第6話 芽生えた絆
やっと あらわれたのですね
ほんとうの ゆうしゃ
しろき つばさをもつ こども
ほろびのうんめいをかえる ちいさな はもん ……
―――――――――――――――――
『やったなシロウ! よくぞ己の身一つで【メガトンスライム】を打倒した!』
オッサンの嬉しそうな声でハッ――と意識を取り戻した。
どうやら俺は一瞬、気を失っていたらしい。
「いま何か……女の人の声がしたような――」
……気のせいか。
とてとて駆け寄ってくる馬の人形を見て、俺は安堵のため息と共に、その場へ足を投げ出した。
「はー……死ぬかと思った……全身めっちゃ痛い……」
『じゃがこうして五体満足で生きておる。そして少女も守り切った。この勝負……オヌシの勝ちじゃ!』
その勝利宣告を受けて。
俺は改めて、あの恐ろしい【メガトンスライム】を倒したのだと実感した。
それと同時に、押さえつけていた恐怖心がどっと押し寄せてくる。
「……一歩間違えたら絶対死んでたよな俺……こっわぁ」
『なーに、結果オーライじゃ』
「他人事だと思いやがって……めちゃくちゃ怖かったんだぞ」
とは言え、あそこで戦わなければ死んでいたし。
オッサンが隣で激励したり漫才を挟んでくれたから、恐怖に押し潰されずに最後まで立ち向かえた。
そこは感謝しなければ。
「……まあ、その。ありがとう、オッサン」
『なーに。戦ったのはオヌシじゃ。ワシは何もしとらん。オヌシの勇気が勝利を運んだのじゃよ。よく頑張ったのう、シロウ!』
そんな俺の内心を知ってか知らずか。
オッサンは軽快に笑いながら、俺の背をポンポンと叩いた。
慣れない賞賛に、俺はだらしなく口元を緩める。
「ははは……。つっても俺個人の力じゃないけどね。オッサンがいたからだよ」
『当り前じゃろ8割はワシの剣のおかげじゃ』
「俺を褒めたいのか自慢したいのかどっちだよ!」
急に真顔になるオッサンに思わずツッコム。
そのまま目を伏せると、チラリと地面に突き刺さった黒剣が視界に映った。
「……けど、確かに凄い切れ味だったよな、この剣」
熱を持った頬をかきながら言うと、俺は地面から剣を抜いて、纏わりついた砂を綺麗にふき取り。
ひょい――と、柄の方から差し出した。
「返すよ。おかげで助かった」
照れ隠しに口元を隠しながらそう言うと。
オッサンは前脚を胸の前で組んで、しばし考え込むようなポーズを取った。
どうしたんだろう。
『……のう、シロウ。スライムに襲われる前に、オヌシがワシに言ったことを覚えておるか?』
「えっ」
突然なんの話だろうか。
確か、スライムに襲われる前にしていた会話と言えば……。
「えーと……オッサンの娘さん探しを手伝うって言ったことか?」
『そうじゃ』
そう言うとオッサンは、ただならぬ様子で俺の瞳をじっと見つめた。
『あの時は濁したがな――ワシの娘はただ行方知れずになったのではない』
「どういう意味だ?」
『……攫われたのだ』
「……!」
攫われた娘さんを探している。
そこまで聞いて、俺はオッサンの言わんとしている事がようやく分かってきた。
「……つまりオッサンは――こう言いたいのか?」
――俺に……
「――身代金を稼ぐ手伝いをして欲しいと」
『発想が消極的じゃろ!? 直接助けに行く仲間が欲しいんじゃ!』
あ、そう言う事ね。
