第11話 誕生日のプレゼント

 沙希が、プレゼントに何が欲しいか聞いてきた。


 もうじき、俺の誕生日だ。うちの親は薄情というか、息子の誕生日というものを祝ったことがない。祝う気がないのなら作らなきゃいいものを。

 そんな冗談を沙希に言ったら、うちでやるから来いというのだ。よその家で誕生パーティーというのも変なものだが……嬉しかった。


 学校の帰り道、並んで歩きながら俺は困り果てていた。プレゼント……そう、沙希は俺に何かをあげたい、俺のために何かをしたいと、いつも言っていた。

 欲しいもの……俺が欲しいもの。

 沙希を見つめる。俺が欲しいのは……いや、それじゃあからさま過ぎる。

 真っ赤になって、顔をそむける。が、俺が何を考えているかなんて、沙希には想像もつかないだろう。……そうあって欲しい。

「私があげられるものなら、なんでもいいわよ」

 いや、それは困る。俺達、中学生なんだぞ。……勝手に俺だけ暴走する。

「ごめん……ちょっと思いつかない」

「そう……」

 沙希はがっかりしたようだ。でも、仕方がない。


 時々、中学生の性体験に関して噂を聞くことがある。だが、はたしてそうした交際が幸せな結果に結びつくのだろうか。妊娠してしまうケースを除外しても、親や友達や先生に言えないような秘密を持つことが、善いことなのだろうか。

 俺は、少なくとも俺は、沙希との今の関係を誇りに思える。まだ、親には正式に話してないが、うすうす感づいてはいるようだ。だから、その時がきたら胸を張って紹介するつもりだ。どんなに反対されても、俺は沙希を守り通せる。俺達に後ろめたいところが何もなければ。……そう思っていた。


 結局、俺はプレゼントのリクエストが思いつかなかった。

「うん……いいわ、もう一度考えてみるから」

 病院の五〇一号室。沙希はここしばらく病院から通学している。体育祭で疲れたのか、しばらく体調を整える必要があるのだという。十月に入ってすっかり涼しくなったので、沙希の体調は良さそうに見えたのだが、癌の進行は予断を許さない。

「寄っていくんでしょ?」

 沙希が誘う。そう、ここはもう沙希の家みたいなものだ。

「うん、お邪魔するよ」

「ちょっと待っててね、着替えるから」

 沙希が病院の夜具に着替える間、俺は廊下で待っていた。

 病院の中は、患者の為に暖房が強めになっている。暑い。学生服を脱いで、ワイシャツ姿になる。そこへ、顔なじみの看護婦が通りがかった。……この人には、はじめてきた時にもからかわれたっけ。

「あら、霧島君じゃない」

「どうも」

「沙希ちゃんのお見舞い?」

「送って来たんです」

「いいわねぇ、毎日デートできて」

「……そんなんじゃ、ないです」

 看護婦さんは、ムフフと笑って身体を寄せてくる。

「もう、しちゃったの?」

「な……なにをです?」

「隠さなくたっていいじゃない。愛し合う二人には当然のことよ」

「何のことかわかりません」

「とぼけないでよ。キスぐらいしたんでしょ?」

「あのー」

 勘弁して欲しい。なんだって誰もかれもが、年頃の少年を見るとからかいたがるんだろう。

 その時、背後のドアの向こうで物音がした。遠ざかるスリッパの音。

「沙希? 着替えは終わった?」

「……入っていいわよ」

 俺は病室に入った。沙希は夜具を着てベッドの上に腰掛けている。顔が赤い。看護婦との会話を聞かれたんだろうか。


「沙希……あのさ」

「キスして」

 唐突だった。俺は鉛の兵隊みたいに沙希の前に突っ立ったまま動けなかった。

「してくれないの?」

 沙希が立ち上がる。俺の前に歩みより、見上げる。目を閉じ、両手を広げて、俺を待つ。……だが、俺は動けない。腕にかけた学生服が床に落ちる。

「わたしには……他に何もないから」

 沙希の声は震えていた。それでも俺は動けなかった。今ここでキスしたら……間違いなく自分を抑えられなくなる。


 あの雷雨の時のように……。


 思い出すべきではなかった。半裸の沙希の姿が脳裏に浮かび、俺を求めている今の姿とだぶる。狂おしいまでの衝動が、身体の中を駆け巡る……。

 気がつくと、腕の中で沙希が震えていた。俺の身体も震えている。抱きしめたら折れてしまいそうな沙希の身体。両腕は、それを容赦なく締め付けている。俺の意思にそむいて。いや違う。俺が望んでいるのだ。お互いの身体を、一ミリの隙間もなく結び付けることを。

