ちょっとサッカーの話

幼卒DQN

第1話

「収容人数: 99354人。

 FCバルセロナの本拠地、カンプノウはずっとすっからかんのまま、日程をこなしていった。リーガはコロナウィルスの猛威をモロに受け、そうせざるを得なかった。


 チケットが売れないと、前任のバルトメウ体制下、選手を黙らせるために着々と上げてきた人件費がバルサにのし掛かる。冬に補強はできなかった。あと数試合の試合出場でリヴァプールに追加の移籍金を支払う条項のあるコウチーニョを売る予定があったのかもしれないが、冬直前に怪我。


 バルサの弱点はDFライン。ピケはスピードが落ち、ラングレは不用意なプレーが散見、ウムティティは完全に劣化、デストはまだ荒削り、セルジ・ロベルトはSBで使うにはスピード不足、ジュニオル・フィルポはフィットしない。

 冬に入ってピケも怪我が長引く。クーマンは仕方なく若手を起用。

 そこからが凄かった。アラウホやミンゲサは出始めこそつまずいたが瞬く間に改善。すっかりローテーションに組み込める選手になった。

 とは言え、とてもメガクラブの陣容とは呼べないものだ。


 バルサを攻略する際に、狙いたいのがゲーゲンプレス。最終ラインまでボールを追いかけ回し、ショートカウンター。これにバルサは幾度も辛酸を嘗めさせられた。

 CLでPSGに1st leg 1-4と惨敗。クーマンは大転換を思案するに至った。



 4年前を思い出す。当時はPSGに1st leg 4-0の敗北だった。ルイス・エンリケはフォーメーションの変更に着手。3-4-3ダイヤモンド。大逆転を演じた。


 クーマンも3バックをテスト。すると低い位置からのパスコースが増えた。数で守備力を補完。苦し紛れのロングボールの数が減り、バルサはボール保持率を高め守備の時間を減らしてリーガで勝ち星を積み重ねた。攻撃的SBジョルディ・アルバもWBとしてプレーする方が思い切って前線に飛び出していける。

 

 だが、強いチームと対戦するとそれもできなくなり、無残なDF陣が地力の無さを露呈した。それはここ数年ずっと変わらない。

 ブスケツというスペイン随一のピボーテは非凡なパスセンスを持つが、如何せんスピードがない。フィルターにならず、攻撃の芽を潰せない。189cmあるが、守備力は低い。やはりチームが受け身になると厳しい。

 ザコ専、なんて言葉があるが今のバルサはまさにそれだ。



 クーマンが施したものはまだある。デンベレをサイドではなくセンターに配置。裏を狙わせた。

 これが奏功。みるみるオフザボールもうまくなって、決定機を生んだ。すると、相手のDFラインも上げづらくなる。ラインを下げるとスペースが生まれDFの網の目が広がりバルサのティキタカが活きる。

 フランが口を開く。

「3年ほど前、CLの話、したときもデンベレに裏を狙わせるべきだという話してたよね?」

 こいつはいい生徒だ。愛してる。

「その通り。当時のバルベルデにはできなかった。


 フレンキー・デ・ヨングは、豊かな走力を利して不意にフリーラン。相手守備陣の脅威になる」

 フランが口を開く。

「でも前にデ・ヨングにはスピードがないからピボーテがいいって言ってたよね」

 前言撤回。こいつは記憶力ばかりあっていつも俺の荒探しばかりする意地が悪い、最悪の生徒だ。

「俺は前に言っただろう。スピードには3種類あると。


 デ・ヨングは加速性能は低い。が、トップスピードに長ける。

 各アタッカーにそれぞれマークが付き、守備陣の足が止まると、デ・ヨングは右サイドからダイアゴナルに疾走。そこに浮き球スルーパスを通す。デ・ヨングの速さに対応するのは困難。


 グリエズマンは本来セカンドトップだが、センターフォワードとして使った。グリエズマンは速攻でこそ活きる。つまりバルサへの移籍は間違いだった。だが、ストライカーとしての才能はある。シュートの上手さを活用してどうにかこうにか形になった。


 一方で犠牲となったのはメッシとグリエズマンの2トップという形でまたもサイドに追いやられたデンベレだ。

 デンベレはクーマンのもとで変身した。守備にも奔走するようになり、ユーロで大腿二頭筋の腱を脱臼したものの、シーズン中は大怪我をしなかった。

 自身の高い身体能力の負荷に耐えられず、度々壊れてしまう。スピードスターの多くが怪我と長い付き合いをして、いずれ、走れなくなる。例外になるためにはたゆまぬ自己管理が必要だ。 