「けどなんで急にそんな話を? さっきの俺の戦い見ただろ? 剣は素人だし、臆病で情けなくて、とてもじゃないけど、誘拐犯をとっちめるような実力はないと思うけど……」
『その戦いを見たからこそ、考えを改めたのじゃ』
オッサンは少しずつ俺の方へ寄ってきた。
『……のう、シロウよ』
「うん?」
『はじめから強い人間が戦うのは簡単じゃ。しかし、自分の弱さを知る者が勇気を奮い立たせて戦うのは難しい。オヌシはまるで御伽噺の英雄のように、並大抵の者では出来ぬ快挙を成し遂げたのだ。最初に情けなくてアホっぽいなどと言った事を謝罪させてくれんか。オヌシは真の勇者の心を持っている。そのこと、立派に誇るが良い……』
「……な、なんだよ。なんか照れくさいな、その言い方」
突然人格を褒められて、俺は挙動不審ぎみに身を屈めた。
勇者。
とつぜんのフレーズに戸惑ったが、なんだか悪い気はしない。
と言うより、勇者と呼ばれて心躍らない少年はいないだろう。
『……という訳で、ワシはオヌシの中に誠の勇者としての素質を見た』
「う、うん……」
でも何だか、勇者って言葉は俺にはもったいない響きな気がする。
『もう一度言うが、ワシの娘は攫われたのだ。彼女に流れる特別な血を欲した者達によってな――首謀者の名は分かっておる。直接会ったことはないが、世界に七人おると言われる特別な強者。恐怖の象徴である“魔王”の名を冠する七人の一角――天魔王カイルスと呼ばれている。単純計算で世界で七番目に強い男という訳じゃ』
「魔王……」
なるほど。
魔王に対抗する勇者。
その素質が俺にあると感じて、オッサンは協力を申し込んで来たのか。
そう言えばスライムに襲われる前に『世界で七番目に強い奴が』どうとか言ってたっけ。
あれはそういう意味だったのか。
……あれ、ちょっと待てよ?
「……なぁ、単純計算で七番目に強いって言ってたけど、その七人の魔王ってのは序列とかあったりするの?」
『特にないが? 七人とも同格じゃと思うぞ』
「…………えっと、じゃあ。その天魔王カイルスって奴は七番目に強いと言いつつ、実際の所は他の魔王と殆ど実力が変わらないって事?」
『何なら一番強い可能性もあるのう』
…………。
『……オヌシに巨悪と戦う覚悟はあるのか?』
「ごめんムリ」
世界最強疑惑の奴と戦えとか無理ゲーすぎるだろ!
こっちはスライム相手にヒーヒー言ってたんだぞ!!
『ガッハッハ! まぁ無理にとは言わんわい! 何にせよ今日はオヌシのおかげで助かった。相応の礼はするつもりじゃ』
そう言うと、オッサンは俺が差し出した剣をやんわりと突き返した。
『とりあえずその黒剣はオヌシが持っておけ。どうせ森を出るまでは一緒に行動した方がええじゃろうからな』
俺はずっしりと重量のある剣を握りしめながら返答する。
「……いいの? 俺がこれを持ち逃げする可能性だってゼロじゃないんだぞ」
『シロウ、さっきワシは“情けなくてアホっぽい”と言ったことを撤回したじゃろ』
「うん」
『オヌシの事は疑いようもなくアホじゃと思っとる』
「おい」
褒めたと思ったらこれかよ。
『しかしな、アホそうな性格をしているという事は、逆に言えば人を騙すほどの知力がないと言う事じゃ』
「え、これ喧嘩売られてる?」
『普通に誉め言葉じゃが』
……褒められてんのか、これ?
