第20話 ドリンク作りの練習 その2
翌日。
支度を済ませた雫はいつも通り、開店の一時間程前に家を出た。
そして店の扉の前に立ち、挿した鍵を回した瞬間に違和感を覚える。
「……あれ?」
シリンダーが回る感覚がないのだ。
それはつまり、元から解錠されていたことを意味する。
きっと、昨夜アーリアが鍵を締め忘れたのだろう。
そう考えた雫は盗人に入られていないかを確かめるために、急いで扉を開いた。
すると、アーリアがカウンターに立って、グラスの中でバースプーンを回している姿が目に入った。
(なんだ、先に来てただけか。それにしても早く来て練習するなんて、アーリアちゃんは本当に頑張り屋さんだな)
鍵を締め忘れた訳ではないことにホッとした雫は、アーリアに元気よく声を掛ける。
「アーリアちゃん、おはよう!」
「…………」
しかし、返事は返ってこない。
それどころか、店に入ってきた雫に目もくれず、その視線はずっとグラスに向けられている。
「あの、アーリアちゃん……?」
雫は彼女の隣まで歩いて肩を叩くと、その瞬間アーリアがビクッと身体を震わせた。
「――あ、マスター! おはようございます! すみません、集中してて気が付きませんでした」
「う、うん、おはよう……って、えっ!?」
昨日、動かす度にカチャカチャと音を立てていた彼女が、今ではほとんど音を立てずにスルスルと回せている。
さすがに雫ほどとまではいかないが、店に立たせても恥ずかしくないだけの技術を既に身につけていた。
「アーリアちゃん、もしかして昨日の夜からずっと……?」
「いえ、一回帰りましたよ! 身体を洗って少しだけ寝てからまた来ました!」
「そ、そっか。それより、アーリアちゃん凄いよ! まさか一日でここまで上手くなるなんて!」
バースプーンを回す動作のことをステアと呼ぶ。
そのステアは一見簡単そうに見えて、上手くこなすのは非常に難しい。
とても一朝一夕で形にできるものではないが、彼女はそれをやってみせた。
元から手先が器用だったのかもしれないが、真っ赤になった中指と薬指から見て、きっとアーリアは無我夢中になって一生懸命練習していたのだろう。
「ありがとうございます! でも、まだマスターみたいには……」
「いや、さすがに一晩で僕と同じくらいになられたら困るよ……。でも、本当に凄い! これならドリンク作りを教えてもいいかな!」
「ほ、本当ですか!? やった……!」
アーリアは胸の前で両手を握りしめながら、嬉しそうに言葉を漏らした。
「うん! それじゃあ、営業の準備を済ませたら教えるね。今日も氷お願いしていいかな?」
「あっ、氷ならもう用意しておきました! 掃除も済んでます!」
店を見渡すと、確かにもう店内はピカピカだ。
一応冷凍庫もチェックしたところ、大量の丸氷が既にストックされている。
「あ、ありがとう! じゃあ僕も急いで準備するからちょっと待っててね」
☆
諸々の準備を終え、店を開けた雫は早速アーリアにドリンク作りを教えることにした。
「よし! それじゃあ、ドリンク作りを……っとその前にまずは容量について教えるね」
「はい、お願いします!」
「えっと、このメジャーカップの大きいほうが45ml、小さいほうが30ml……なんだけど、わかるかな?」
雫はメジャーカップを手に取り、ひっくり返しながらアーリアに伝える。
「はい、45mlと30mlですね!」
異世界である以上、ミリリットルという単位は存在しないだろうが、翻訳のおかげで伝わっているようだ。
これなら説明しやすい。
「うん! じゃ、本題のドリンク作りに入ろうか! まずはウイスキーから。ウイスキーにはいくつか飲み方があってね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。ビビアンさんやゴンズさんがいつも飲んでる、氷を入れて飲むのが――」
「ロックですね!」
「そっ! ロックはこのグラスに氷を入れて、後はウイスキーを注ぐだけ。量は30mlで、どんな飲み方でもその量は一緒!」
雫はロックグラスをカウンターに置き、メジャーカップを用いて水を量り入れた。
「ウイスキーは30mlですね、はい覚えました!」
「うんうん。それで他の飲み方なんだけど――」
その後、雫はストレート・水割り・お湯割り・ハイボール・トワイスアップと、ウイスキーの代表的な飲み方について順に説明した。
なお、ハイボールはソーダ割り。
トワイスアップはウイスキーと水を1:1で割る飲み方である。
「へえ、色々な飲み方があるんですね!」
「うん! ちなみにブランデーも一緒だから、併せて覚えておいて!」
「ブランデーも同じですね、わかりました!」
「それで次はカクテルなんだけど……。ちょっと待っててね」
雫は棚から紙とペンを取り、アーリアに手渡した。
アーリアが文字を書けること、ペンを使えることは事前に確認済みだ。
「これから僕が言うことを書いていってくれるかな?」
「はい! わかりました!」
「ジントニック。ライム、ジン45ml、トニックウォーター」
「……トニックウォーターっと。はい、書けました!」
紙を覗くと、確かに何か文字らしきものが綴られている。
最近わかったことだが、翻訳されるのは言葉だけ。
なので何が書かれているのかはわからないが、まあ彼女ならしっかりとメモしてくれているだろう。
そう考えた雫はさらに口を動かした。
「スクリュードライバー。ウォッカ45ml、オレンジジュース」
「はい!」
「スプモーニ。カンパリ30ml、グレープフルーツジュース45ml、トニックウォーター」
「書けました!」
「テキーラサンライズ――」
これを繰り返し、代表的なカクテルのレシピを25種類ほど伝えたところで客が来店。
説明を中断し、二人は接客作業に入った。
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