 沙希は俺の肩に顔をうずめていた。熱い喘ぎが俺の首筋をなぶる。沙希の乳房が、薄い夜具とワイシャツの生地を介して、俺のみぞおちに密着している。

 二つの小さな硬いしこりは乳首だった。この時はその意味がわからなかったが、沙希も興奮していたのだ。

 俺の興奮の証拠は、沙希の腹部に押し当てられていた。それに気づいて、わずかに残った理性が腰を離そうとする。ダメだった。背中に回された沙希の腕は、そのか細さにもかかわらず、驚くほどの力で二人をひきつけて離さなかった。


 もうだめだ。隠しようがない。お互いの気持ちの証拠を身体全体で受け止めながら、俺達は硬く抱き合っていた。


 やがて沙希が身じろぎする。俺が腕を緩めると、沙希は俺の顔を見上げた。

「沙希……」

 何か言おうと口を開いた瞬間、沙希は両手を後ろから肩に回し、つい、と背伸びした。唇がふれあい、融け合っていく。頭の中が真っ白になる。足元もふらついてくる。そのまま、二人してベッドの上に倒れこんでしまった。

 ……どれだけそうしていたのか。息も絶え絶えに体を起こし、沙希の顔を見下ろす。上気した頬、潤んだ瞳。乱れた髪。

「プレゼント」

 かすれた声で沙希は言った。

「……先にもらっちゃったね」

 俺の声もかすれていた。

 沙希は両手を伸ばして、俺の頬を撫でた。暖かい手。

「まだよ。いっぱい残ってるもの」

「おいおい……」

 さすがに恥ずかしいのか、沙希は横を向きながら続けた。

「いいじゃない。減るもんじゃないんだから」

 女の口から言うなよな。

 そうは思ったが、口には出さなかった。俺は起き上がり、ベッドから降りた。

「あ……」

 沙希は名残惜しそうだったが、俺の方はもし今度火が着いたら絶対に爆発してしまうとわかっていたので、冷静さを取り戻そうと必死だった。床から学生服を拾い上げ、埃を払って肩にかける。鞄を探す。あった、テーブルの上だった。

「じゃ、帰る」

 ドアに向かう。その背中に、沙希が飛びついてきた。

「沙希……」

 両手を身体に回して必死にしがみついてる。

「また……迎えに来てくれる?」

「もちろんさ」

「学校の帰りに……送ってくれる?」

「ああ」

 沙希は、くるりと俺の前に回りこんだ。顔を見上げる。泣いていた。


「また……キスしてくれる?」


 返事はいらなかった。そっと唇を重ねる。挨拶代わりの軽いキス。恋人同士の日常的な触れあい。

「また明日」

 そっと囁く。沙希は頬を染めてこくんとうなずいた。俺はドアを開けた。

 廊下には十人前後の看護婦が固まっていた。俺の顔を見ると蜘蛛の子のように散っていく。俺は後ろ手にドアを閉めるとぼそりといった。

「……見ましたね」

 散りかけた看護婦どもが凍りつく。

「ご、ごめんなさ~い」

 口々にそう言いながら逃げていく。もういいや。なんだか、からかわれるのにもいい加減飽きた。開き直っちまえ。


 俺の誕生日当日。

 学校から一人で帰るのは久しぶりだ。準備があるというので、沙希は一人で先に帰ったのだ。沙希と浜田さんと俺。三人だけのささやかなパーティー。思えば、沙希の誕生パーティーはやってなかった。まあ、あの河原での食事がそうだと言えなくもないか。

 来年。沙希の誕生日を祝うことができるだろうか。ついそんなことを考えてしまう。考えてもどうしようもないのに。

 この日だけは家庭教師を休みにしてもらっってあった。私服に着替えて家を出たとき、時間が早すぎることに気づいた。約束の時間は七時だが、まだ六時前だった。仕方がないので、公園のほうを回っていくことにする。その途中で、浜田氏に会った。なぜか、この人は俺の待ち伏せが得意らしい。