「……まぁ、でも。その魔王と戦うのは無理そうだけど、サポートくらいは出来るように頑張りたいかな。」
魔王と戦うのは無理ゲーとは言ったが、それはあくまで俺一人での話。
「仲間を集めてパーティ組んで、みんなで魔王を倒すんだ。もちろん、オッサンも一緒だからな! だからやっぱり娘さん探しは手伝わせてくれよ」
それを聞いて、オッサンはどこか申し訳なさそうな表情で頷いた。
『……ならば、尚更その黒剣はオヌシに預けておこう。どうせ一緒に旅をするのだ。剣を振るえないワシより、オヌシが持っておった方がいい』
言い終わると、オッサンは【アイテムボックス】を逆さに向けて、中からこの黒剣の鞘と思われるものを俺に渡した。
こっちもかなり重いな――。
『ついでにこの【アイテムボックス】もオヌシが持っておけ。中に入っている物すべてをやるという訳にはいかぬが――まあ、ワシらで共有するといった認識で、ひとつどうじゃ?』
そんな提案をしてくる。
「……いいの? 会って間もない相手にそんな大事そうなもん渡して。この剣だって凄い代物なんだろ?」
『剣に関しては唯の試作品じゃ。それに命を預けあった仲に時間なぞ関係ないわい。オヌシはワシの剣を信じて命を預けた。ならばワシも信じるのが道理と言うモノ。オヌシになら預けられるとワシが判断したのじゃ。男なら素直に受け取っておけい』
そう言われると、受け取らない訳にはいかなかった。
きっとダインのオッサンは頑固な側面もあるのだろう。
「……分かった。ありがたく貸してもらうよ」
とりあえず、今はこの剣を持って歩く気力はないので……。
俺は黒剣を、同じ色で輝く荘厳な黒鞘に納めた後。
ひとまず受け取った【アイテムボックス】へ収納しておく事にした。
「――おお……」
――袋の大きさを無視して、するすると剣が入っていく様は。
まるでCGで作ったフェイク動画のような気がしてならない。
……どういう原理なんだろう。
――他にも聞きたいことは山積みだ。
オッサンの出自や正体について……は、正直どうでもいいけど。
娘さんの外見や年齢、スリーサイズ。好きな男性のタイプなどは気になる所だ。
――そうそう。
ここが本当にファンタジー世界なら、さっきからオッサンがちょくちょく口に出していた【
ゲームみたいにステータス画面とか確認できるのだろうか。
もし、俺にも魔法が使えるなら……。
――カッコ良く炎とか出して戦ってみたい。
技名とか考えておかないと。
日本人らしく、地球ならではのネーミングセンスを発揮して、ここは――。
『……ところでシロウ。オヌシ、何か忘れておらんか?』
「――うん?」
……忘れもの?
なんだろう。
持ち物と言えば遭難した時に全部落としたので。
今はこの【アイテムボックス】の中身、ついでにさっき収納した黒剣くらいしかないが――。
「――あ」
……違う。物じゃない。
人だ!
「――そうだ! さっきの女の子!」
スライムに襲われた時、近くに巻き込まれた女の子を、向こうへ残したままだった。
「スライムも倒したし、危険が去った事を伝えてあげないと!」
『そう言う事じゃ』
俺たちは立ち上がると、来た道を駆け足で戻り始めた――。
□■
「おーい! もう大丈夫だよー!」
俺達は先程の少女の元までたどり着くと、大声で呼びかける。
少女はぷるぷると震えながら、草むらに小さくかがみこんでいた。
……が、小さな足がひょっこり顔を出していて、隠れきれていない。
その様子に苦笑いしつつ、俺は再度彼女へ呼びかけた。
――やがて、音を立てながら。
かわいらしい顔の女の子が、そっと頭をのぞかせた。
「……ほんと? あのこわいスライムさん、もういない?」
絹糸のように細長い小麦色の眉を不安げに曲げて。
おそるおそる、と言った風に立ち上げると。
彼女はそのまま、キョロキョロと辺りを見回し――脅威が去った事を認識して、ほっと小さな胸をなでおろした。
「よかったぁ……。もうだめかと思っちゃった」
ふわ――っと花が開くように朗らかな笑みを浮かべると。
少女はそのまま俺の方へ向き直り、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。
うわめっっっっちゃかわいっっっ!?
