第8話 営業開始
時刻は18時数分前。準備は万端だ。
「よし!」
雫は気合いを入れて言葉を発し、店の外へと出た。
そして先ほどウサギの獣人が扉に設置してくれた、ランプのスイッチをオンにする。
このニーログーネ王国では、このランプに光を灯すことが営業中の印になるらしい。
これにて営業開始だ。
「よし!」
雫はもう一度気合いを入れ、中に入るために扉を開いた。
「おっ! ようやく開店か! 待ちくたびれたぜ!」
その瞬間、後ろから男性の声が聞こえてくる。
振り返ると、そこに立っていたのは先日来た角刈りの
「あ、昨日の!」
「おう! 実はあの酒の味が忘れられなくてな。店が開くのをずっと待ってたんだ」
「そうだったんですか、お待たせしてしまってすみません! ではどうぞ!」
「んじゃ、失礼……って、何か昨日とえらく雰囲気が違うな」
中に入ったゴンズは店内をキョロキョロと見渡した。
確かに昨日はほぼ暗闇だったため、そう思うのも当然だ。
「はい、昨日は停電してたので……。さっき魔術師の方に直してもらったんです」
「そうかい。昨日は昨日で雰囲気があったが、こっちのほうが洒落てるな」
「ありがとうございます! それで今日はどうされますか?」
雫は言いつつ、カウンター席に腰がけたゴンズに、紙おしぼりとコースターを手渡す。
「そんなもん決まってるだろーよ! あれだ!」
ゴンズが指で差していたのは昨日提供したウイスキー――グレンフィディック12年。
どうやら大層気に入ったようだ。
「グレンフィディックですね、かしこまりました! それで飲み方はどうされますか? 昨日とは別の飲み方もあるんですけど」
「ん? そうなのか?」
「はい! そのまま飲んだり、水で割ったりしても美味しいですよ!」
「そうか。それは興味深いが、ひとまず昨日と同じので頼む!」
「ロックですね! 少々お待ちください!」
雫はカウンターに置いたロックグラスに、冷凍庫から取り出した大きな四角い氷を入れる。
その瞬間、グラスと氷がぶつかり合うカランという心地よい音が店内に響き渡った。
「昨日は気付かなかったが、随分と綺麗な形の氷だな」
<バー ドロップ>では丸氷ではなく、正方形の状態から角をナイフでカットした四角い氷を用いている。
丸氷も作れないことはないが、単純に雫は四角い氷のほうが好きだからだ。
「ありがとうございます! ナイフで切ってるんですよ」
会話をしながら、雫はメジャーカップを用いて、一杯分のウイスキーをグラスに注ぐ。
そしてバースプーンでクルクルと氷を回し、急速に冷やしてから提供した。
「お待たせしました! グレンフィディック12年のロックです!」
「おう! それじゃあ早速」
ゴンズは昨日と同じようにグラスをゆっくりと傾け、少しだけ口に含む。
そしてひと呼吸置いてから喉を鳴らした。
「――かぁっ、うめえ! ダメだ、俺はもうこいつの虜になっちまった!」
ニカっと笑いながら話すゴンズを見て、雫も思わず頬が緩む。
「そう言ってもらえてよかったです!」
「ああ! これから毎日でも通わせてもらうぜ!」
「え、本当ですか!? ありがとうございます、ゴンズさん!!」
雫にとってこれほど嬉しい言葉はない。
何せ、日本に居た時は常連客なんて一人も存在しなかったのだ。
「おう! って、何で俺の名前を……ああ、ビビアンの野郎から聞いたのか」
「はい! よろしくお願いします!」
「こちらこそな。今度パーティーの奴らも連れてくっからよ!」
「パーティー?」
「ああ。俺は冒険者でな」
「冒険者……?」
「おいおい、なんだその不思議そうな顔は。こう見えても俺はBランク……って、そうだった。そういや、マスターの世界には冒険者って存在しないんだったな」
「す、すみません! 冒険者って職業かなんかですか?」
「おう。冒険者ってのはな――」