 公園のベンチに腰掛け、浜田氏は話し始めた。誕生日のプレゼント代わりだよ、と前置きをして。

 内容は、思ったとおり沙希の病状についてだった。浜田氏によれば、小さな腫瘍が全身にできつつあるという。だが、癌の腫瘍自体は別に毒素を出すわけではない。周りの組織を圧迫することで被害をもたらすのだ。だから、今急に様態が変化することはないが、それらが大きくなれば問題となる。

 癌の恐ろしさは、条件が揃えば爆発的に増殖する点だ。普通の組織の何十倍というスピードで大きくなり、周囲の組織を圧迫し、壊死させていく。そこに神経があれば、ものすごい痛みを伴う。血管があれば流れが止まり、さらに多くの組織を死なせる。

 制癌剤で癌細胞の増殖を抑えることはできる。うまくすれば、死滅させることも。しかし、制癌剤は正常な細胞も傷つけてしまう。沙希の体質は制癌剤に弱く、夏の間に試したどの薬も、体力を損なう度合いが多くて見送られたのだ。手術も放射線も、全身に散在する腫瘍には無力だった。

 つまり……一旦癌細胞が増殖をはじめれば、止めるための手段がない、ということだ。

 沙希の最期は地獄だろう。母親の時と同様に。浜田氏は感情を込めずに言った。


 残酷なプレゼントだった。だが、俺が何よりも必要としていた情報だ。家族でもない俺に、医者も看護婦も真実を教えてはくれない。沙希の病状を知らなければ、あいつの為に何もしてやれないのだ。


 もう一つ、気になることがあった。浜田氏だ。身体はいたって健康なはずなのに、会うたびにやつれていく。この人にもしものことがあれば、俺は沙希のそばにいてやれなくなる。

「浜田さんは大丈夫ですか?」

「……ああ」

 吸ってもいいか、と確認してから、煙草に火をつける。

「ごらんのとおり、禁煙する気もないしな」

「家では吸わないんですね」

「ベランダで」

 なるほど。

 煙草を大きく吸い込む。この人の、大事な話をする前の癖だ。俺は身構えた。

「君に頼みがある」

 煙と共に言葉を吐き出す。

「なんですか?」

「沙希の願いをかなえてやってくれ」

「俺は……医者でも神様でもありませんよ」

 医者になりたい。そう願って努力はしているが、それこそ十年以上早い。

「あの子は死ぬ覚悟はできている」

「だったら……」

「沙希を……女にしてやってくれ」


 ――今、なんて言った?

 俺は自分の耳を疑ってしまった。


「悔いを残さないように」

 ……何を言ったらいいのだろう、俺は。

「私は沙希のことしか考えていない」

 ……それは、俺も同じですよ。

「沙希が死んだ後、君がどうなろうと構わない」

 ……俺も、構わない。

「酷い人間だな、私は」

「同じ人間ですよ、俺と」

 同じだった。この人と俺の願いは同じだった。

 ……沙希の残りの人生が、悔いのないものになるように。

 そう、俺はその後のことは考えていない。俺は医者になるだろう。そして、死ぬまで患者の為に病気と闘うだろう。だが、その闘いは決して報われない。最愛の人間を失った、復讐戦にすぎないのだから。

 それでもいい。それでいいんだ。


 約束の時間ぴったりに、俺たちはマンションに着いた。浜田氏は当然鍵を持っているのだが、俺にインターホンを使うように薦めた。

「はい、浜田です」

 沙希の声が弾んでいる。

「俺だけど」

「入って!」

 エレベータホールへのドアが開いた。

 エレベータを降りて玄関まで行き、呼び鈴を押す。パタパタと走ってくる音がして、ドアがガチャリと開き、ペパーミントの弾丸が胸に飛び込んできた。

「沙希……」

「いらっしゃい」

 ふわり、といい香りがした。一瞬、沙希が着ているペパーミント色のカーディガンの香りかと思ったが、ゆるい三つ編みにした髪の毛だと気がつく。心なしか、いつもよりしっとりしていた。シャワーでも浴びたのだろうか。

