第3話 遭遇
「――え。……なにこれ?」
端的に言うと。
声の主は、人間ではなかった。
そもそも生き物なのか? ――と、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
つぶらな瞳。
細長い顔と口。
まんまるの手足に、大きな尻尾。
だって当然だ。
いま俺の足元にいるのは――
『うおおおおお動けんブモォォォォ! 誰か助けてくれぇぇぇい!!』
――大きな樹の下敷きとなって、変な顔をしながら泣き叫ぶ。
愛くるしい馬の人形……に見えるからだ。
『変な顔とはなんじゃい。ちゃんと女児受けするプリチーな見た目しとるじゃろうが』
「あ。すんません」
どうやら心の声が漏れていたようだ。
俺はそれほど動揺してしまったらしい。
――でも失礼ながら、変な顔というのは否定しきれないんだよなぁ……。
俺はその場にしゃがみ込んで、謎の人形と目線を合わせる。
『なんじゃ? ワシの愛くるしい姿に目を奪われたか? 無理もあるまい――』
何か言ってる気がするが、考え中なので頭に入って来ない。
ざっと見た所――そいつは二の腕程のサイズで、全体的に柔らかそうな色の粘土で出来ており。
大きなお目目と愛くるしい顔が特徴の、デフォルメされたお馬さん――そんな感じの見た目だった。
よく見ると頭頂部には小さな角と髭がある。
どちらかと言うと
ユニコォォォォォォォォォン!
ユニコォォォォォォォォォン!と言えば、清らかな乙女の前にしか姿を現さない、馬っぽい生き物。
角が万能薬の材料で、なんかカッコいい。
名前を呼ぶときはユニコォォォォォォォォォン!と腹に力を込めて叫ぶとなお良し。俺の中ではだいたいそんなイメージだ。前にネットで見たパチンコの動画でやってた。
「……それでも」
……それにしても、伝説上の生き物かぁ。
なんで普通の馬じゃなくて、ユニコーンの人形なんだろう。
割とかわいいビジュアルだけど、何かのアニメのキャラクターかな?
――まあそれは置いといて。
『――ちなみにワシの好きなもんは酒と美人のお姉ちゃんでな。若い頃は夜の街に繰り出し、浴びるように酒を飲んではパーっと遊び回ったもんよガッハッハ』
唐突に自分語りを始める人形をよそに、俺は訝しげな表情で腕を組む。
――酒と美人のお姉さんが好きな馬(ユニコーン)の人形かぁ……。
なんとなくこの人形が夜のキャバクラで、シャンパン片手にお姉さんたちに抱っこされてる絵面を想像してしまった。
ずるい。俺もお姉さんに抱っこされたい。ばぶー。
『なんか物凄い欲にまみれた表情をしとらんかったか?』
「気のせいバブ!」
――まあそれは置いといて……。
「……ていうかよく考えたら何で人形が喋ってるんだよ! おかしくないか!?」
『気にするでない。この愛嬌たっぷりな姿の前では些細な事じゃよガッハッハ』
はぐらかされた。
近くに誰かがいて、腹話術でしゃべってるって訳でもなさそうだよな、これ。
どういう原理なんだろう?
