第51話 聡美の願い

 昇る朝日を浴びて、俺はドアの前に立ちすくんでいた。自分の家だというのに、どうしてもドアのノブを掴む気になれない。


 俺は致命的なミスを犯してしまった。鞄を家に忘れてきたのだ。それに、寝室のドアも開けたままだった。

 聡美は気づいたはずだ。俺が帰宅したことに。そして、自分の姿を見られたことに。あの娘はどうしただろう。

 恐ろしい。このドアを開けて、それを確かめるのが恐ろしくてたまらない……。


 意を決してノブを掴む。おそるおそる中をのぞく。いつもと変わらない室内。だが、上がり口のところに置いてあった鞄は消えていた。やはり……。

 靴を脱いで上がる。寝室のドアは開いていた。ベッドは、何事もなかったかのように整えられている。あれは夢か幻だったのではないか。どうしても、そんな虚しい期待を持ってしまう。紛れもない現実だと知っているのに。

 書斎の中をのぞく。鞄は書斎の机の上に置かれていた。もう、疑問の余地はない。聡美は知っている。俺が見てしまったことを。


 リビングにもキッチンにも風呂場にも、聡美の姿はなかった。最後に残ったのは聡美の部屋だった。

 ……わかっている。ここにいるはずだと。最初から。時間稼ぎをしているに過ぎない。聡美に会うのが怖いのだ。たまらなく恐ろしい。

 それでも、手は勝手にドアのノブを掴んでいた。怖いもの見たさなのだろうか。ためらいつづける緊張に、耐えられなくなったのだろうか。俺はドアを開けて部屋に入った。

 聡美は眠っていた。いつものように、パジャマを着て、ベッドに横になって。シーツをかけた胸は、規則正しく上下している。

 俺は安堵すべきなのだろう。なのに、緊張は高まるばかりだった。

 ベッドのそばにひざまずき、聡美の顔を見下ろす。目を覚ましたら、俺は、なんと言ってやればいいのだろう。どんな顔をすればいいのだろう。


 このままずっと目を覚まさないでくれたら。つい、そんなことを考えてしまう。このまま、穢れを知らぬ少女のままで、眠りつづけてくれたら……。

 そのとき。聡美の口から、かすかなうめき声が漏れた。まぶたが何度か震え、ゆっくりと目を開く。前にもこんなことがあった。町で倒れていた沙希を見つけ、病院に運んだときだ。しかし、今の俺の胸に渦巻いているのは、あのときのような不安と期待ではなく、怖れ以外の何物でもなかった。

 聡美は、目の前にいるのが俺だとわかると、驚いたように目を見開き、両手で口元を押さえている。両肩が震えていた。

 俺は、いつもの平静さを装って機械的に手話を紡ぐ。たぶん、能面のように無表情で。

『おはよう。朝食を作るから、食べなさい』

 こくりとうなずく。俺はキッチンに向かった。


 いつもと同じ朝。平静さを装うことで、昨夜の一件に触れずに済まそうとしている。

 姑息な現実逃避。だが、このまま日々が過ぎていけば、気づかぬふりを押し通せるのでは。つい、そんな期待をしてしまう。


 二人で朝食を取る。沈黙が恐ろしくて、必死に話題を探しては話し掛ける。だが、聡美は黙ったままだった。一方通行の手話。

 この日、俺は昨夜の代休を取ることになっていた。聡美のほうは登校する。これで、一日の猶予が得られる。……そのはずだった。


 飯島少年と田原が迎えに来る。何も知らない二人は、今日も幸せそうに並んでやってきた。それでいい。その幸せの中に、聡美も包み込んでしまってくれ。そうして、夕べのことを忘れさせて欲しい。

「聡美、飯島君たちが迎えにきたよ」

 手話で伝える。聡美は制服を着ており、準備はできていた。鞄を持って立ち上がり、玄関に向かう。

 これでいい。俺は朝食の後片付けをする。聡美の皿はほとんど手がつけられていなかった。しかし、気にせず無造作に生ゴミに捨てる。食器洗い機があるのに、わざわざ手で洗う。することがなくなるのが怖い。


