第11話 王にふさわしい酒

「よし、バッチリ!」


 ピカピカになった店内を見渡した雫から、そんな言葉が漏れる。


 もう11時半。そろそろ王が来る時間だ。

 掃除を終わらせた雫はグラスを磨きながら、来店を待つことにした。


 それから20分ほど経った頃、扉がゆっくりと開かれる。

 そこに立っていたのは気品漂う二人のご尊老そんろう


「あ、いらっしゃいませ! お待ちしておりました!」

「うむ。しばし邪魔させてもらうぞ!」

「失礼しますね」

「はい! ではこちらへ」


 雫はカウンターの一番奥の席へ王と王妃を案内した。


「よっこいしょっと。すまぬな、開店前に」

「いえいえ、そんな! むしろお越し頂きまして、ありがとうございます! あ、こちらをどうぞ!」


 謙遜しつつ、二人にコースターと紙おしぼりを手渡す。

 すると王はそれには目もくれず、後ろの棚を指差しながら口を開いた。


「シズクよ、その後ろにある瓶の数々はもしや……」

「はい、全てお酒です!」

「これは驚いた……。まさかこれほどまでに多くの酒があるとは」

「異世界は凄いのですね……」


 王と王妃は目を丸くした。


 聞く限り、このニーログーネ王国に存在する酒はビールとワインのみ。

 どれほどの銘柄があるかはわからないが、多く見積もっても精々10種類程度だろう。


 それがこの店には200種以上の酒が所狭しと並べられているのだ、驚くのも無理はない。


「よし! では早速、異世界の酒を飲ませてもらうとしよう!」

「はい! それではまず、お好きな飲み物や果物などをお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか? 苦手なものも併せて教えて頂けると助かります!」

「ん? そんなの聞いてどうするのだ?」

「お口に合いそうなお酒をこちらで選ばせて頂きます!」

「うむ、そういうことか! そうだな……。飲み物で言えば、トニックウォーターの味が好みだ。ただ炭酸がどうも好かなくてな。普段は炭酸を飛ばしてから口にしておる」


 ほろ苦くスッキリとした風味の炭酸なしの酒。

 いくらでも思いつくが、どうせなら王に相応しい酒を提供したい。


「なるほど、わかりました! では、殿下はいかがでしょうか?」

「そうですね。私はワインに蜂蜜をほんの少しだけ垂らして飲むのがお気に入りです。苦味の中に甘みを感じるのが好きでして」


 そう聞いた瞬間、二人に提供するドリンクが自然と定まった。

 作るのは王と王妃にピッタリなカクテルだ。


「かしこまりました! それでは少々お待ちください」


 雫はまず、逆三角形のカクテルグラスを二つ冷凍庫に閉まった。

 続いて、酒を混ぜ合わせるための専用グラス――ミキシンググラスを2つカウンターの上に用意。


 今から作るカクテルはシェーカーを使わない。

 それにカクテルグラスで提供する以上、グラスの中では撹拌できないため、このミキシンググラスを用いるのだ。


 次に冷蔵庫から取り出したのは、緑色の実が入った瓶と赤い実が入った瓶。

 緑のほうは、オリーブオイルの原料でお馴染みのオリーブの果実。一方の赤い実は、砂糖漬けされたチェリーである。

 トングを用い、それぞれ一粒ずつ取り出すと、オシャレなピンに突き刺した。


 それから雫は2つのミキシンググラスに氷を大量にいれ、それぞれにジンを量り入れる。


 続いて、後ろの棚からフレーバードワイン――香り付けされたワインの一種である、ベルモットを2種類手に取った。

 キリっとした辛口のドライベルモットと、甘口のスイートベルモットである。


 片方のミキシンググラスに透明なドライベルモット、もう片方に赤いスイートベルモットを量り入れ、バースプーンを用いて一つずつ撹拌。

 両方ともしっかりと混ぜ合わせたところで、手の甲に落として口に含む。


(うん、久々に作ったけどバッチリだ!)