「……まぁ。黙ってれば確かに小さい女の子が気に入りそうな見た目だけどさ」
『そうじゃろうそうじゃろう。ついでに人妻もゲットじゃ』
…………。
『なんじゃその汚物を見るような目は! どうせなら美人のお姉ちゃんにそういう目で見られたいんじゃが!』
「…………」
……ただの変態かもしれない。
「それにしても……」
――迷子の森で出会った、喋る馬の人形。
それだけ聞くと、何かファンタジー的な物語の導入に思えてワクワクしてくる。
……けど残念ながらと言うか。やっぱりと言うか。
大口を開けてしゃくれながら話す様は、まるで中に酒と女が大好きなオッサンが入っているかのような、ちょっと嫌な生々しさがあった。
女の子泣くぞ。
……何より声がいけない。
女児向けアニメのマスコットキャラのように愛くるしい見た目だが。
それに反してドスの効いた声に、どこかオッサンくさい言動。
何となく目を閉じて聞いてみると……。
髭もじゃのいい加減そうなオッサンが、アへ顔ダブルピースでまくし立てるような汚い姿が思い浮かんだ。
なんだ今のイメージは。
『ウマ親父。プリチーダンディ』
「…………それで。そのプリチーな見た目のおっさ――人形さんは、俺に何の用なんだ?」
目を細めながら問うと。
粘土人形のオッサンは思い出したように顔を上げて、両手(馬なので前脚?)をバンバンと地面に叩きつけながら大声で返答した。
『おおそうじゃ! この通り、倒れた樹に押し潰されて身動きがとれんくなったのじゃ! どうか助けてくれい!』
人間なら唾でもまき散らしてそうな剣幕だ。
言われてみると確かに、小さな粘土の体は下半分が木の下敷きになっていた。これでは身動きが取れないのも仕方ない。
「あー……そう言う事ね」
納得すると。
俺は樹木の下敷きとなった
手を伸ばして、よっこいせと腰に力を入れた。
『すまんのう少年よ。……どうじゃ? 持ち上がりそうか?』
「うーん……」
……けっこう重いな。持ち上げるのは難しいぞ。
「――なぁこれ胴体押し潰されてない? 大丈夫?」
『大丈夫じゃ少年よ。意外と地面が柔らかいのでな』
指先で地面を突きながら問うと、目の前から無駄に元気な声が返って来る。
確かにこの土は雨上がりみたいな柔らかさだ。おかげで指でも穴を開けられそう。
――よし!
もうちょっと深く掘ってみるか。
樹が持ち上がらなければ、地面の下から引っ張り出す作戦だ。
『――それにワシの体はただの粘土ではないぞ。仮に潰れたとしても、魔力を込めてこね直せばあら不思議。まるで魔法のように全身が強い力で引っ張られてねじれるちぎれるあだだだだッ!? ちょっと待てやクソガキ! 頭を掴んで無理矢理引っ張ったら身体が千切れてまうやろがい! もうちょっと丁寧に――――あぁん! 角はらめぇ!!』
「あ、ごめん。痛覚とかあったのか。あと次喘ぎ声出したらつぶす」
――そんなこんなで樹の下から助け出した後。
――馬のクセに立つのかよ……。
ちなみに無理矢理引っ張ったからか、粘土の体が細長くなってた。
『ふぃー。やれやれ、助かったわい。とりあえず礼を言うぞ、少年。あとなんかワシの身長高くなってない? 成長期?』
「いやホントごめん……」
『まあその内戻るじゃろ。――ああそうそう、ついでにそこに落ちている布袋も取ってくれんか』
「これ? 人形の装飾品にしては大きいな……しかも布袋って」
目を泳がせながら渡すと。
人形のオッサンは、大きな布袋を肩に引っ提げ、満足したように頷いた。
ついでにさりげなく体も元に戻しておいた。
『――さて、まずは自己紹介といこうか。ワシの名はダイン。故あって人を探して旅をしておる。今でこそ、このようなプリチーな見た目じゃが、何を隠そう昔のワシはお髭が素敵で絶世の美女さえも虜にしたナイスガイでな――』
「人探し?」
後半はなんかムカついたので無視して。
俺は気になった箇所を口にした。
するとオッサンは『うむ』と首肯し、カッコつけたポーズを取りながらどこか遠い眼をして話し始めた。
『そう……ワシは実に愛多き人生を送ってきた……。時には酒場のマドンナ。時には貴族の娘。時には月の女神のような美貌の……まあ実際は殆どワシの財産目当ての女ばかりだった訳じゃが』
「駄目じゃん」
お金持ちだったのだろうか。
『そして仕事をサボっては女と遊んでばかりいるワシに愛想を尽かし、妻は娘を連れて出て行ってしもうた』