 そっと身体を離すと、沙希は俺を見上げて目を閉じる。せがまれると断れない。あの病室以来習慣になった、挨拶のキス。

 もう一度、確かめるように俺の肩に顔をうずめ、うーん、と息を吸い込む。

「聡の匂い」

 クスクス笑う。

「沙希もいい匂いだよ」

 ちら、と室内に目をやり、

「あっちもいい匂いだ」

「そうだ、早く入って」

 沙希はぱっと体を起こすと、俺の手を引いて玄関に入ろうとした。その時初めて、エレベータの横に立つ父親に気がついた。

「……お父さん、いつから?」

「最初から」

 沙希は真っ赤になった。

「ああ、そうだ。公園で一緒になったんだ」

「ひどい、黙ってるなんて」

「ごめん。だって、沙希がいきなりなんだもの」

「入ってもいいかな?」

 浜田氏が言った。

「どうぞ」

 俺たちの声が揃った。

 顔を見合わせ、三人ともクスクス笑う。


 ……思えば、浜田氏が笑うのを見たのは、後にも先にもこの時だけだった。


 室内には料理の香りが漂っていた。先に帰った沙希は、よほど腕を振るったのだろう。中学生が作ったとは思えないような、豪勢な料理が並んでいた。浜田氏がシャンパンを抜いて、俺も沙希も一杯だけもらった。

「おいしい」

 沙希はそういうのだが、俺はコーラの方がうまいと思う。

 ひとしきり飲み食いして、色々な話に花が咲く。傑作だったのは、浜田氏が撮った体育祭のビデオだった。見るのは確か二度目だが、俺は自分のアホ面を何度も見返して大笑いした。


 その時、電話が鳴った。浜田氏が出て、しばらく話してからこちらにきて言った。

「すまない、仕事が入ってしまった」

 沙希の表情が曇る。

「断れないの?」

「客先でシステムがダウンしたらしい。今夜中に復旧しないと」

 そういえば、浜田氏はコンピュータ技師だった。

「今夜は帰れないな」

 上着を着ながらそう言った。

「あ、じゃあ俺もそろそろ」

「そんな……」

 沙希が泣きそうな顔になる。辛いけど……。

「君はゆっくりしてってくれ」

「でも……」

 浜田氏の後を俺は追いかけた。

「やっぱり、俺……」

 玄関で、浜田氏は肩越しに言った。

「沙希のことを、頼む」

 ドアが閉まった。

 今、この家には二人きり。

 どうしよう。どうする?

 俺は閉まったドアを見つめて呆然としていた。沙希が後ろから抱きすくめてくる。

「まだ言ってなかったよね、聡」

 俺の前に回りこむ。

「お誕生日、おめでとう」

「……ありがとう」

 退路を断たれてしまった。沙希に押されるようにして、すごすごとリビングへ戻る。

「そうだ、プレゼントなんだけど」

 思い出したように沙希が言った。

「見せたいものがあるの」

「なんだい?」

「ちょっとまってね、部屋にあるの。準備ができたら呼ぶから、来てね」

「いいけど」

「まだ帰っちゃだめよ」

「わかった、黙って帰ったりしないから」

 沙希は自分の部屋へ下がった。俺は、テレビの画面に目を向けた。体育祭の光景。浜田氏が撮ったので、当然ながら沙希がずっと映っている。俺は気がついた。沙希の視線が、ずっと俺を追いかけていることに。俺が沙希ばかりを見ていたように、沙希も俺ばかりを見ていたのか。


「聡……来て」


 部屋の方から沙希の呼ぶ声がした。俺はビデオを止めてリビングを出た。

「あけるよ、沙希」

 そう言ってドアを開けると、沙希が立っていた。

 一糸まとわず、全裸で。胸と股間を手で隠し、頬ばかりか全身を上気させて、部屋の真中に立っていた。うつむいた顔の表情は、羞恥と恐れと期待が入り混じっていた。

「……沙希……何を」

「見て欲しかったの」

 沙希はそう言うと、ゆっくりと両手を広げた。おずおずと。拒否されないかとおののきながら。隠すものの何もない裸身が、目の前にある。

「今のわたしを。十四歳のわたしを見て」

 おれは後ずさりしようとしてよろけた。廊下の反対側の壁にぶつかる。

「沙希……沙希……」

 言葉が出てこない。


(今日という日は二度と来ない)