  最後に冷凍庫から取り出したカクテルグラスの中に、ピン刺ししたオリーブとチェリーをそれぞれ入れる。

 オリーブが入ったほうが王、チェリーが入ったほうが王妃のグラスだ。


「ほう、何とも美しい形のグラスだな」

「ええ、オシャレですね」


 それらを二人の目の前に差し出し、王のグラスに透明な液体をミキシンググラスから注ぐ。


「お待たせいたしました。マティーニと――」


 続いて、王妃のグラスにはスイートベルモットを加えた、赤みがかった液体を注いだ。


「スイートマティーニでございます。詳しい説明は後ほど」

「そうか。よし、それでは頂こう」


 王と王妃はカクテルグラスの脚を掴み、同時に口に運ぶ。

 その瞬間、二人の目がバッ! と大きく目開かれた。


「――これは!」

「まあ!」


 一言だけ言葉を発すると、二人は再びグラスを傾けた。


「ふぅ。異世界の酒は美味いと聞いていたが、これほどまでとは……」

「ええ! 驚きました!」

「お、お口に合いましたでしょうか……?」

「うむ! 爽やかさの中に程よい苦味が上手く調和しておる! まさにワシ好みの味わいだ!」

「私もです。苦味の中に感じる甘味。普段、私が飲んでいる蜂蜜入りワインとはまた違った味わいですが、こちらのほうが断然好みです。シズクさん、こちらのお酒気に入りましたよ」


 その言葉を聞いて、雫は思わず安堵の息を漏らした。

 味はもちろん、度数的にも問題なかったようで何よりだ。やはりこの国の住人は酒に強いらしい。


「あ、ありがとうございます!! そう言って頂けて光栄です!」

「うむ。それでシズクよ、これはどんな酒なのだ?」

「あ、はい! お二方にお出ししたのは、カクテルと言いまして――」


 雫はまず、カクテルについての概要を説明した。

 すると、王妃が日頃からワインと蜂蜜を混ぜ合わせて飲んでいることもあって、スムーズに理解してもらうことができた。


「それで陛下にお出ししたのは、マティーニという名のカクテル。こちらは僕の世界で『カクテルの王様』と呼ばれているお酒なんですよ」

「ほう、なるほどな。王であるワシに相応しい酒という訳だ!」

「はい! 陛下にはまさにピッタリなカクテルだと思いまして!」

「そうかそうか! 中々、洒落たことを考えるものだ!」


 王はにこやかに笑いながら、そう口にした。

 どうやらその考えも気に入ってもらえたようだ。


「そして殿下にお出ししましたのは、 陛下のカクテルの甘口版であるスイートマティーニというカクテルです! せっかくですので、お揃いのものをご用意させて頂きました」

「そうでしたか! お気遣い頂きありがとうございます。少し照れくさいですが嬉しいです」


 王妃も王と同様、穏やかな笑顔を浮かべる。

 そんな二人を見て、雫にも自然と笑顔が生まれた。


 それからちびりちびりと飲み続け、両者のグラスが空になったところで王が席から立ち上がった。


「シズクよ、今回は馳走になった。ワシらはこれから用事があるので失礼させてもらう。これで足りるだろうか?」


 王がスッと差し出してきたのは5枚の銀貨。


「ありがとうございます! それでは――」


 雫はそのうち一枚だけ手に取り、お釣りとして銅貨4枚を差し出す。

 すると王は不可解な面持ちでそれをしばらく見つめた後、雫の顔に視線を向ける。


「……まさかとは思うが、あれほどの酒を銅貨6枚で出しておるのか?」

「は、はい! 一杯当たり、銅貨3枚なので……」


 険しい表情で問いかけてくる王を見て、雫に動揺が走る。


(何かマズかったかな……。ど、どうしよう……)


 そんなことを考えていると、王はガバッと深く頭を下げた。

 それに釣られるように王妃も深々と頭を沈める。


「シズクよ、感謝する。これほど美味い酒をこれだけの値段で提供してくれるのであれば、我が民も大いに喜ぶであろう」

「ええ。本当にありがとうございます」

「い、いえ、そんな! こちらこそ色々とありがとうございます!!」


 突然の礼の言葉に混乱しつつも、雫も腰を直角に折ってお辞儀を返す。

 そしてひと呼吸置いてから頭を上げると、王が口を開いた。


「それでは、そろそろと行くとしよう。民のためにも、これからも何卒よろしく頼む! ではな、また今度はゆっくりと顔を出させてもらうことにしよう」

「ご馳走様でした。それでは、また」

「は、はい! 本日はお越し頂き、ありがとうございました! また、お待ちしてます!」


 雫は二人を外まで見送り、別れの言葉を告げた。


(陛下達にも気に入ってもらえて本当によかった! よし、それじゃあ今から営業頑張るぞ!)

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