 くい。

 背中のシャツがつかまれた。驚いて振り返ると、聡美がそこに立っていた。

 ガシャン。手にもっていた皿が床で砕け散る。

 俺はよろけた。流しに寄りかかって、ようやく体を支える。

『聡美……どうして?』

 俺はうろたえてしまった。空疎な手話。聡美の目を見ることができないのだ。

 青ざめた顔で、両目に涙を一杯にため、聡美は震えていた。

『学校へは行けない』

 震えながら手話を紡ぐ。

『お願い……わたしのこと、嫌いにならないで』

 とめどなく涙が溢れる。顔色はますます悪くなり、額には冷や汗までかいている。なのに、俺にはかけてやる言葉が思いつかない。

『気持ち……わるい』

 そう紡ぐと、口元を押さえてがくりと膝をつき、床の上に吐いた。ろくに食べられなかった朝食の残骸。

 そのまま倒れこみそうな聡美を支え、急いでリビングのソファに運ぶ。膝をついたとき、皿の破片で切ったらしい。救急箱を持ってきて、手当てをしてやる。

 割れた皿を片付け、床を掃除すると、……もうすることがない。聡美のところへ行くしか。


 聡美は、ソファの上で仰向けに寝て、静かに天井を見上げていた。相変わらず顔色は良くないが、落ち着いたようだ。

 俺はどうしたらいいのかわからなかった。向かい側のソファに腰を下ろし、聡美を見る。

 聡美は、のろのろと大儀そうに体を起こした。動きがいつになく無造作で、こちらを向き直るときにスカートがまくれ、白い下着がちらりと見えてしまった。

 俺は慌てて目をそらす。夕べの光景が浮かびそうになったのだ。その下着の中身を愛撫していた、聡美の右手の動きを。

 聡美は、ソファの上にきちんと座りなおした。しばらくそのままうつむいていたが、耐え切れなくなったのか、手話を紡ぎだした。

『おとうさん、わたしのこと、嫌い?』

 再び涙が溢れていた。濡れた瞳で俺をじっと見据える。逆らいようのない瞳。

『嫌いになんか、なれない』

 そう紡いだ。嘘ではない。むしろ、嫌いになれればお互いこんなに苦しまなくてすむのに。

 俺の手話は、聡美の慰めにはならなかったようだ。さらに涙を流しながら紡ぎだす。

『ゆうべ……ごめんなさい、聡美は悪い子です』

 やめてくれ。その話題はやめてくれ。忘れよう、何もなかったことにしよう。

 だが、俺は金縛りにあったかのように身動きができなかった。

『お父さんがいなくて、寂しくて、お父さんのベッドで寝ているうちに……』

 言うな。もう何も言うな。

 必死に願う。だが、聡美は全部話すつもりなのだ。もう、逃げられない。

『お父さんに触って欲しいの。見て欲しいの。私の身体を』

 聡美は必死だった。震える身体を自分で抱きしめる。はじけそうな想いを押さえ込むように。そして、紡ぐ。

『お母さんにしていたように、わたしにもして欲しいの』

 見られていたのか。聡美は、俺と沙希の性生活を見ていたのだ。何てことだ、気がつかなかったなんて……。

 聡美はさらに紡ぐ。

『お父さんが好き。お母さんが好きだったように、わたしもお父さんが好きなの』

 俺の両手はソファの生地を掴んだまま動かない。指の節々が白く浮き出るほど。

 聡美は紡ぐ。

『血がつながっていないから……いいんでしょ? 好きになっても』

 俺は動けない。

『だめなの? 好きになっちゃいけないの?』

 俺は答えられない。

『わたし……やっぱり悪い娘ね。お父さんを好きになっちゃうような、いけない娘。いやらしくて、はしたないことの好きな、ヘンタイなの』

 紡がないでくれ。もう、それ以上。

『あのテープを読んで、わかっちゃったの。わたしなら、お父さんにあんなことされても、嫌じゃないって。お母さんは嫌だったと言ってたけど……』

 しばらくためらい、紡ぎだす。

『わたし、お父さんになら、何をされてもいい』

 見たくなかった。目を閉じてしまいたかった。声ではない。手話なのだ。目を閉じてしまえば見なくてすむ。聞かなくてすむ。なのに、目をそらすことも、瞬きすらもできない。

『わたし、産みたいの。お母さんがわたしを産んだように、お父さんの子が産みたい』

 ようやく、俺は眼を閉じることができた。涙が溢れてくる。遅すぎる。俺は聡美の気持ちをすべて知ってしまった。もう、ごまかしようがない。


 俺は……俺は結局、浜田氏と同じなのか。同じ過ちを繰り返すのか。娘を犯して、子をはらませるような罪を……。

 膝に手が触れた。震えている。目を開けると、聡美の泣き濡れた顔がそこにあった。思いつめた表情。床に正座し、俺を見上げている。

『わたし、長くは生きられないんでしょ?』

 嘘だ。違う。おまえは沙希とは違う。死なせたりはしない。

『このまま死んだら、お父さんが独りぼっちになる』

 俺なら大丈夫だ。そのときは、好きなだけ狂うことができるから。

『お母さんから受け継いだものを、わたしも残したい』

 残すべきなのは、血のつながりだけじゃないだろう?

