第7話 営業準備

「でね、あの筋肉ダルマったら――」


 城から<バー ドロップ>に戻った二人が暗々とした店内で話をしていると、扉が勢いよく開かれた。


「ちーっす! 陛下に言われて魔道具を取付けに来たっす!」


 視線をやると、そこに立っていたのは二足歩行のウサギ。

 声とその顔つきから女性であることがわかる。


 人間と同じように振る舞うその様は、まるで某児童書ピー〇ーラビットに登場するキャラクターのようだ。


「あ、来た来た。それじゃあ早速お願いしようかしら」

「はいっす! 任せてほしいっす!」

「だったら作業するためにも、まずは明かりを何とかしないとね」


 未だ慣れない獣人の存在に驚いている雫をよそに、そのウサギとビビアンは二人で話を始めた。

 そしてビビアンは椅子の上に立ち、天井に取り付けられた電球のカバーを外す。


「じゃあ、これに光の魔道具を取り付けてくれる?」

「はいっす!」


 それを受け取ったウサギは、カバーの内側に小型の機械のような物を取り付けた。


「……これでよしっと。できたっす!」

「ありがと。それでこれの起動と停止の切り替えなんだけれど……雫ちゃん! お店の電気のスイッチってどこ?」

「あ、こっちです!」


 急に話を振られたことにビクっとしつつ、雫はビビアンにスイッチのある場所へと案内した。


「オッケー! じゃあ、そこのあなた。起動と停止を切り替えられるよう、このボタンとさっきの魔道具を魔糸ましで繋げてくれる? この子もアタシと一緒で、あなた達みたいに魔法は使えないから」

「了解っす!」


 ウサギはスイッチを指差してから、その指をゆっくりとテーブルの上に置かれている電球のカバーのほうへと動かす。


「できたっす!」

「それじゃあ、雫ちゃんスイッチを入れてみて」

「は、はい!」


 話の内容が全くわからないものの、雫は言われた通りにスイッチをオンにした。

 すると、電球のカバーから眩い光が生じる。

 どうやら先に取り付けた機械のような物が光を発しているようだ。


「おおー!」

「うん、成功ね。雫ちゃん、そのカバーを天井に付けてみて」


 言われるがままカバーを取り付けると、店内に明かりが生まれた。

 まだ少し暗いものの、もう一つ・二つ同じようにしてもらえれば、従来の明るさの店内になりそうだ。


「よし。電気は後で追加してもらうとして、次は水ね。あ、あと冷蔵庫と冷凍庫か。それに火も必要だわよね。それならまずは――」


 それからビビアンは蛇口や冷蔵庫を指差しながら、ウサギに何かを説明しだした。

 雫は邪魔しないためにも敢えて会話に入らず、ただその光景を眺めていること数分。


「ざっとこんなところかしら。それとこの上、二階も同じようにしてもらいたいんだけどできる?」

「もちろんっす!」

「そう。じゃ、後は任せるわね。アタシはそろそろ自分の店に戻らないと」


 自身のポケットから取り出した懐中時計に視線を落としつつ、ビビアンはそう言った。


「えっ!? ビビアンさん、もしかして仕事中だったんですか!?」

「まあね。といっても、店はみんなに任せてるから、アタシが抜けても全く問題ないんだけど」

「そうだったんですか……。すみません、色々とお時間を取らせてしまって」


 きっとビビアンは、わざわざ自分のために時間を作ってくれたのだろう。

 そう考えた雫は頭を下げながら、謝罪の言葉を口にした。


「そんなの気にしなくていいわよん! 何せアタシのためでもあるし!」


 すると、ビビアンは手を仰ぐように振りつつ、明るく言葉を返してくれた。


「そうですか……。そう言ってもらえると助かります」

「そうよん! だから気にしないで! んじゃ、そろそろアタシは行くわ。また、夜に客として来るわね。じゃねー」

「はい! 今日は本当にありがとうございました! お待ちしてます!」


 そう言い残して、ビビアンは店から出ていった。


「あのー、こんな感じでいいか試してもらっていいっすか?」

「あ、はい!」


 その直後。ウサギは蛇口を指で差しながら声を掛けてきた。

 雫もカウンターの中へと入り、試しに蛇口を捻ってみると透き通った水が流れ出す。


 念のため、少し手ですくって口に含んでみると、味や香りに全く問題はない。

 カルキ臭がなく、普通の水道水よりも美味いくらいだ。


 これなら洗い物にはもちろんのこと、飲用水としても使えるだろう。


「バッチリです! ありがとうございます!」

「よかったっす! じゃあ、次の作業に入るっすね!」


 それからウサギはテキパキと作業をこなし、雫が動作の確認。

 それを繰り返し、居住部分である二階も同じように作業を行ってもらう。


 全く原理はわからないが、おかげでライフラインが整った。


「本当にありがとうございます! おかげで助かりました!」

「仕事だから当然っすよ! じゃあ、次の仕事があるので自分は行くっすね!」

「え? あの、お代は……?」

「お代? 陛下から聞いてないっすか?」


 ウサギが言うには、このライフラインの整備と魔道具やらの使用料は税金に含まれているらしい。

 だから、今は払う必要がないとのこと。

 加えて、魔道具に注入されている魔力は一ヶ月程度で空になる故、その前に魔術師が魔力の補給に来てくれるという旨を教えてもらった。


「なるほど、色々とありがとうございます!」

「いえいえっす! じゃ、自分は行くっすね! またお客さんとして来るっす!」

「はい、お待ちしております!」


 その後、ウサギを見送った雫はカウンターの中に入って店を見渡す。


 明るすぎず暗すぎないムードのある店内。

 水がしっかりと流れる蛇口に、冷気を感じられる冷蔵庫と冷凍庫。

 それに火が点くコンロ。


(これで問題なく営業できる! よーし!)


 腕時計に視線を落とすと、現在の時刻は17時半。営業時刻である18時まで残り30分だ。

 これなら18時に無事オープンできる。


「さて、準備準備!」

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