瑠璃ヱさんとすごく揉めちゃって……結局姉さんが帰ってきたのも彼女のお葬式の時だったし」

「それで夜羽にもお鉢が回ってきたって言うの? 勝手じゃん。って言うかつまり……夜羽が角笛組の跡取りに!?」


 あり得ない未来図に、夜羽も無言でブンブン首を横に振っている。まあ無理だろう……次期社長が迫力とか威厳とは無縁の夜羽にされた日には、絶対舐められるだろうし不満の声を抑えられない。

 涙目で抗議する夜羽だったが、彼はお飾りで、実際の業務は楽々ヱに継いでもらうと押し切られてしまった。プレッシャーに弱いしオドオドしてる彼よりも、昨今増えてきてる女性社長として楽々ヱさんに表に立ってもらった方がいい気もするけど。


『それに、頼もしいパートナーが支えてくれるしな。杭殿くいどのカンパニーって聞いた事ないか? 瑠璃ヱの親戚筋なんだが、そこの御令嬢を将来の社長夫人にって話が来ている』


 杭殿……さっき夜羽にくっついてた美少女。婚約者だって、言ってた。この令和の世に婚約者とか、どこのお貴族様ですか……と言うか。


「夜羽、それ受けちゃったの!?」

「ふえぇぇっ!? 受けてないよ、僕の好きな子はミトちゃんだけだよ!」


 必死に否定する夜羽だけど、同じクラスに転校までしてきて、完全に外堀埋められちゃってるじゃん。

 向こうでもそう主張した夜羽だったが。


『落ち着け夜羽、別に付き合うなと言ってるわけじゃない。俺だって政略結婚をしながら、真理愛との関係は続けていた。これまで通り、続けりゃいい話だ』


 ……この人は、何言ってるの?

 それじゃあ……夜羽のお母さんと同じ……


「許せなかった」


 さっきまで項垂れていた夜羽が、低い声を出す。私はこの後、夜羽がどんな行動に出るのか予想できた。父親にビビッて震えていた夜羽も、一生に関わる問題にはここで言っておかないと、家族の無茶苦茶な要求に飲まれてしまう。


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