『たった一つ、お母さんができなかったことをしたいの』

 違う。そんなはずはない。沙希は言ったじゃないか、充分生きたと。

『死ぬ前に、お父さんの子供を産みたい』

 必死の表情。

『愛されるだけじゃ、心が痛いの』

 心が痛い。苦しい。その手話は、まさしく自分の心臓を抉り出すような動きだった。


 まただ。また俺は、同じ事をしていたのか。沙希を苦しめたのと同様に、聡美にまでも……。


 だが、どうすればよかったのだ? 父親として娘を愛するのは当然だ。見返りなどいらないはず。聡美はいつだって、俺の喜びだった。聡美がいたから、俺は今日まで生きてこれたのだ。これ以上、何を求めればよかったのか……。


 そのとき、ようやく気がついた。聡美が死んだら、俺も死んでしまう。聡美はそれに耐えられなかったのだ。

 聡美は、俺に生きて欲しかったのだ。だから、そうでないことを伝えなければいけない。聡美がいなくなっても、俺は幸せに生きつづけられるのだと。

 ……無理だ。そんな自分、想像もできない。沙希に続いて、聡美まで失ったら、もう俺には何も残っていない。


 抜け殻。そう、献体して臓器を抜き取られた沙希の亡骸のように、俺は空っぽの心を狂気で満たしながら生きるしかないのだ。


 沙希も、聡美も、そんな俺に耐えられないだろう。

 さぞかし、無念だろう。

 死んでも死にきれない。確かに、そうだろう。

 ゆうべ、病室で高橋夫人が夫に見せたような微笑。今の俺には、絶対に見せられない。俺には、聡美の最期を看取る勇気がない。

 だから……聡美は天国に行けない。母のもとへは行けないのだ。俺のせいで。俺が何もしてやれないせいで、永遠に苦しみつづけることになるのだ。俺の狂気という地獄の中で。

 天国は心の中にある。だから、地獄もそこにあるのだ。絶望に狂った心の中に。


 ……頬にぬくもりを感じる。震える小さな手が、頬をなでている。

 目を開くと、聡美が右手を伸ばして、俺の頬に触れていた。

 瞳を見交わす。聡美の想いが両の目から流れ出し、俺の目に流れ込む。そんな感覚に襲われた。


 もう、逃げられない。

 俺は、この娘のためだったら、どんな罪でも犯せる。そうじゃないのか? ここで拒んでしまったら、聡美は壊れてしまう。俺も死んでしまう。それで、一体何が守れるというのだ?

 聡美を抱き上げ、膝の上に座らせる。重くなった。もう、子供ではない。まだ大人ではないが、恋を知ったことで、その階段を一気に駆け上がろうとしている。だから、そんなに胸が痛むんだよ。……かわいそうに。

 聡美は驚いたようだ。さっきまでは拒否されることを恐れて震えていたが、今は期待に身体を震わせている。しかし、頬を染め、目を潤ませながらも、最後の最後で期待を裏切られるのではないか、そんな不安に怯えてもいる。

 両手で聡美を抱えているので、はっきりと口を動かして言う。

「聡美が好きだ」

 不安は消し飛んだらしい。喜びに全身を震わせながら、聡美は静かに目を閉じた。

 待っている。聡美は待っている。

 いつまでも待たせることはない。俺は聡美を抱きしめ、唇を重ねた。聡美も、両手を俺の背中に回してしがみつく。制服を通して、胸のふくらみがはっきりと感じられた。


 聡美とのくちづけは、沙希の時と同じ味がした。病室でした、初めてのキス。聡美の身体からは、あのときの沙希と同じ匂いがする。気のせいか、消毒薬のにおいまでしてきそうだった。

 沙希と結ばれたとき、沙希は身体が俺のことを覚えていると言って歓喜にむせんだ。そして俺は、聡美とのキスで、沙希を思い出していた。

 そっと身体を離す。手話で聡美に伝えなければ。

『聡美は、お母さんと同じ匂い、同じ味がする』

 潤んだ瞳で、聡美は俺を見ている。

『お父さんは、お母さんを思い出した。聡美じゃなく、お母さんとキスしている』

 みたび、同じ過ちを犯してはならない。沙希のつもりで聡美を抱いてしまったら、この娘を傷つけてしまう。

 しかし、聡美は違うことを感じていたようだ。

『わたしの中のお母さんが喜んでいる』

 聡美の記憶の中で生きている沙希。

『お母さんの代わりでいい。お母さんにしたように、わたしにして』

 しばし目を閉じた後、聡美は紡いだ。

『わたしはきっと、そのために生まれたの』

 涙を流しながら、微笑みながら、喜びに打ち震えながら、聡美は紡ぐ。

『お母さんの代わりに、お父さんに抱かれるために、わたし、生まれたの』


 そうなのか。

 そうなのか、沙希。

 これは、おまえが望んだことなのか?