「…………へー」
とりあえず目の前のオッサンがアカン奴なのは伝わってきた。
『まあ平たく言うとワシには生き別れた娘がおってな。妻が亡くなった今、彼女の弔いも兼ねて探しておる』
「…………粘土の?」
『ちがわい! れっきとした人間の娘! ワシャ元人間だわい!』
オッサンは『話は最後まで聞くもんじゃ』と怒りながら。
顎を左右にしゃくらせ、話を続ける。
うわ、なんだか長くなりそう。俺、授業中は爆睡するくらい長話は苦手なんだよなぁ。
『“ウラヌスの秘宝”くらいは聞いたことあろう?』
「知らない」
『じゃあ今知れ。伝説の大賢者ウラヌスが、人類をより高次の生命体へ
「聞いてる聞いてる」
耳を塞ぎながら適当に返事すると、俺は話題を変えるためにオッサンの方へ向き直った。
「それより娘さんを探してるんだろ? どんな特徴なの?」
『かわいい。以上』
「あぁ……そう」
まったく分からん。
分かったのはこのオッサンが浮気性のクセに、親バカで家族に愛着がある事くらいか。
「にしても……」
『?』
この人形のオッサン……口ぶりからすると、元は人間だったらしいんだよな。
そんなバカなとは思うが、あまりにも流暢に動き回るその姿は、何かのトリックで動いているようにはとても見えない。
そのコミカルで時々うっとおしい挙動からは、中に変なオッサンが入っていると頷けるだけの説得力があった。
「…………」
『……なんじゃ? ワシの顔に何かついておるか?』
「いや――」
……よく見ると、さっき押し潰されていた胴体は別として。
粘土の身体はあちこちが細かく崩れており、泥や傷でボロボロだ。
そこには長い間、小さな人形の身体でたった一人、娘さんを探し続けていた足跡が確かに刻まれていた。
なんで人形になったのかは謎だけど。
――とにかく。
出自や性格はどうあれ。
目の前の父親が、自分の娘を大切に思っている事だけは明らかだった。
浮気性だけど。
「うぅ……偉いぜオッサン……」
『なんじゃ急に泣き出して。情緒不安定か?』
うるせぇ!
……しかし参ったな。俺、こういう話に弱いんだよなぁ――。
なんとかしてやりたいけど、俺にも学校とかあるし。
でもなんかこう言うの、冒険モノっぽくて憧れるんだよな……。
――数秒間、腕を組んで考え込んだ後。
やがて俺は……意を決したように指を自分に向けた。
「――その人探し……俺が協力すると言ったら?」
『けっこうです』
「あれぇ!?」
あっさり断られてしまった。
『――なぁんか、オヌシ。考えが浅はかと言うか……情けなくてアホっぽい顔しとるから不安なんじゃよ』
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
『あとどうせ助けてもらうなら美人のお姉ちゃんがいい』
「そっちが本音かよ!」
俺だって同じ立場ならそっちのがいいけどさぁ!
『――ま、それもあるが……』
――そう言うと、オッサンは視線を下ろして、影のある笑みを浮かべてみせた。
先程までのおちゃらけた雰囲気とはガラリと変わり、俺は思わずドキリとする。
『……悪いがいわくつきの旅でな。例えば世界で七番目に強い男と戦う事ができるか? オヌシは悪い奴ではなさそうじゃが、恐らく荒事には向いてなかろう。冒険がしたいなら駄目人間のワシなんぞより、もっと手頃な事情を抱えた奴に付いて行くとよいじゃろうて』
「……な、なんだよその含みのある言い方……」
まるで内面を見透かすように。
オッサンは場慣れした雰囲気を醸し出す。
それはまるで経験豊富な、歴戦の戦士のようにも感じられた。
数秒間の沈黙が、永遠のようにも思えてしまう。
俺はただ黙っている事しかできなかった。
「…………」
『フッ――まぁワシも戦えないけどな』
「………………」
『ええい! そんな目で見るでない! とにかく駄目なもんは駄目じゃ! オヌシは戦いに身を投じると早死にしそうな気がするからやめとけ!』
「なんだそれ! 根拠もなしに怖い事言うなよ!」
『ほれビビっとるじゃろうが! この程度の脅しに足がすくむようなら戦いなんぞ向いとらんわ小心者が! 魔物相手に経験を積む所から始めんか!』
「うぐ……」
小心者と言われて、否定はできないけど……。
でもなんか釈然としないっていうか。
一人で娘さんを見つけられるのかな、このオッサン?
