第13話 思い掛けない申し出

 このニーログーネ王国では、冒険者という職業がある。


 アーリアもその内の一人で、ランクはEランクだ。

 彼女は冒険者になる際にギルドで行われる、教育課程を通じて仲良くなった同年代の女性三人とパーティー<タンポポの花>を組んで活動していた。


 そして今日は討伐の依頼をこなすため、<タンポポの花>の4人は朝から王都を出発。

 その帰り道のことである。


「はぁ。今日もダメだったなぁ。こうも失敗続きだと、そろそろ討伐依頼を引き受けられなくなっちまうかもな」


 先頭を歩いている狼の獣人――エリベールからそんな言葉が漏れる。


「そうですね……。前回も前々回も失敗でしたし……」


 それに同調したのは、パーティーのリーダーである魔術師――メリル。


 <タンポポの花>は、引き受けた討伐依頼を今日も達成できなかった。

 Eランクの冒険者パーティーであれば、本来は簡単にこなせる依頼であったのにも関わらずだ。


 その原因は――


「……ごめんなさい。わ、私のせいで……」


 アーリアである。


 彼女は生まれつき平均よりも魔力が少なく、初級の魔法しか行使できなかった。

 その威力も他人よりずっと劣っており、魔物にダメージを与えることすらもままならない。

 武器を用いた近接戦がテンでダメなのは言うまでもないだろう。


 そのせいで戦闘においては全く役に立てず、討伐依頼をことごとく失敗に導いていた。

 しかし、そんな彼女を他のメンバー3人は一度たりとも責めはしなかった。


「別にアーリアだけのせいじゃねーよ! あーしが弱いのも悪いんだし。だから気にすんな!」

「そうですよ。何よりの原因はリーダーである私にあります。ですからアーリアが気に病むことはありませんよ」

「……パーティーの失敗は……パーティーみんなの責任……。だから……気にしちゃダメ……」


 謝るアーリアに対し、いつものようにエリベールとメリル、それに猫の獣人である――パスカが優しく声を掛ける。


 その言葉を聞いて、アーリアは一層胸を痛めた。


(もうこれ以上、みんなに迷惑を掛けたくない……)


 そんな気持ちから、今まで避け続けてきた言葉をつい口にしまった。



「私……今日でパーティーから抜けます」

「「「……えっ?」」」


 歩いていた3人が足を止める。

 アーリアはそのまま一人で少し歩いてから立ち止まり、振り返ってこう言った。


「冒険者に向いていないって自分でもわかったんです。だからこれからは他のお仕事をしようかなって……」


 すると、エリベール・メリル・パスカはそれぞれ互いの顔を見合わせる。

 そうしてひと呼吸置くと、3人は同時に大きく頷いた。


「お前がそう言うなら、あーしは止めねえさ。今までありがとな!」

「アーリア、あなたが<タンポポの花>を抜けても私達は友達です。何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」