 出し抜けに、沙希の臨終の場面が蘇る。血を吐きながら、薄れる意識の中で綴られた遺言。

(さとしを あいして)

(さとみを あいして)

 あの愛は、この愛を意味していたのだろうか……。

 想いは途切れた。聡美が、自分から唇を重ねてきたのだ。


 あまりに甘美な感触。何も考えられない。同じだ。あのときの沙希と、まったく同じ。自分のすべてを俺一人に投げ出してくる愛し方。受け止める方も体全体をさらさなければ、押し流されてしまう。

 沙希……聡美……沙希……聡美。

 二つの名前が頭の中でぐるぐると回り、一つに融け合っていく。

 唇を、聡美の頬に這わせる。そのまま首筋に。涙は胸元にまで滴っていた。塩辛い。

 聡美の呼吸が荒くなり、自由になった口からは喘ぎ声が漏れてきた。

 俺は、透き通るように白い聡美のうなじに唇を当て、強く吸った。

「ああぅ!」

 身体をのけぞらせて聡美は叫んだ。

 しばし身体を離す。赤くなっていた。

『キスマークがついた』

 俺の手話に、聡美は答えた。

『もっとつけて。体中に、しるしをつけて』

 だがこれ以上は、座ったままでは難しい。俺は聡美を抱き上げると、ソファの上に横たえた。聡美は期待に身体を震わせながら、目を閉じ、両手を胸で組んでいる。祈るように。


 同じだ。こんな仕草まで、沙希とそっくり同じ。それは、俺の興奮をさらに高めた。


 聡美の制服のブレザーを脱がす。白いブラウスから、うっすらと下着が透けて見える。興奮のあまり、俺はもう気が変になりそうだ。

 震える指で胸のリボンを解き、ブラウスのボタンをはずしていく。だめだ。はずせない。思わず引きちぎってしまう。ボタンがはじけ飛んで、ばらばらと床に転がった。

 目の前で、聡美の胸が震えている。ブラジャーをずらすと、まだ育ちきっていない乳房がこぼれ出てきた。小さな乳首は、痛々しいほどに硬くなっている。

 俺はその片方を口に含み、激しく吸った。もう片方を指先でこねくり回す。

「うあぁあ!」

 まるで激痛でも走ったかのように、聡美の全身に痙攣が走る。両手はソファの布地をかきむしっていた。ギョッとし身体を離す。

「だめ……」

 聡美は、震える声で言った。両手が激しく震えていて、手話が使えないのだ。

「や、めないで……おね、がい」

 俺を見つめる。

「……おねがい」

 こんなときでも、娘の願いを断れない、だめな父親だ。

 両手で聡美の乳房をもみ、乳首を指先で刺激する。聡美は叫びつづけていた。まるで、快感も苦痛も区別がつかないようだった。

 いたるところにキスをする。首筋も、胸も、キスマークだらけになった。しばらく、学校へ行っても着替えの時に困るだろう。そんなことを考えながらも、やめられなかった。

 やがて、聡美は両足をすり合わせて、もじもじしだした。

『どうした、聡美?』

 意地悪をしたくなった。聡美は顔を真っ赤にしながら、手話を紡ぐ。

『下も、お願い』

 よほど恥ずかしいのだろう、顔をそむけて目を閉じながら紡いだ。だが溢れてくる涙は、羞恥のせいだけではない。

 俺は身体を下にずらした。制服のチェックのスカートをめくり上げる。純白の下着が目に痛い。震えながら、聡美はわずかに脚を広げ、腰を浮かした。

 俺は下着に手をかけ、確認するように聡美の顔をうかがう。熱病に浮かされたように潤んだ瞳をうっすらあけ、聡美はうなづいた。

 ゆっくりと膝まで引き下げる。聡美のこの部分を、あのトイレ事件の時に見てしまったことを思い出す。あの時は陶器のようにつるりとしていた部分が、今は産毛に覆われ始めている。髪の毛と同じ、栗色だった。