そこら辺は純粋に心配なんだよなぁ。
『……まあ気持ちだけありがたくもらっておくぞ、少年よ。何にせよ、木の下敷きから助けてもらった礼はするつもりじゃ。名は何という?』
「……
『ふむ……? シロウ――何やら珍しい名じゃな』
「そう? 日本人なら割と多い名前だと思うけど……」
そこまで言いかけて、はたと思い至る。
そういやいくつか気になる単語が飛び出してきたけど。
俺ってさっきまで「ここが本当に日本かどうか」疑ってたよな――。
「……なぁ、人形のオッサン。ちょっと聞きたいことが――」
俺が言いかけたその時。
――ぼよん。――ぼよん。
……と。
遠方で何やら弾力性のあるものが飛び跳ねる音が聞こえて来る。
――なんだこの音。
俺が不思議に思っていると……。
『……マズい。忘れておった……』
見やると、足元でオッサンが申し訳なさそうに呟いた。
「え。何だよ急に。なんか怖いんだけど」
問いただすべく、俺はオッサンの体をひょいと持ち上げる。
オッサンは――人間の体ならまず間違いなく大量に発汗してそうなほどの――ただならぬ雰囲気を醸し出していた。
その様子にたまらなく不安が募る。
『……いや、な? さっきワシが下敷きになっておった木があったろ?』
「ああ――」
そういえば気になっていた。
なんであんなに大きな樹が倒れて来るんだろう。
根本が腐っていたようには見えないが……。
『それな……。実は自然に倒れたものではなくてのう。森の中で幼い少女らしき影が見えたと思い、そちらに気を取られている隙に……例えるならこう、巨大な弾性のボールのようなものが、ぶつかってきたと言うか――』
そこまで言うとオッサンは、俺の手を離れてそそくさと肩までよじ登って来た。
――ぼよん。――ぼよん。
「……ひょっとしてさ。この音って――」
音は次第に大きくなってくる。
何かが近づいているのか、やがてそれは振動となって、こちらに伝わってきた。
――ぼよん! ――ぼよん!
顎の下が、がくがくと震える。
それほどまでに音の主は大きな質量を持っているようだった。
『――あー。念のため聞くぞ、シロウ。オヌシ……魔物と戦った事はあるか?』
言い終わるのと同時に。
ズシン――と、ひときわ大きな衝撃。
そして……。
音の主は、砂煙と共に俺たちの前へと姿を現した。
「――え。……なにこれ?」
端的に言うと。
音の主は、人間ではなかった。
そもそも生き物であるかすらも怪しい。
――思えば違和感はあった。
オッサン――人形が、流暢に喋るなんて現代日本じゃ有り得ない。
その事を俺はぜんぜん考慮してなかった。
何よりオッサンの言動が妙に俗っぽかったので、気づけば違和感はすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。
――しかし考えてみて欲しい。
今日一日の出来事を通して、俺の頭の中では新たな疑念が渦巻いていた。
……馬鹿げた話だが、もしここが現代日本ではなかったとしたら。
例えるならRPGのような、魔法やモンスターのいるファンタジー世界だったとしたら。
スライムがいたり、人間が粘土の人形になる……そんな現象も、まあ、あり得なくはないかなと。
……俺がその場に固まっている横で。
右肩の方から、オッサンがぼそぼそと言葉を漏らす。
『【メガトンスライム】――。通常のスライム種が
――砂煙が晴れる。
……そこには、俺の倍以上もの大きさをほこる青色の物体。
巨大なそれは、水分で地面を濡らし――夕陽を帯びて、ぶるんと静かに佇んでいた。
――デカすぎんだろ。
そのあまりの大きさに思わず気圧され、身体が動けなくなる。
「…………」
全長3メートルはあろうかと言う、青色の物体はゼリーのように揺れ動くと。
ぐぐぐ――と身を屈め、その反発を利用して――。
『――ボーっとするな! 来るぞ!!』
「――!」
まるで跳弾するかのように。
超巨大な殺人スーパーボールは大地を抉り、勢いよくこちらへと跳ね飛んだ――!
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