第35話
夜羽が話し終えると、沈黙が訪れる。項垂れた彼の頬からは、また涙が伝って床にポタポタ落ちている。
私は、憤りとやるせなさで拳を握りしめた。夜羽のお父さんがどんな人なのかは、直接会ってないから知らない、けど。こんなのって酷過ぎる。今まで放置してたのに、勝手過ぎるよ……
「夜羽はそれ、受け入れちゃったの」
「だって! あの家は売りに出したって言われたし、逆らったらもうここの高校通えないし……そうしたら、ミトちゃんにも会えなくなる」
「でも、今まで通りの生活を続けるには、婚約しなきゃいけないんだよね。どうするの、夜羽。あんた今、二股かけてるんだよ?」
私は今、すごく残酷な事言ってる。最低な家族と引き替えに裕福な今の暮らしを捨てて、それでも自分を選んでみせろと。自分だったら、できるわけないくせに。勝手なのは、私も同じだ。
「う、グス……ッ、僕ミトちゃんと別れたくない。でもサングラスがないと、鶴戯がいないと何もできなくて……ふえぇ」
「まあ、こんなところにいらしたのですか。いけませんよ、学生は勉強が本文なのですから」
その時、杭殿つばさが階段を上ってきた。私が睨み付けてもどこ吹く風で、にっこり笑って夜羽にハンカチを差し出す。夜羽の方は私の反応を気にして、手を出せずにいるけど。別に、涙でも鼻水でも好きなだけ拭けばいいじゃん。
「輿水さん、何か勘違いなさっているようですが、角笛社長はあなたたちを別れさせる気はないんですよ?」
「あんたはさぁ、それでいいの? 言っとくけど、重婚は犯罪だって知ってるよね?」
「もちろんですわ。だから夜羽君のお母様同様、あなたも恋人関係を続けてよいと申しているのです」
恋人と言うか、愛人だよね。私にそれをやれってか、ふざけんな!
「それで夜羽が、夜羽のお母さんがどれだけ苦しんできたと思ってるの!? どれだけ寂しくて、孤独を味わってきたか……」
「ですが、それを選んだのは真理愛様でしょう? お辛いなら角笛社長と別れる事だってできたのに、自ら日陰者になる道を選んだ。ご両親が決められた事を、私たちがあれこれ口を出しても、どうにもなりませんわ」
「私は嫌だからね。夜羽、あんたはどうなの」
二人から注目されて、夜羽はピャッと飛び上がるとポケットをゴソゴソする。サングラスはもうないのに……思った以上にまだ『赤眼のミシェル』への依存が抜けていないようだった。
「夜羽君、私はちゃんと理解してますから。お寂しいのでしたら、輿水さんと三人で暮らすという手も……」
「だから戦国武将の家庭かっての。夜羽、はっきり言ってやってよ」
「ふえぇ、あううぅ……」
パニックを起こした夜羽は目をグルグル回して奇声を発している……あ、ダメだこれ。
「もういい、じゃあね!」
「あ、ミトちゃん……」
踵を返して階段を下りようとすると、弱々しい声を出されるが……ここで手を差し伸べれば、今までと変わらない幼馴染みでしかなくなってしまう。私におんぶに抱っこは、誰より夜羽自身が許せないだろう。
「悪いけど、そっちの問題が片付くまでは関係を白紙にするしかないよ。二股は嫌だって、あんたなら分かってるよね?」
「……っ」
泣きそうな表情から顔を背けると、私は階段を駆け下りた。
私だって、別れたくなんかない。だけど私に、何ができるの? どうしたら夜羽の力になってあげられるの。散々お姉さんぶってきたけど、結局私って、何の力もないのよね……
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