それから雫はゴンズに冒険者という職業の概要について教えてもらった。
まず、冒険者は依頼を受け、魔物を討伐したり、素材などを採取したりする人のことを指す。
彼らは腕っぷしの強さや依頼の達成率、経験などから階級が決められ、その階級に応じた依頼を受けられるようになる。
階級はFからSまでの7段階だ。
そしてその冒険者を管理する組織をギルドと呼ぶとのこと。
(あれ? この話どこかで聞き覚えが……)
そこまで聞いて、雫は銀座で働いていた時のことを思い出した。
確か常連の一人である、アニメや漫画が好きな客が似たようなことを度々口にしていた。
その時に得た知識に沿うように翻訳がなされ、このような説明になったのだろう。
おかげで、スムーズに理解できた。
「大体わかりました。詳しくありがとうございます! それにしてもゴンズさん、Bランクって凄いですね!」
上から三つ目の階級であるということは、ゴンズはそれなりに腕が立つのだろう。
雫はゴンズに気分をよくしてもらうためにも、その点を褒めた。
「まあ、それほどでもねえけどな! 今日もでかい依頼をこなしてきたところだ!」
「へえ! よかったら詳しく聞かせてください!」
「ったく、しゃあねえなあ! 今日は――」
ゴンズは自身の活躍ぶりを嬉しそうに話し出した。
これでゴンズはバー ドロップのことをより気に入るだろう。
打算的ではあるが、これもバーテンダーの立派な仕事だ。
☆
それからしばらくゴンズの話を聞いていると、ある時店の扉が開かれた。
「よっ! 約束通り来たぜ!」
昼間に会ったトラの獣人――ダグラスだ。
その後ろには人間の男女が立っている。
思い返せば、後でツレと一緒に顔を出すと言ってくれていた。
(本当に来てくれたんだ!)
「い、いらっしゃいませ!」
席を案内しようとカウンターから出たところ、後ろから声が飛んでくる。
「おっ、ダグラスじゃねーか! こんなところで奇遇だな」
「ゴンズか! おう、ビビアンから聞いてな! んで、どうだ? やっぱり異世界の酒は美味えのか?」
どうやら二人は知り合いのようだ。
「おう! 今まで飲んだ酒とはまるで別物だ!」
「そうか、そいつは楽しみだ!」
「では、こちらへどうぞ!」
ゴンズとダグラスの会話がひと段落したところで、雫はダグラス一行を奥のテーブル席に案内する。
そして三人が椅子に腰を下ろしたのを確認してから、注文を尋ねた。
「お越し頂いてありがとうございます! それで本日はどうされますか?」
「うーん。そう言われても、異世界の酒なんてテンでわからねえしなあ」
「ですねー、そもそもどんなものがあるのかも……」
「あたしはワインとビール以外なら何でもいいかな!」
「そ、そうですよね! ではお客様の口に合いそうなお酒をこちらで選びますので、その前に僕からいくつか質問させてもらってもよろしいでしょうか?」
三人が頷いたことで、雫は一人ずつ質問を投げかけた。
まずはレディファーストとして女性から好みを聞き出すと、ベリーが好物であることがわかった。
次に男性に尋ねると、日頃からトニックウォーターを愛飲していることが判明。
最後にダグラスに質問しようとしたところ、いつの間にかゴンズの酒を味見させてもらっていたようで、
「俺はこれと同じ奴で頼む!」
と告げられた。
ウイスキーが気に入ったようだ。
「かしこまりました! あ、よろしければ同じ種類のお酒でぜひおすすめしたいものがあるのですが、そちらはいかがでしょうか?」
「おっ、そうだな。ならそれで頼む! ゴンズと全く同じってのもつまらねえしな」
「ありがとうございます! それでは少々お待ちください!」
雫はカウンターの中へ戻り、早速ドリンク作りに取り掛かった。
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