第14話

『ミトちゃん、なにみてんのー?』

『けっこんしき、だって。およめさん、きれい!』

『ふーん…なにしてるんだろうね?』

『ちゅってして、ずっといっしょにいましょってやくそく』

『いいなぁ……』

『あたしたちも、する?』

『え……っ』

『けっこんしき、ごっこ』


 ……


『ミトちゃん、もういっかいしていい?』

『えー? けっこんしきだと、一回しかしないよ?』

『あの、それじゃ、ほんとに……ぼくとけっこんしてよ』

『うーん……でもよっぴ、泣き虫だし』

『ふえぇ…そんなぁ』

『ほら、そうやってすぐ泣く』

『グスッ、じゃあ……ね、もしぼくが泣き虫じゃなくなったら――』


  △▼△▼△▼△▼


「……懐かしい夢、見たなぁ」


 次の日、目覚ましよりも早く目が覚めてしまった。二度寝しようとして思い直し、ベッドから起きて伸びをする。


 あれはほんとちっちゃい頃、テレビに影響されて二人で結婚式ごっこで遊んだ記憶。あんなのが初キスとは思ってないけど、そうなると……昨日のアレが。


(いや、あれもなかった事にすべきじゃない? 夜羽が取り乱し過ぎてこっちがかわいそうって言うか)


 昨日発覚した、夜羽の隠された秘密。昔、この辺の界隈で伝説の存在だった元ヤン社長の愛人の息子、それが夜羽だった。父親のサングラスをかけると、何のスイッチが入るのか、別人のように変わってしまう。普段は気弱で傷付ける事を何より怖がるので、今後別人格が出てくる事はない、とは思う。昨日は私を助ける名目で仕方なくかけたけど。


「あら、美酉。今日は早いのね? 夜羽君からモーニングコール来たの?」

「……今日は来ないと思うよ」

「美酉、学校休むか? 無理しなくていいんだぞ」


 朝食の席で、お父さんが読んでいた新聞を畳みながらそう言ってくれる。心配してくれるのは嬉しいんだけど、炎谷さんが上手く対処してくれたって言うし、あんまり休むと変に思われるかもしれない。それに自分が襲われた恐怖以上に、現実離れした夜羽の変わり様の方がほっとけないんだよね。


(夜羽……もしかして距離取ろうとしてる?)


 私の反応が怖くて明かせなかったと言っていた。怒ったまま帰っちゃったし、気まずくて何て話しかけたらいいのか悩んでるのかも……ありそう。


「もう学校行くね」

「夜羽君、まだ来てないのに?」

「たまにはこっちから誘うよ」


 そう言ってお弁当を受け取り、支度を済ませて玄関を開けると。


「あ……美酉ちゃん」


 インターホンの前でうろうろしていた夜羽と目があった。予想通り、押すか押さないかで迷っていたようで、不審な行動を見られて「あのっ、これは……あうぅ」と狼狽えていた。本当、しょうがない奴だ。


「おはよう、よっぴ。昨日はあのまま帰っちゃってごめんね」

「あ、お、おはよう! あの……まだ怒ってる?」

「当然でしょ」

「うぅっ、……ごめんなさい」


 しょぼんと落ち込む様が、捨てられた仔犬みたいだ。母性本能擽られる、と言われていたのを思い出す。そんな事……こっちはずーっと昔から一緒にいたんだから、よく分かってる。


「じゃあ昔みたいに『ミト』って呼んだら許してあげる」

「へぇっ!? そ、それは……」


 顔を赤らめてもごもご言い出す夜羽。昨日の二重人格になってる時の事、覚えてるんだろうなぁ。幼い頃は舌足らずだからそう呼んでるのかと思ってたけど……もしかして、あだ名として使いたかった? サングラスをかけると気が大きくなるって事は、あれが夜羽の理想なんだろうから。


(ん? そうするとキスも……どうなんだろう? あの時の約束で、泣き虫じゃないアピールがしたかったって可能性もあるし)


 私を見返したくて、ああしたのかもしれない。何にせよ幼馴染みというのは距離が近いもんで、一概に男女のそれとは言い切れないのよ……特に私と夜羽の場合は。


「ミ、ミト……ちゃん」


 私がむっつり黙り込んだせいか、不安そうな顔で夜羽が呟く。途端にトマトみたいに真っ赤になったけど、そんな恥ずかしい事かな? 私は満足げに頷くと、いつものように手を引いて学校に向かった。


「言い忘れてたけど、助けてくれてありがと。かっこよかったよ」

「そ、そんな事……でも、よかった。ミトちゃんのためなら、いくらでも変わってみせるよ……怖いけど」


 照れたように微笑む夜羽につられて笑いつつも、私はいつもの『彼』の姿に安心したのだった。


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