第19話 ドリンク作りの練習 その1
アーリアが<バー ドロップ>で働き始めてから丁度10日目。
準備を済ませ、営業を開始した雫は客が来るまで彼女に酒の説明ではなく、別のことを教えることにした。
「アーリアちゃん、今日からはドリンクを作る練習をしよっか!」
「え、いいんですか!?」
「うん。アーリアちゃん頑張ってるし! それにお酒もだいぶ覚えてきたしね!」
アーリアは物覚えが非常に早い。
任せた仕事はもう完璧だし、一度説明した酒はしっかりと知識として身につけている。
それ故、雫はもう次の段階に移ってもいいだろうと判断したのだ。
「やった! 私、頑張りますっ!」
アーリアは嬉しそうに言葉を返す。
口には出していなかったが、やはりドリンクを作りたかったのだろう。
「うん! じゃあ道具の使い方から教えるね。まずはこれ」
雫が手に取ったのはバースプーン。
柄の中央が螺旋状に捻れている細長いスプーンだ。
「あ、それってお酒を混ぜるのに使うやつですよね!」
「そうそう。これはバースプーンっていう道具なんだ。握り方はこう」
雫はバースプーンを一本彼女に手渡し、もう一本を用いて手本を見せた。
「こ、こうですか?」
「うん、合ってる! それで動かし方なんだけど、これはこうやって中指と薬指だけで回すんだ」
そう言って、雫は水と氷を入れたグラスを二つカウンターの上に用意。
その中にバースプーンを入れ、グラスの内側をなぞるようにクルクルと回した。
「わかりました、やってみます!」
アーリアも同じようにグラスの中でバースプーンを動かした。
すると、ガラスと金属がぶつかり合ってカチャカチャとした耳障りな音が鳴り響く。
「あれ? マスターの時は音が鳴らなかったのに……」
「それはバースプーンを上手く回せていないからだね。でも最初はみんなそうだから、焦らずゆっくりと練習していけば大丈夫!」
「わ、わかりました! たくさん練習します!」
「頑張ってね! それで次はこれ」
次に手に取ったのは酒の容量を量るための道具――メジャーカップ。
容量の異なるカップが対になっている、砂時計のような形をしたものだ。
「それってお酒を量るために使うやつですよね!」
「そっ! これは人差し指と中指で挟んで、こう持つんだ」
「こうですか?」
「うん! そうしたらお酒やジュースをこれで量って、グラスに向かって外側に倒すようにして入れる。こんな感じ!」
雫は水差しからメジャーカップに水をなみなみと注いで、グラスに入れた。
「はい!」
アーリアも同じようにやってみると、まだぎこちなさはあるが問題なくこなせた。
「うん、ばっちり! どのくらいお酒を使うかは後々教えていくから、まずは使い方だけ覚えてね!」
「わかりました、ありがとうございます!」
「それじゃあ、他には――」
その後、雫は氷や材料を掴むトングについての説明を終えたところで、本日初となる客がやってきた。
二人は話を切り上げ、仕事を開始した。
☆
<バー ドロップ>は今日も何事もなく、無事に営業を終えた。
「アーリアちゃん、今日もお疲れ様! じゃ、乾杯!」
「はい、お疲れ様です! 乾杯、です!」
今日のドリンクは彼女からリクエストされたカクテル――スクリュードライバー。
ウォッカのオレンジジュース割りだ。
それを美味しい美味しいと言いながら飲み終え、さあ解散しようとしたところ――
「あの、マスター。この後、残ってドリンクを作る練習をしていってもいいですか?」
アーリアが思いもよらないことを口にした。
「……えっ? う、うーん……」
対し、雫はあまり気乗りしない様子を見せる。
それもそのはず、今日も変わらぬ忙しさでもう身体はクタクタだ。
彼女の熱心な気持ちに応えてあげたいのは山々だが、雫は正直もうゆっくりしたいと思っていた。
「お願いします! あ、もちろんマスターは帰っていただいて大丈夫です! 任せてもらえるなら私が戸締りしておくので」
そう聞いて、雫はピンときた。
(そっか。別に僕が付きっきりでいる必要はないんだ。アーリアちゃんなら任せられるし……よし!)
「わかった、それならいいよ! せっかくだし、この機会にアーリアちゃんにも鍵を渡しておくね」
そう言って、雫は金庫の中からスペアキーを取り出し、彼女に手渡した。
「い、いいんですか?」
「うん! アーリアちゃんなら信頼できるし! あ、でも無くさないようにね」
「ありがとうございます!! はい、約束します!」
受け取った鍵をギュッと握りしめつつ、アーリアは答える。
まあ、彼女なら心配は不要だろう。
「それじゃあ悪いんだけど、僕はクタクタだからもう帰るね。アーリアちゃんもあまり頑張りすぎないように。じゃ、お疲れ様!」
「はい、お疲れ様でした!」
さすがは元冒険者、雫と違ってアーリアに疲れは一切見られない。
12時間弱働いても、なお元気なアーリアを店に残して、雫は2階の自宅に帰宅。
食事やシャワーをゆっくりと済ませてから、夢の世界に旅立った。
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