「……アーリア、ありがとう……。これから……頑張ってね……」


 3人から引き留める言葉は一切出てこない。

 それもそのはず、アーリアが抜けるのであれば、代わりに新たなメンバーを迎え入れられるのだ。

 そうすれば、少なくとも現状よりはマシに依頼をこなせるだろう。


 彼女らもアーリアのことは大切な友達だと思っているため、自分達から抜けてくれとは口が裂けても言えない。

 そんな中、アーリアが自分から抜けると言い出したのだ。引き留める理由はどこにもなかった。


 それをアーリア自身もわかっていたからこそ、これまで言い出せなかった。

 何せタンポポの花から抜けたとしたら、新たなパーティーに入るか、冒険者を引退して他の仕事を始めるしかない。


 とはいえ、自分なんかを拾ってくれるパーティーはまずないだろう。

 かと言って、他の仕事を始めようにもこれといって出来ることもないため、どこにも雇ってもらえない可能性が高い。


 故にタンポポの花を抜ける訳にはいかず、今日まで避けてきた言葉だが、あまりの申し訳なさにとうとう限界を迎えた。


「はい! これまでお世話になりました! それとみんなありがとう! じゃあ、私はもう行きますねっ」


 無理矢理笑顔を作って3人にそう告げたアーリアは、一人で王都に戻った。



 そうして、改めて実感させられた冒険者としての自分の価値のなさ。

 仲間に迷惑をかけてしまっていたという罪悪感。

 さらにこれからどうしていけばいいのかと、様々な悩みを抱えて歩いたところをビビアンに声を掛けられたのだった。



 ☆



「――という訳なんです……」

「なるほど、ね。アーリアちゃん、とりあえずこれだけ言っておくわ。あなたは立派よ。それに優しいわ」

「えっ……?」


 ビビアンはウイスキーを一口飲んでから、アーリアに向かって真剣な表情でそう言った。


「ビビアンさんの言う通りです。友達や仲間のために自ら身を引くなんて、そう簡単にできることではありません。僕も立派だと思いますよ」


 続いて、雫も感じたことを彼女に伝える。

 これは社交辞令ではなく本心によるものだ。


「そ、そうでしょうか……?」

「そうよん! あなたは仲間を想って、その勇気ある決断をした。そんなこと大人だって中々できないわ!」

「ですね。本当にアーリアさんは凄いことをしたんです! ですから、どうかそんな自分を誇ってあげてくださいね」


 雫とビビアンの言葉を聞いて少し恥ずかしくなったのか、アーリアは顔を赤らめた。

 それを誤魔化すかのようにグラスを両手で掴み、ゴクゴクとガルフストリームを飲み干す。


「ぷはぁ!」

「あら、いい飲みっぷりだこと! よし、雫ちゃん! タリスカーとガルフストリームお代わりね! あっ、アーリアちゃんは他のがいい?」

「いえ、さっきのがいいです! とっても美味しかったので!」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」


 少しは気が楽になったのか、アーリアは明るい表情を浮かべている。

 そんな彼女の様子を見て、雫も笑顔になりながら作業に取り掛かった。


「それでアーリアちゃん。これから先どうするかはもう決めてるの?」

「いえ、それが全然……。冒険者としてやっていくのはもう無理そうですし……」

「そう。なら、うちで働いてみる? もちろんアーリアちゃんがよければだけど」

「……えっ? い、いいんですか?」

「もちのろんよ! アーリアちゃん可愛いし、看板娘になってもらおうかしら! あ、最初は掃除とかの雑用からになっちゃうけど」

「ぜ、ぜひ、お願いします!」


(ビビアンさん、本当にいい人だな。アーリアさんも仕事が見つかってよかった。これで一件落着だ)


 聞こえてきた会話にそんなことを思いながら、雫はドリンクを仕上げる。


 そうして二人にお代わりを提供した直後――


「あ、いらっしゃいませ!」

「よう、マスター! 8人なんだがいけるかい?」


 ダグラスが城の兵士をぞろぞろと連れてやってきた。

 一昨日判明したことだが、ダグラスは冒険者ではなく、国を守る兵士だったようだ。


「はい! では、こちらのテーブル2つをお使いください! それで今日はどうされますか?」

「おう! そうだな、今日は――」



 それからの<バー ドロップ>はまさに戦場であった。

 ダグラス達が来てからしばらく後、偶然新規客が重なって一時は<バー ドロップ>の開店以来、初の満席にもなった。


 雫は休む間もなく動き続け、気付けばもう閉店の時間。


「――おっと、もう閉店だな。んじゃ、俺は帰るわ。また明日な」

「はい! ゴンズさん、いつもありがとうございます! おやすみなさい」


 最後の客であるゴンズを見送り、ランプのスイッチを切った雫はカウンター席にどかっと腰を下ろした。


「ふぅ。つ、疲れた……」


 バーテンダーを始めてからの4年間で、今日が今までで一番の忙しさだった。

 もう立ち上がるのも辛いほどヘトヘトの状態だが、その分信じられないほどの売り上げを記録。

 まさに嬉しい悲鳴というやつだ。


 その後、雫は気合いで片付けと売上計算を済ませ、二階の自宅に戻るとベッドに一直線。

 目覚ましをセットしたのと同時に意識を失った。



 ☆



 翌日。


 ぐっすり寝たことで体力が回復した雫は食事やシャワーを済ませ、いつもより早く家を出た。

 もう氷が尽きてしまうため、その調達にいくためである。


 ゴンズによるとこの国に氷屋なんてものはないが、氷の魔法を使える魔術師に頼めば綺麗な氷を手に入れられるだろうとのこと。

 なので今日は、噂に聞いていた冒険者ギルドに依頼を出してみることにしたのだ。


 そうして準備を済ませて家を出た矢先、雫は一階の店の前に見覚えのある人物の姿を確認する。


(ん? アーリアさんだ。どうしたんだろう)


 急いで階段を降りると、雫に気付いたアーリアが声を掛けてきた。


「あっ、おはようございます! 昨日は色々とありがとうございましたっ!」

「おはようございます、アーリアさん。こちらこそ昨日はどうも! それでこんな早くにどうしたんですか?」


 アーリアはひと呼吸置いてから、雫の目を真っ直ぐと見ながら口を開いた。


「――あの、私をここで働かせてくださいっ!!」

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