第12話 落ち込んだ少女
あれから三日後。
バー ドロップには、常連になってくれたビビアンやゴンズの他、一見客も訪れてくるようになった。
どうやら、ビビアンやゴンズ、ダグラス達や王がこの店のことを友人や部下に広めてくれたらしい。
おかげで客入りは上々だ。
その上、この国の住人は酒に強いのか、皆大酒飲み。
一人当たり平気で5、6杯飲んでくれることもあって、売り上げも良好。
日本で営業していた時には考えられないほど繁盛していた。
それにより、雫も水を得た魚のようにイキイキとしている。
営業の度に、今日も来ないんだろうなと落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「よし! 今日も頑張るぞ!」
そんな雫は気合いを口に出しつつ、扉に取り付けているランプのスイッチをオンにした。
それからボトルを磨いたり、氷をカットしたりしながら客が来るのを待つこと数十分。
店の扉がゆっくりと開かれた。
「いらっしゃいませ! あ、ビビアンさん! 今日もどう……も……」
雫は途中で言葉を詰まらせる。
入ってきたのはビビアンと、淡い青色の髪と目をした小柄で可憐な少女。
その少女のほうが、今にも泣きだしそうな暗い表情を浮かべていたからだ。
「ほら、アーリアちゃん! ここに座って!」
「……はい」
アーリアと呼ばれた少女は消え入るような声で返事をすると、ビビアンが座った隣のカウンター席に腰を下ろした。
「い、いらっしゃいませ! し、失礼します」
そんな少女の様子に雫は少しオロオロとしながら、コースターと紙おしぼりを差し出した。
すると、ビビアンはそのお礼をするかのように雫に向かってウインク。
直後、その少女――アーリアの背中をさすりながら明るく声を掛けた。
「アーリアちゃん、今日はアタシが奢るからパーっと飲んで元気を出しましょ! ねっ?」
「はい……ありがとうございます。はぁ……」
しかし、アーリアは変わらず落ち込んだまま。
ビビアンは苦笑いを浮かべ、視線をアーリアから雫に移す。
「雫ちゃん、アタシはいつもの! それでアーリアちゃんには……そうね。何か甘くて、この子に似合うシャレオツなカクテルでもお願いできる?」
「えっ? あのビビアンさん、ちょっと……」
雫はそう言って、カウンターに身を乗り出す。
それに釣られるように、ビビアンも顔を前に突き出してきたところで雫は耳打ちした。
「あの、その子どう見ても未成年ですよね……?」
まだまだあどけなさが残る表情からして、恐らく17、18歳程度だろう。
下手すれば15歳かそこらかもしれない。
いくら世話になっているビビアンの連れだとしても、さすがに未成年には酒は出せない。
「大丈夫よんっ。この子17歳だからっ!」
「いや、全然アウトじゃないですか!」
「んっ?」
「えっ?」
雫の言葉にビビアンは疑問の声を上げる。それに対し、また雫も疑問の声を上げた。
話が噛み合わない。
それから、しばしの沈黙が流れた後、ビビアンは思い出しかのように言葉を発した。
「――あ、そうだった! すっかり忘れてたけど、日本ではお酒は二十歳からだったわね。でも、こっちだと16からオッケーなのよ!」
「そ、そうだったんですか。それなら、まあ……」
酒が二十歳からというのは、あくまで日本においての話。
この国では16歳から飲酒が許されているというのであれば、提供しない訳にはいかない。
郷に入っては郷に従えというやつだ。
「って訳で、よろしくねん!」
「はい!」
(この子に合いそうなお洒落で甘いカクテル……。よし! 決めた!)