  FFPの問題から、グリエズマンには移籍して貰った方がいい。バルサよりもっとシンプルなサッカーをするクラブに行った方が活躍できる。スアレスみたいに。

 メッシと組むのはデンベレでいい。むしろその方がバルサが強くなる。



 リーガを獲ったのはアトレティコ・マドリー。シメオネの人心掌握術は卓越しており選手はハードワークを厭わず――いやルイススアレスは文句は言っていたが――最後まで駆け抜けた。ルイススアレスは、バルサの難しいサッカーから解放され、伸び伸びプレー。

 レアルマドリーは一時持ち直し、以前よりよく走るようになった。しかし怪我人とマルセロの劣化を補うまでには至らず。2位で終えた。

 ジダン退任、アンチェロッティが就任。さてはてレアルの選手を支配できるか。レアルを率いるのは、そこが最も難しい。シメオネがレアルを率いていたら、どれだけ強くなっただろう。


 久保建英は……」

「移籍しろって言ってたよね」

 と、手裏剣。

「うん。確かに言った。言ったが……。


 ヘタフェは……余りに志向するサッカーが違った。日本人は縦に遅い曲線的なサッカーを得意とするがヘタフェはとても縦に速い。

 以前、久保はドリブル突破を得意としていたが研究が進んで止められることが増えた。

 だがしかしヘタフェで苦闘しながらオフザボールを進化させた今の久保はパサーとしても活躍できる。つまり、右サイドよりも選択肢としてのパスの方向が増え、シャドウストライカーを狙いやすいトップ下で使うべき選手になった。五輪でも森保監督の信頼厚く、楽しみでならない。五輪の久保はスカウト達のターゲットだ。



 CLはイングランド勢の決勝に。トゥヘル監督の就任で無数の約束事が植え付けられ整理され有機性を持ったチェルシーが躍動しマンCを制し、カップを掲げた。

 一方でマンCはプレミアリーグを制す。リヴァプールはファン・ダイクの穴を埋めようとしてローテーションがいびつになり、また故障者が出て……悪循環に陥った。


 アーセナルは後半戦、改善がみられた。

 プレミアでは異質。横幅を広く使い、縦に遅い。

 バルサと酷似したサッカー。ただ、チェンジオブペース、パスのテンポの変化を強く意識していて面白い。青年監督アルテタ、アーセナルの冒険は続く。



 イタリアはインテルが快走。ユーベはかろうじてCL権を獲得。初監督がユーベではピルロもさすがに難しかった。だが、ピルロのこの先に注視したい。俺は、名パサーは名監督に成り得るのではないかと考える。


 

 日本に話を移す。

 不手際で来日が遅れたジャマイカ。その代替試合、A代表とU24の対戦。用意されたTVの枠を消化した機敏な決断は賞賛されていい。

 しかしU24は中1日でガーナ戦を控えていた。相手は身内だし負けてもいい試合なのでU24はベンチメンバー候補をスタメンに多数起用。

 A代表は容赦なく攻めかかり、力の差を見せた。3-0。


 五輪出場権のないガーナU24代表は2024年パリ五輪を見据え、20歳以下の選手を派遣……。この選択は日本の大失敗だった。6-0。相手にならず。

 日本がアジアに属する限り格下と対戦する機会がどうしても多くなる。拮抗する相手が見つからないようならむしろ相手がA代表でもいいからとにかく格上を呼ぶべきだ。日本に来る相手は時差ボケで力を発揮しづらい。……そもそも親善試合では本気にならない。


 左サイドハーフの先発は相馬。運動量と当たりの強さで引っかき回す。正直に言えば技術は優れてはいない。

 でも。強い相手と対峙したとき活きるのはこういう選手だ。フィジカルコンタクトやプレスを厭わず、闘える。五輪は基本的に彼がスタメンで行くべきだ。

 

 というのも、期待していた三苫がパッとしなかった。

 特にひどかったのはオフザボール。裏を狙おうとせず、足下でボールを受けて得意のドリブルをしようとする意図が見える。


 JのDFはディレイが多い。ボールホルダーのアクションに対応しようとする。

 世界のDFは、積極的に近づく。体をぶつけて、ボールを奪おうとする。


 以前、ハリルが気に入らなかったのもここだ。攻撃時も日本人はパスワークでの突破を好み、デュエルを避ける傾向にある。


 現状、三苫のドリブルはあまり活きていない。ボックスに入れば相手もおいそれとタックルできないので俄然威力を発揮するが……。そのドリブルは華がある。ただし、その力を見せる状況を用意するのは簡単ではない。