 奥多摩での言葉が蘇る。

「恥ずかしいけど……死ぬほど恥ずかしいけど、聡にだけは見て欲しかったの」

(沙希の願いをかなえてやってくれ)

 浜田氏の言葉。

 もう限界だった。俺は部屋に踏み込むと、沙希の裸身を抱きしめた。

「沙希……」

「聡……聡……」

 互いの名前を呼び合うのがやっとだった。何も考えられなかった。

 沙希の唇をむさぼる。両手で背中から尻へと撫でる。上半身は背骨や肋骨が感じられるほど細いのに、尻は柔らかく、しかも張りがあった。上気しているためか、真珠のような肌はしっとりとしている。吸い付いてくるような感触。


「聡……わたし……立ってられない……」


 沙希は全身を震わせていた。脚ががくがくとしてる。俺はそっと抱き上げた。沙希は目を閉じ、両手を胸の前で組んでいた。祈るように。

 そのままベッドに運ぶ。横たわる沙希を見下ろす。俺は……俺はどうしたら……。

「さ……とし……お願い……お……ね……がい……」

 涙を流しながら、沙希は俺に向かって両手を差し伸べた。俺は、けだもののようにうめきながら服を脱ぐと、沙希の上に覆い被さった。

 発育途上の、小ぶりな乳房。舌を這わせるたびに沙希は背をそらして悶える。俺の心臓は完全に暴走状態だった。硬くなった乳首を口に含み、夢中になって吸う。沙希の口からは、うわごとのように意味不明の言葉が漏れた。やがて舌を這わせながら、身体を下へずらしていく。

 沙希の股間は、ようやく産毛が生え出したところだった。秘所を隠すものは無いに等しい。俺が顔を近づけると、沙希の両膝が振るえながら開いて迎えた。あまりの恥ずかしさに、沙希は激しく喘いでいる。


 言うまでもないが、女性のこの部分を見るのは生まれて初めてだった。悪友から、軟体動物のようで気色悪いなどと聞いたことがあったが、たしかにそれは、清楚な沙希には似つかわしくないものに思えた。

 だが、紛れも無く沙希の一部で、ひくひくと波打つように動いていた。おずおずと、手を伸ばしてそのひだに触れる。


「あうっ」


 沙希が喘ぐ。

「ごめん、痛かった?」

 沙希は懸命に首を振る。

「ち……違う、痛くない」

 握った拳を口に当て、激しく何度か息をして、ようやく言葉を搾り出す。

「痛いんじゃなくて……いいの」

 ひだの間の裂け目から、透明な液体がにじみ出てきた。心臓ばかりか脳までが暴走しだした。もはや何も考えられず、本能のままに動き出す。

「沙希!」

 沙希の両膝が俺の身体を両側から締め付けた瞬間。

 主を裏切った俺の一部が暴発した。


* * *


 二人でシャワーを浴びる。……無言で。

 俺の肩の上に頭を預け、沙希は俺の背中の筋肉を両手で撫でている。俺もお返しに沙希の背中を愛撫する。心地よかったが、任務を放棄してしまった俺の一部は、もはやまったく反応しなかった。

 沙希の腹部に飛び散った精液は、なかなか落ちなかったので、俺は何度もボディーソープをつけてこすってやった。沙希はそれだけでも感じるらしく、うっとり目を閉じていた。沙希の腹の肉は薄く、撫でるとわずかな腹筋の凹凸までがはっきり感じられた。

 洗い終わってから、滴る湯の下でこうして抱き合う。腕の中の、愛しい恋人。

 俺たちは、一線を越えたのだろうか? でも、沙希はまだ処女だ。だが、抱かれることの喜びをすでに知ってしまった。

「……やっちゃったね」

 沙希がつぶやく。

「ごめん、へたくそで」

 沙希はクスクス笑う。

「最初は誰でもそうよ……多分」

 中学生の言う言葉じゃないな……。そう思ったが口にはしなかった。そのはずなのに。

「中学生なら、こんなことしないわね、普通」

 沙希にはわかっちまうんだな。

「わたしたち、まだ子供なのかな」

 わからない。……だが、その次の言葉は、聞きたくなかった。

「わたしは……大人になれるのかな」

 沙希。言わないでくれ、沙希。

 シャワーで涙が隠せるのが、せめてもの救いだった。

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