 その下の部分はぐっしょりと濡れていた。下着との間に、銀色の糸を引くぐらいに。経験などないはずなのに、俺の愛撫にこんなに反応してしまうとは。


(お父さんに抱かれるために、わたし、生まれたの)


 聡美の手話が脳裏に浮かぶ。なら、生まれてからずっと、聡美のこの部分は、俺を待ち焦がれてきたのか。

 下着を一気に引き下げ、くるぶしから抜き取る。そのまま足首を掴んで、M字型に脚を広げさせる。聡美のその部分は、もう何も隠すものがない。ただ震えながら、とめどなく愛液を流すだけだった。

 聡美はもう、満足に息をすることもできない様子だった。ソファの布地に爪を立てたまま、声で必死にせがむ。

「おねがい……おねがい」

 いくらなんでも、このままではかわいそうだ。俺は聡美の股間に顔をうずめた。舌で、唇で、歯で、やさしく、あるいは執拗に、時に激しく愛撫する。沙希にそうしてやったように。

「あぐぅあああ!」

 まるで、断末魔のような悲鳴だ。しかし、両足を俺の頭の後ろで組んでいるため、顔を離すことができない。普段の聡美から想像できないほど淫らな姿。

 聡美は意識も朦朧としてきたようだ。俺も爆発寸前だった。


 ……いや、このまま聡美を失神させてしまった方がいいのではないか。何も今、一線を越えてしまわなくても……。


 そのとき、息も絶え絶えで聡美が言った。

「お、ね、が、い……して」

 何をするのかは、聞くまでもなかった。しかし、確かめないと。

 聡美の脚を振りほどき、聡美に向かって手話を送る。

『いいの? きっと、すごく痛い』

 聡美は、やっとのことで両手をソファの布地から引き剥がすと、振るえながら手話を紡ぐ。

『痛くていい。どんなに痛くてもいいから、入れて』

 聡美は、俺を受け入れるつもりだ。狂おしいほどにひたむきな瞳。拒んだら聡美がどうなるのか、それだけが心配だった。


 俺は立ち上がると、服を脱いだ。そしてもう一度、聡美の上にかぶさる。聡美の体温は、熱いくらいに上がっていた。

『聡美は温かい』

 そう紡ぐと、聡美も返してきた。

『もっと、熱くして』

 聡美は目を閉じる。これから来るものを待ち受けるように。

 俺は、そっと自分のものを聡美のひだの間にあてがう。ぬるぬると滑りやすいので、しっかりとあてておかないといけなかった。

 ゆっくりと押し入れる。うっとうめいて、聡美は俺の背中に手を回す。顔が苦痛でゆがむ。

 頬をなで、目を開かせる。

「力を抜いて」

 はっきりと口を動かす。聡美はうなずき、目を閉じる。そして深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

 聡美の股間が、幾分緩んだ。そこへ、強引にねじ込んでいく。

「あぐっ」

 声が漏れた。歯を食いしばってる。

 しばらく入れると先端が突き当たる感覚。ここを過ぎれば、もう後戻りはできない。俺はもう一度聡美の顔を見た。

 泣いている。聡美は泣きじゃくっていた。それでも、しばらくすると自分から声で告げた。

「……お、ね、が、い」

 俺は突き破った。聡美は激痛に身を捩じりながら、何度も絶叫した。その声が俺を狂わせる。狂ったように、何度も何度も突き動かす。まるで、聡美にとどめを刺そうとするかのように。

 燃えるように熱い聡美の内部に、さらに熱い液体をほとばしらせ、俺はようやく果てた。抜き取ると、鮮血と白い精液が混ざって流れ出し、ソファの布地に染みを作った。

 聡美は目を開いていたが、何も見えていないようだった。ただ、苦しげに喘ぐだけ。M字型に開いた両足を閉じることもままならない。

 俺も、ソファの横に裸で座り込んだまま、身動きができない。それでも、聡美のことが気がかりだった。顔を寄せ、こちらを向かせて手話を送る。

『聡美、大丈夫?』

 こくりとうなづく。

『痛かった?』

 聡美は手話で答えた。

『すごく痛かった。でも、幸せ』

 苦痛すら嬉しいと言うのか、聡美は。

 さらに手話を紡いでくる。

『これで、聡美はもう、お父さんのもの。とても嬉しい』

 そう言うと、満足そうに目を閉じた。


 俺は、その顔をいつまでも見つめていたかった。

 だが、そのとき。


 ガシャン。背後で物が落ちる音。

 驚いて振り返る。

 リビングの入り口に、香川淳子が呆然と立ち尽くしていた。

 蒼白な顔で、俺達を凝視したまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る