 レギュラーには相馬を薦める。負けているときや相手に退場者が出たとき、相手がリトリートしたら三苫を投入すべきだろう。


 三苫は、現状、掛け算の選手だ。強いチームに居ればその分活躍する。だが、守勢になると無力になる。強豪の川崎に所属する限り、三苫はハードワークを要求されない。厳しくレベルの高い環境を求め五輪後移籍すべきで、ブライトンの噂がある。 



 ジャマイカ戦。

 均衡していたのは序盤だけ。徐々にコンディションの差が現れ体力面で優位に。日本が押し込むハーフコートゲームになった。

 久保は常にスタメンで、攻撃の核として考えられているのが判る。日本でなら躍動する。……今ならバレンシアでもやれるのではないか。



 A代表は温い2次予選を粛々と消化。森保監督は手を抜かず、ベストメンバーで臨んだ。当時、森保監督を懐疑的な眼で見る者が多く、少しでも落ち度があれば一部から猛烈に叩かれた。

 ゆえに森保監督は冒険できなかった。2次予選を戦う面子としてはオーバースペックで、大差が付いた。

 憶えていて欲しい。結果、日本は新戦力のテストが遅れる。見当違いに監督を叩くことで日本代表は不利益を生じる。人間は叩かれると身を守ろうとする。ネットには人を叩くことが趣味の輩がたくさんいる。

 


 途中、セルビア代表で口直し。

 セルビアを率いるのはピクシーことストイコビッチ。

 ピクシーはパスサッカーで日本に挑んだ。俺の講義を散々聞いてきたお前らなら理解しているだろう。


 サッカーってのは、いやあらゆる競技で。相手の弱点を突くことが勝利への近道だ。歴女に社会科クイズで勝負を挑む奴は賢いとは言えない。

 鈍足であれば俊足を。低身長であればのっぽを。ぶつけて特長を活かして優位をつくる。


 日本人に、技巧的なサッカーで挑む?

 非効率だ。

 オーストラリア率いるポステコグルーがW杯最終予選で日本に対しパスサッカーで挑み完敗したのが典型的な例。


 この試合、何度か日本は慌てることになったが、いずれも身体能力を利用したセルビア人のドリブル突破によるものだった。だが散発的。

 日本にとってピクシーのやり方は非常に与しやすく、決定機もほぼ与えず勝利。


 ゲームメーカーとして知性の高い鎌田、セカンドストライカーとして得点力の高い南野。

ライバル関係にあるが、森保監督は南野をサイドに回らせ共存させる。現状、鎌田の方がトップ下として適任。この試合もチーム全体を促進させた。


 この試合、ちょっとした発見があった。

 後半から投入されたオナイウ阿道だ。オナイウはトップスピードと加速性能をバランス良く併せ持ち、ボールキープもまずまず。ポステコグルーの元で大きく成長し、オフザボールも改善。

 大迫のライバルになるCFが見つかったのはうれしい。 



 さて五輪。

 4-3-3をテストしたので三苫システムとマスコミが書いているが、堂安をインサイドハーフで使うオプションがあってもいい。


 OAで呼ばれたのは吉田、酒井、遠藤。大迫を呼ぶべきという声もあったが、守備力を重視した形だ。鎌田だって優れた選手だが、久保とかぶる。

 いや、それよりもかつて南米選手権に連れて行った上田の力を評価しているということだろう。そして後半に前田を投入すれば相手も嫌だろう。 


 

 日本が伝統的に不得意なのがデュエル。だからパスワークに逃げて突破しようとする。

 だがしかし日本が苦手とするのがプレスを掛けて、パスを封じ、距離を詰めデュエルに持ち込もうとする相手。


 例えばブラジル。プレスに綻びがあればパスでかわせるが、隙を作らないプレスに寄せてくる速さ、タックルもうまい。とにかく賢い。もうどうしようもない相手だ。天敵と言っていい。


 例えばベルギー。リトリートで体力の消費を防ぐ。寄せてくる速さは遅く、パスワークでかわせる。非常に相性がいい。露W杯、日本は攻め立てて2点を奪った。パワープレーへの対処に失敗したものの、ここに勝つのは難しくない。


 ホンジュラスは、どちらかと言えば後者だった。日本に自由を与えてはいけない。日本は好き放題暴れて2点を奪う。


 後半、ホンジュラスは修正。最終ラインを上げ、2ラインの間隔を狭くした。これが本来の姿だろう。前半の最終ラインはずるずる下がりすぎた。

 試合は均衡。

 前日にも試合が行われていた日本。この試合のスタメンは海外組を中心に組まれた。


 林大地はよく闘っていた。体を張って精力的にポストをこなし、2列目を助けていた。控えに留まるべきではないパフォーマンスで、五輪のメンバーが22人に増えて良かったと思わされた。

