第18話 変わった注文

 ある日の昼下がり。


「カッコいい名前……ですか?」


 雫はゴンズの紹介で来たという男の言葉を繰り返した。


「ああ、カッコいい名前の酒を飲ませてくれ!」


 バーテンダーをしていると、時折ときおり抽象的な注文を受ける。

 これまで雫も、見た目がおしゃれな酒・自分に似合う酒・珍しい酒など様々な注文を聞いてきた。


 だが、カッコいいの酒を出してくれと言われたのはさすがに初めてだ。

 故に雫は頭を悩ませていた。


(カッコいい名前かぁ。うーん……)


「あ、だったらガルフストリームはどうですか? 響きがカッコいいですよ!」


 雫が酒の名前を頭に思い浮かべていると、アーリアが男に提案した。


「ガルフストリーム……か。確かにイカしてるが、ピンとは来ないな」


 どうやらガルフストリームは違うらしい。


「……でしたら、僕がお酒の名前を次々に言っていきますので、良いのがあればおっしゃってください」


 困った雫はひとまず後ろの陳列棚バックバーを見ながら、自分がカッコいいと感じる語感の酒を羅列られつすることにした。


「おう、すまねえ。どうしてもカッコいい名前のがいいんだ」

「いえいえ。では――ラガヴーリン、グレンゴイン、レミーマルタン、シャルトリューズ、サザンカンフォート、フィンランディア……どうでしょう?」

「うーん……。悪いが、他にも聞かせてくれ」


 基準がわからないが、どうやら違ったようだ。


「では次はカクテルで――スティンガー、アイスブレイカー、エル・ディアブロ、ラスティ・ネイル、ジャック・ローズ」

「――それだっ!!」


 突然の大声に、雫とアーリアはビクっと身体を震わせた。


「ジャ、ジャック・ローズですね! リンゴやベリーは苦手ではないでしょうか?」

「おう! 苦手な物はねえから、どんなものでも大丈夫だ。そいつを頼む!」

「そうですか、かしこまりました。少々お待ちください!」


 雫はカクテルグラスを冷凍庫に入れてから、シェーカーを用意する。


 次に手に取ったのは、リンゴのブランデー。

 中でも今回使うのは、特定の地域で作られた良質なアップルブランデーのみがそう名乗れる――カルヴァドスである。


 それを量り入れると、続けざまにライムジュースとグレナデンシロップを加え入れた。


 グレナデンシロップとは、ザクロの果汁を用いた甘い赤色のシロップ。

 かき氷に使う、イチゴのシロップに近い味わいをしたものだ。


 それら3種の液体をバースプーンで混ぜ合わせて味をチェック。

 問題がないことを確認すると、氷をたっぷりと詰めて胸の前で激しく前後に振る。


 氷とステンレスがぶつかり合う、カラカラとした小気味いい音が店内に鳴り響く中、

 

「へぇ、話には聞いてたが、確かにすげーな」


 男がそう言い終わったのと同時にシェークを終えた。


 そのまま冷凍庫からカクテルグラスを取り出し、男の前に差し出してから中身を注ぐ。

 するとその名前の通り、バラを連想させる鮮やかな赤色の液体がグラスを染めた。


「お待たせしました。ジャック・ローズです!」

「おう、じゃあ頂くぜ」


 男はカクテルグラスの脚を掴み、グラスをゆっくり口に運ぶ。


 その間、雫はシェーカーに残っている僅かな液体をテイスティンググラスに注ぎ、アーリアに手渡した。


 これは酒の味を覚えてもらうためであるのと――


「おお、こいつぁ美味えや! ゴンズの野郎が言うこともたまには信じてみるもんだな!」

「甘酸っぱくて爽やかで、でもそれだけじゃなくて……なんて言ったらいいかわからないけど美味しいですっ!」

「なっ! 何つーか深みがあるっていうか!」

「はい! 大人の味ですっ!」


 こうして客との会話を盛り上げてもらうためである。


 本来、日本のバーでこのようなことはしないが、ここは異世界。

 この行動に文句を言う客もいないために、雫はこのようなやり方を取るようにしたのだ。


 結果、それは上手く作用してくれている。


「気に入ってもらえたようでよかったです!」

「おう! 抜群に美味えし、見た目もいい。それに何より、名前がイカしてやがる! 今日は来て本当によかったぜ!」


 その言葉に雫は喜びを感じると共に、疑問が浮かんだ。


(どうしてこの人は名前をそこまで気にするんだろう……)



 ☆



 翌日。


 木々が生い茂る森の中で、4人の男が頭に立派な角を生やした黒い馬と対峙していた。


「――俺に任せろ!」


 その内の一人――先日ドロップに訪れた男が飛び出し、両手で握った剣を黒い馬に向かって目にも留まらぬ速さで何度も突き刺す。

 やがて、その馬はけたたましい鳴き声を上げ、その場にバタっと横たわった。


「おお! やるな!」

「すげーじゃん! いつの間に新しい技を覚えたんだよ!」

「何なんだよ、さっきのは!? 初めて見たぞ!」


 馬の魔物を仕留めた男に、他の3人が次々に声を掛ける。

 すると、その男はニヤリと笑いながら口を動かした。


「さっきのは俺の新技でな! 密かに特訓を重ねて身につけたんだ。その名も――」

「「「その名も……?」」」

「ジャック・ローズだ!!」

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