第32話

 次の日、夜羽は学校に来なかった。あれから電話をかけても繋がらず、学校に報告したのだけど、保護者代理である炎谷ぬくたにさんから、夜羽は実家に帰っていると連絡があったらしい。


(夜羽……どうしてるんだろ。無事でいるのかな)


 実家にいるのに無事かと言うのもおかしいけど、今まで彼の父親は息子に一切接触してこなかったのだ。どういうつもりなのか気になるけど、そこに踏み込めるほどの関係ではない。幼馴染みで、先日やっと彼氏彼女になったばかりの私であっても。


「そう言えば、聞いたか? 今日、転校生が来たんだけど、すっげぇ可愛い子だってさ」


 一人で学校に来ても夜羽の事ばかり考えていた私の耳が、クラスメートの世間話を拾う。


(夜羽のクラスだ……)


「知ってる。何でも角笛の婚約者で、一緒のクラスにしてもらったらしいな」

「は……?」


 聞き捨てならないキーワードに、気付けば立ち上がって、お喋りしている男子に詰め寄ってしまった。


「今の話、本当?」

「あ、ああ。俺も同じクラスの奴に聞いた話だから。席も隣にしてもらって、休み時間もべったりだって」

「来てるの、夜羽が!?」


 返事の前に、私は教室を飛び出していた。

 家に帰って来なかった夜羽。登校時に迎えに来なかった夜羽。婚約者って何? 実家で何があったの!?


 暴走する思考を押さえ付け、夜羽の教室の扉をガラッと開くと、そこにある光景に私の頭は真っ白になった。


「あっ、ミトちゃん!?」


 席に着いていた夜羽が、ガタッと立ち上がると、一緒に隣にいた女子も引きずられるようにしてそれに倣う。それまで腕を組んでいたようだ……。夜羽は私の顔を見て、この状況から解放される事への安堵と見られた事への気まずさがないまぜになった表情をしている。

 夜羽にくっついていた女子は、同性の私から見ても大変可愛らしい美少女だった。夜羽と並ぶと、お似合いの婚約者と言うよりは可愛いもの同士が二人キャッキャウフフしているようにしか見えない。天真爛漫といった雰囲気を醸し出している、ふんわりした子だった。

 彼女は私を見ると、敵意を向けるでもなく笑顔を浮かべて挨拶する。


「あ、あなたが美酉さんですか? 私、角笛夜羽君の婚約者で、杭殿くいどのつばさって言います。よろしくお願いします!」


 何の他意もありませんと言いたげな、友好的な自己紹介。固まっている私に、夜羽がオロオロと呼びかけてくる。


「あ、あの……ミトちゃん、これは」

「……んで」

「ふぇ?」

「なんで帰って来なかったのよ! 私、心配してずっと待ってたんだからね! しかも婚約者って何!? 私たち、付き合ってたと思ったんだけど勘違いかなぁ? ねえ、あれから何があったってのよ話してくれるわよね!?」


 こんなにポンポンと捲し立てたら夜羽が萎縮してしまう。よく分かっているのに、止められなかった。大丈夫だったかとか、炎谷さんはどうなったんだとか、かけてあげたい言葉はいっぱいあるのに。案の定、涙目になってしまった夜羽の襟首をむんずと掴むと、もうすぐ授業がと止めようとする杭殿さんを無視してその場から連れ出した。


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