 一方で三好は一枚実力が劣る。オフザボールは優れているがオンザボールは際だったものではない。2列目はどこでもこなせるユーティリティ性はあるものの、コンタクトの弱さを補うほどではない。絶え間なく相手の最終ラインにプレスを仕掛けないと穴になる。


 スペイン戦。

 日本はCF林以外ベストメンバー。センターハーフは異論があるだろうが、守備の時間が長くなることを考えると田中より板倉の方がいい。板倉はCBとして使うにはスピード面で不安、アンカーとして使うのがベスト。ただしパスセンスに欠けるのでシンプルなプレーをさせたい。強靱なフィジカルと高さはセットプレーでも輝く。

 つまり攻撃的に行く時は田中がベストメンバーになる。


 昔、チリは日本の上位互換と言ったが、スペインは更に上を行く。日本の模範とすべき国だ。技術は最上級で屈強さに欠け、ポゼッションの文化を持つ。相似形のチームの戦いになった。


 欧州選手権を終え、わずかな休養を経て日本に来たスペインの主力はコンディションが悪く、ハンデとなってゲームを拮抗させた。

 スペインはセルビアとは違った。日本とパスサッカーしてポゼッションを握るなんて、滅多にお目にかかれない。ただ、スピードスターに対するより、守りやすかったはずだ。日本人はこの手のサッカーに慣れている。頭脳戦。

 

 久保建英のドリブル、堂安はダイアゴナルにスプリント。マーカーを振り切ったところに久保から優しいパス、十分な体勢から先取点を奪う。


 ハーフタイムで日本は7人の交替。飽くまでテストマッチ。勝敗ではなく体調管理が目的なのだとメッセージを送る。格上に対し、予定を遂行。クールな采配が頼もしい。


 相馬は持ち前の加速性能で左サイドを駆け、クロスを放ち脅威に。板倉は日本人離れしたフィジカルを見せ、まずまずバイタルを閉めた。林はこのレベルになると当たり負けしていたが、良く走って深さを作った。


 68分にペドリが投入されると、スペインのパスワークは鋭さを増した。OAがいない日本はだんだん下がっていき、失点。

 それすら、いい経験だ。


 コロナ禍の日本にあって、スペインはほぼベストメンバーで来てくれたチームで日本にとって貴重な経験になった。試合後の日本には充実感が漂った。


 それはいいゲームができたからだけではなかろう。日本人が好きなタイプのサッカーで戦い、得るものが多かったからだ。

 ドイツは100人に声を掛けて日本に来たのは18名。五輪に本気で挑む国はスペインと日本くらい。



 今日、南アフリカ戦からはじまる。

 東京五輪の日本代表は優秀だ。かつてのメキシコ五輪、シドニー五輪のメンバーに匹敵するだろう。

 五輪が終われば、カタールW杯。そして、年齢的にピークになるだろうカナダ・メキシコ・アメリカW杯が待っている。

 

 コロナという不確定要素、選手村に起こるかもしれないクラスターが不安ではあるが、無事にサッカーが行われることを期待。



 今年の高校選手権で、ロングスローが話題になった。

 ロングスローに批判的な意見がネットを賑わせていた。 


 それは日本人のサッカー観に好まれない手段。日本人の多くは、チームの連動した動きでの突破を好む。パスで相手を翻弄して、突破するのがサッカー。それが普通。

 Jサポには、日本人のサッカーが偏っていることに気付いていない者が多い。

 サッカーは色々な種類があった方がいい。縦に速いサッカーを否定するのは人の趣味にケチを付けるようなものだ。まあ、日本では人気が落ちるのは確かだが。


 だが、世界は違う方向に進む。相手をパワーで薙ぎ倒し、速さでぶっちぎり、高さで競り勝つ。運動量も増え、よりハードワークが求められ、笛が吹かれるまで絶え間なく動く。VARで降ってくる中休みはオアシスだが判定に気を揉む。サッカーの進化と共にアスリート能力が重要になっていく。


 果たして、観戦者は運動能力を見たくてサッカーを観戦しているのだろうか。。。

                      これにははっきりと否を唱えたい。


 2010年、南アフリカW杯。レフェリングに特徴があった。相手のシャツを掴むとすぐに笛が吹かれた。

 この判定基準を採用すべきだ。


 シャツを掴めないとどうなるか。アタッカーが自由を得る。おそらく得点が増える。FIFAが目指す方向と合致している。

 そして、腕力がサッカーに及ぼす影響が減る。


 フィジカルに束縛されるサッカーはおそらく、サッカーをより単純化し、つまらないものにしてしまう。ゴール方向だけじゃなく、横にも、時には後ろにもボールが動くサッカーであって欲しい。

 俺はもっとファンタジーが見たい」

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