ロリコンに目覚めてしまいそう。俺、年上好きなのに。
「お兄ちゃん、どうもありがとうございました」
礼儀正しくて良い子だな……。
「まるでおとぎ話のゆうしゃさまみたいだったよ。すっごくかっこよかった!」
彼女は目をキラキラさせながら俺を見つめている。
思わずほっこりするが、まだ気を緩めるわけにはいかない。
「とりあえず、まだ魔物……? がいるかもしれないし、ひとまずこの場を離れよう。……帰り道わかる?」
「うん!」
「良かった……。実は俺、迷子だったんだよね」
「そうなの? じゃあお礼にクリムが案内するね!」
女の子――クリムちゃんは元気よく草むらから飛び出すと。
森の出口と思われる方向を指さし、そのままついて来るよう手招きする。
『ほう……』
それを見ながらオッサンは。
俺に向かって、肩にしがみつきながら、感心するように呟いた。
『やるではないかシロウ。迷子という体で少女に気を遣わせず、そのまま村まで護衛するつもりじゃな。見かけによらず気遣いができるではないか』
「いやマジで迷子」
『は?』
――そんなこんなで。
俺たちは森の出口に向かって歩き出すと、辺りを警戒しながらお互いの身の上を話す事になった。
空は茜色から、だんだん夜の闇へと変わりつつある。
「このまま真っすぐ行けば村に着くからね」
俺の歩調へ合わせながら、クリムちゃんはトーンを落として呼びかける。
「……ケガ、大丈夫?」
「え? ――ああ……」
……どうやら気を遣わせてしまったらしい。
擦りむいた膝や、背中からにじみ出る赤黒い血を、彼女は心配そうに見つめている。
――これ以上心配させないよう、ジョークでも混ぜながら強がってみるか。
「――めっちゃ痛いけど大丈夫。ついでにクリムちゃんが抱きついてフーフーぺろぺろしてくれるならもっと大丈夫」
「ホント!? じゃあやる!」
『おいこら』
真に受けたクリムちゃんを止めるように。
『……どうやらお嬢ちゃんの方は目立った外傷もないようじゃな。良かった良かった』
「――わ! ユニコーンの人形さんがしゃべった!?」
俺の右肩でしゃくれながら話す
しかし、それはすぐさま好機の色に変わった。
「すごーい! かわいいー! 中に妖精さんがはいっているのかなー!」
『ほれ見ろシロウ! ワシは女児受けする見た目をしとるじゃろ!』
オッサンが顎を突き出し、
……うわムカつく。
そのまま肩上で勝利のダンス(比喩)を踊る姿に、俺は内心で何度も舌打ちを鳴らし続けた。
「でも声と仕草はおじさんみたいで可愛くないね……」
『えっ』
少女の正論が突き刺さったのか。
途端にオッサンは真顔に戻る。
そのまま、ギギギ――と俺の方へ顔を向けた。
『……なあシロウ。ワシってそんなにオッサンらしい声してる?』
「うん」
何をいまさら。
「――具体的に言うと、アへ顔ダブルピースしたオッサンみたいな感じかなぁ」
『…………アへ顔ってなに?』
「――こんな感じ」
『オイ喧嘩売っとるのか貴様ァ!!』
「んー。でもお兄ちゃんの変顔とイメージそっくりだよ?」
『ぐはっ――』
フハハハハざまぁ見ろオッサン!
「……ごめんなさい。お兄ちゃん自身もイメージぴったりかも――」
「ぐはぁッ――!?」
ちくしょう流れ弾がこっちにも!!
『……ん? 村の灯りが見えて来たな――』
「ほんとか! 俺、もう歩き疲れてくたくたなんだ。宿屋とかで体力回復できないかなぁ」
「小さな村だから宿屋はないかも。……でもたすけてくれたお礼があるし、お兄ちゃんたち、クリムのお家で休んでいってほしいな」
「いいのか!?」
「うん!」
「それにね――」と呟きながら、クリムちゃんは何かを思い出すように口を開く。
「――えっとね。おばあちゃんから聞いたんだけど……。
おとこのひとに助けてもらったらね。家につれこんで。
――きせーじじつ?
……ていうのをした方がいいんだって!」
「は?」
『は?』
なにそれ。
「――だから村に着いたら、クリムのお家に案内するね!」
彼女は笑顔でとんでもない事を口走ると、嬉しそうにはしゃぎだした。
きっと意味は分かっていない――と思う。
「――なあ、オッサン……」
『……言いたい事は分かるぞ、シロウ。あのクリムという少女の祖母は、とんでもない御仁――』
「――俺、モテ期が来たのかもしれない」
『おい』
鼻の下を伸ばしながら歩く俺を、オッサンは前脚でポカポカ叩いてくる。
……冗談なのに。
「お兄ちゃんたち仲いいねー!」
それを見て微笑ましそうに眺めていたクリムちゃんは。
やがて足を止めると、元気いっぱいに口を開いた。
「――村についたよ! お兄ちゃんたち!」
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