アーリアのその風貌を見て、作るカクテルが定まった雫は早速作業に入った。
まず雫は冷凍庫からウォッカを取り出し、シェーカーの中に量り入れる。
続いて、後ろの棚から手に取ったピーチリキュールと青色の酒――ブルーキュラソーを加え入れた。
これはオレンジの果皮を使ったリキュールを青色に着色している酒だ。
主にカクテルの見た目を華やかにするために使われる。
次に雫は冷蔵庫からグレープフルーツジュースとパインジュースを取り出し、シェーカーへ注ぐ。
それらをバースプーンで混ぜ合わせてから味見をすると、フルーティーな香りと味わいが口いっぱいに広がる。
出来に納得した雫は、一旦シェーカーにパーツを被せ、ビビアンの酒に取り掛かることにした。
氷が解けて、カクテルが薄まってしまうのを避けるためだ。
その後はいつも通り、ロックグラスに正方形の氷とウイスキーを量り入れる。
さらにバースプーンで数回氷を回転させれば完成だ。
後は最後の仕上げ。
よけておいたシェーカーに氷をたっぷりと詰めてから、しっかりとパーツを被せる。
そうして胸の前に掲げてから、前後に激しく振り出した。
「わぁ……!」
声に反応した雫がちらりと視線をやると、アーリアがキラキラとした眼差しでその様子を見つめてきている。
先程までとは打って変わって明るい表情に雫も頬を緩めつつ、シェークを終えた。
ロックグラスに中身を注ぐと、水色の液体がグラスを満たす。
最後にシェーカーの中の氷をグラスに移せば完成だ。
「お待たせしました! タリスカーのロックとガルフストリームです!」
「なるほど、ガルフストリームね。さすが雫ちゃん、アーリアちゃんにピッタリだわ!」
「私の髪や目と同じ色……!」
「はい! 綺麗なそのお色に合わせて作らせてもらいました!」
アーリアの髪は綺麗に手入れがなされている。
その様子から、少なくともコンプレックスなどを抱いてはいないと見て、雫はこのカクテルを選択した。
彼女の嬉しそうな表情から見て、その判断は正解だったようだ。
「じゃ、アーリアちゃん。乾杯っ」
「あ、はい! 乾杯、です!」
グラスを打ち付けた二人は、揃ってグラスに口をつける。
「……美味しい。これ、甘くて美味しいですっ!」
ひと呼吸置いてからアーリアは頬を緩ませ、興奮気味に言った。
(よし!)
その言葉を聞いて、雫も心の中でガッツポーズ。
やはり客に喜んでもらえるのが、バーテンダーにとっては最も嬉しい。
「お口に合ったようで何よりです!」
「ええ、ほんと。笑顔を取り戻してくれてよかったわ」
「あっ……」
ビビアンがそう言うと、アーリアは両手で持っていたグラスをカウンターに置き、再び
その様子を見て、ビビアンはあちゃ~という表情を浮かべる。
どうしたものかと雫も頭を悩ましていると、アーリアはガバっと顔を上げてビビアンを真っ直ぐに見つめた。
「ど、どうしたの?」
「ビビアンさん、さっきは本当にごめんなさい! せっかく心配して声を掛けてくれたのに、私ったら無愛想に……」
「なぁんだ、そんなこと全然気にしてないわよっ!」
ビビアンはアーリアの背中をパシッと叩きながら言った後、顔を背けて小さく溜め息を吐いた。
自分が地雷を踏んでしまった訳ではないとわかり、安心したからだろう。
「それでアーリアちゃん。凄い落ち込みようだったけれど、一体何があったの? よかったらアタシ達が話を聞くわよ。ねっ、雫ちゃん!」
どうやらビビアンも事情は知らないようだ。
きっと店に来るまでに落ち込んでいるアーリアを偶然見かけて、そのまま連れて来たのだろう。
「はい。話すだけでも楽になるかもしれませんし、よろしければ聞かせてください」
愚痴や悩みを聞き、客の心を少しでも楽にさせてやるのもバーテンダーの務め。
雫はアーリアの目をしっかりと見ながら、そう口にした。
すると、アーリアはビビアンと雫の顔を交互に見る。
そして大きく頷いてから、身の上話を始めた。
「あの、実は今日――」
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