第9話 腕の見せ所

 まず雫は後ろの棚から逆三角形のグラス――カクテルグラスを一つ取り、冷凍庫に仕舞う。


 そのままウォッカを取り出すと、シェーカーの中へと量り入れた。

 続いて、オレンジの果皮のリキュール――コアントローとクランベリージュース、それにライムジュースを加え入れる。


 それらの液体をバースプーンで混ぜ合わせ、少しすくって手の甲に垂らしてから口に含んだ。


(よし!)


 味はバッチリ。

 それを確認したところで一旦蓋を閉め、別のドリンク作成に移る。


 その一連の動作をゴンズやダグラス達は不思議そうな顔を浮かべて眺めていた。


 次に雫が手に取ったのは細長い円筒形――コリンズグラスだ。

 それをカウンターに置くと、くし切りにしたライムを絞ってそのままグラスの中へ落とす。


 そこに冷凍庫から取り出したジンを注いで攪拌かくはんし、手の甲に落としてから味見。


(うーん。初めてなら、もう少しライムを足したほうが飲みやすいかな)


 このままでも十分美味しいが、飲みやすさを考慮してほんの少しだけライムジュースを追加した。


 そして氷を数個入れてから、トニックウォーターでグラスを満たす。

 およそ7分目まで注いだところで、バースプーンで軽くかき混ぜ、再び味見。


 問題ない。

 これにて定番のカクテル――ジントニックの完成だ。


 残すドリンクは二つ。

 次に雫が手にしたのはロックグラスとウイスキー、ザ・ダグラスXOエクストラオールド

 複数のウイスキーを混ぜ合わせて作られた、ブレンデッドウイスキーと呼ばれている種類のものだ。


 最初にダグラスという名を聞いた時、雫は同じ名前が付いているこのウイスキーが頭をよぎった。

 ダグラスにウイスキーを提供するのであれば、これ以上適した銘柄はない。

 味もクセがなく、飲みやすいた。言うことなしだ。


 雫は大きな氷をロックグラスに入れ、ウイスキーを注ぎ入れる。

 バースプーンで数回かき混ぜ、十分冷えたところで二つ目のドリンクが完成した。


 そのまま手を休めることなく、雫は後回しにしていたシェーカーのパーツを外し、氷を満杯に詰め入れた。

 そしてもう一度蓋を閉めると、胸の前で前後に激しくシェーカーを振る。


 数秒の間、カラカラとした高い音が店内に鳴り響いたところで雫は動きを止めた。

 これにてカクテル――コスモポリタンの完成である。


 最後に冷凍庫に入れていたカクテルグラスを取り出し、それら全てをトレーに乗せ、ダグラス達のテーブルまで運んだ。


「お待たせいたしました! お酒の説明は後ほどさせて頂きますね!」

「おう!」


 ウイスキーをダグラス、ジントニックを人間の男性に提供した後、カクテルグラスを女性の前へ。

 目の前でシェーカーから中身を注ぎ入れると、赤みがかったピンク色の液体がグラスを満たす。


「うわぁ、綺麗!」


 女性は目をキラキラとさせながら、そう言葉を漏らした。

 さすがは女性ウケ抜群のカクテル。異世界でもその評価は変わらないようだ。


「んじゃ、早速頂くとするか!」

「「はいっ!」」


 三人はグラスを手に取り、同時に口へと運んだ。


(どうかな……)


 雫に緊張が押し寄せる。

 完璧に作れたという自信はあるが、そもそも選んだ酒が口に合うかどうかは飲んでもらうまでわからない。


「……おい、何だこりゃ。めちゃくちゃ美味えじゃねーか!! ゴンズのやつより断然好みだ!」

「美味しい! 普通にトニックウォーターを飲むより、全然美味しいですっ!」

「なにこれ!? 甘酸っぱくておいしー!」


 三人から一斉に感嘆かんたんの声が上がる。


(はぁ、よかったあ)


 どうやら口に合ったようだ。


「そう言ってもらえてよかったです!」

「おう、こりゃたまらんぜ! それでこいつは一体なんて酒なんだ?」

「あっ、それはですね――」


 雫は提供した酒やカクテルについての説明を簡単に行った。


「へえ、こいつは俺と同じ名前なのか! どうりで美味い訳だ!」

「こんなに美味しいなんて、そのカクテルって素晴らしいですね!」

「ええ、ほんとに! 見た目もオシャレだし、何かイイ女になった気分! あ、ダグラスさんもこれ飲んでみて!」

「おう! じゃあ、お前もこれ飲んでみろ。ガツンとくるぞ!」

「あ、じゃあ僕も!」


 三人はグラスを回し合い、それぞれの酒を味見しだした。


 なんとも楽しそうだ。

 それを確認した雫は三人に対して深く頭を下げ、カウンターの中へ戻った。


 するとゴンズが声を掛けてくる。


「まさか酒とジュースを混ぜ合わるなんてな。しかもそれで美味い酒を作るたぁ驚いたぜ」

「ん? この国ではお酒と何かを混ぜて飲んだりしないんですか?」

「ああ。やっても、蜂蜜を少し垂らしたりする程度だ。若い頃に悪ふざけで色々と混ぜてみたことはあるが、ちっとも美味くはならねえしよ」


 恐らく、酒そのものの味が良くないのだろう。

 割り材があってもベースとなる酒が不味ければ、美味いカクテルには仕上がらない。


 故に酒と何かを混ぜ合わせるという発想が定着していないのだと、雫は推測した。


「そうでしたか。では、よろしければゴンズさんもいかがですか?」

「いんや。興味はあるが、それ以上にこいつが気に入ってな。って訳でマスター、お代わりくれ!」

「はい、ただいま!」


 雫は再びウイスキー――グレンフィディックのロックを作り、ゴンズに提供した。


「おい、マスター! こっちにも頼む! さっきと同じやつをそれぞれくれ!」


 すると、ダグラス達からもお代わりの注文が入る。


「はい! 少々お待ちください!」


 雫は答えつつ、先程と同じ動きを繰り返す。

 そうして三人にお代わりを運び終わったところで、再び店の扉が開かれた。

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