第24話 そんなもん関係あるか!

★★★(テスカ)



 待たれるのが嫌やったから、クローバさんにはトイレの場所を教えてもらった後、帰ってもろた。


 そんで。


 ウチがひとりトイレから戻って行ってるとき。

 その道中、ただならんものを見てしもうた。


 庭にある、井戸の傍。


 女の人が、焦っとる。


 前髪をぱっつんと切り揃えた、黒髪長髪の女の人や。


 ぺこぺこ頭を下げてはった。

 背の低い痩せたおっさんに。


「お金がないって困るんだけど」


「申し訳ありません。店の方に連絡して……」


「そんなに待ってられないんだが!」



 ……なんかすごい揉めとる。


 何なんやろう?


 ウチは気になった。



 ……で、ついつい、傍に行ってしもたんよ。


「どないしたんですか?」


 ウチみたいな子供が行ってもどうしようもないことかもしれへんのに。


 ウチに気づいたふたり、おねえさんは真っ青な顔で。おっさんはウザそうに。


 それぞれに、ウチを見た。


「子供の出る幕じゃない!」


「あ……お嬢様のご友人の子……」


 声を荒げ気味のおっさんに、すっかり弱り切ってるおねえさん。


 ちょっと、ほっとかれへん気がした。


 おねえさんの様子に。


「どないしたんです? 言うてみてください」


「実は……」


 おねえさんに問いかけると、言うてくれた。


 このおっさんは氷屋の従業員で、今日のアイスだいふくを作るための氷を届けに来た人で。


 その代金の5000円を店から預かって来てたのに、そのお金を失くしてしもたらしいんや。

 それはえらい事やわ。


 ……ウチも店屋やってるから分かる。

 お金の問題は大事なんや。


 失くしたの店のお金やからな。

 自分のお金ちゃうからな。


 だから、自分で立て替えるということもできへんのやろ。

 こういうときに自分の金で立て替える、いうことは。

 逆に、自分の支払いをいざとなれば店の金で立て替えようとする人間やと。

 そう思われるいうことやからね。


 バレたら一発でクビやわ。

 だから出来へんねん。


 とはいえ、お金を払わんわけにもいかんから。


 おねえさんは、半泣きで箱を開けてはった。


 箱の中身、中に入ってるものは見たことある。

 アイスだいふくをつくるときにつこうた器具類や。


 それを外に出して、半泣きで中を確認してはったわ。


 そんなおねえさんに


「そんなところ探しても出てくるわけないやろ!」


 おっさんがイライラしたみたいにそんな事を言って、おねえさんを責め立てとる。

 ……そんなところ探しても出てくるわけないやろ?


 ちょっとだけ引っかかるものを感じたけど、ウチはこのままにしとかれへんとおもたから、急いで戻って、事態を伝えることにしたんや。



★★★(ヨシミ)



 テスカさんからの連絡を受けて。

 私はクローバを連れて、現場に出向いて行った。


 ウチの従業員がしでかした不始末だから、私が出向かないといけないよね。


 お父ちゃんは今日ウチに居ないし。


「本日は申し訳ありませんでした」


 甘味処フラワーガーデンの主人の娘として、私は氷屋の従業員の男性に頭を下げた。

 男性は腕を組んで


「で、払ってもらえるんだろうね?」


 と尊大な感じで言う。

 散々待たされた事が、男性にそんな態度を取らせているんだろうか?


 恥ずかしかった。


 傍に、友達が2人も居るのに。

 ヒカリさん、テスカさん。


 どうしても、付いてくると言って聞かなかったんだ。


 正直、見て欲しくなかった。

 こんな、無様な私の姿。


 でも、仕方ない。


 非はこちらにあるのだから。


 お金を紛失したというウチの従業員。


 ユズ・ミカンさんはしゅんとした様子で傍に控えていた。

 可哀想だけど、この失態は軽くはないと思う。


 特別重くしろとは言うつもりは無いけど、ありのまま父に報告するつもりだ。


 お金に関わることだから。

 5000円で済んで良かった。


 何十万円も関わることで、同じことをされていたら、どれだけ被害が出てたか分からない。


「もちろんすぐにお支払いします」


 ポケットマネーで5000円大銀貨をちょうど持っていたので、それをクローバに用意させた包みに入れた。

 ウチの家紋を判で押した、ウチのものと証明できる包みだ。


 ウチから対外的に何かを出す際、かならずこの包みを使う事になってる。

 ポケットマネーから出したお金だけど、これは店のお金という扱いで出すお金だ。


 だから当然こうする。


 渡した。


 男性は中を確認し「確かに」と言い、ニヤッと笑った。


 嫌な笑い方をする人だな。

 少し思った。


 そのときだった。


 ヒカリさんが動き出したんだ。

 あまりにも突然で、動けなかった。


 ヒカリさんは、近場にあった箒を拾い上げ。

 男性に挑みかかって行った。


 そして。

 流れるような滑らかな動きで


 爪先、顎、脇。


 ヒカリさんの持つ箒による怒涛の3連撃。


 突然のヒカリさんの攻撃に、呆気にとられるも。


 何をするの! という言葉を発しようとしたとき。


 その声が固まった。


 トシャ、と。


 悶絶するその氷屋従業員男性の懐から、包みが落ちたからだ。


 表面に「氷代金5000円」と書かれた包みが。

 フラワーガーデン家の家紋が判で押された包みが。



★★★(テスカ)



 おっさんの「いきなり何すんねん!」という言葉は、途中で固まった。


 今、受け取った包み以外の包みが、懐から出て来たからや。


 切っ掛けは、このおっさんが必死こいてお金を探すおねえさんに「そんなところを探しても出てくるはず無い」って言い放ったところ。


 何で言い切れんの?

 探し方が甘かっただけかもしれへんのに。


 皆を呼びに行く際、そのことが段々気になって来て。

 疑いにまで大きくなった。


 ひょっとしてあのおっさん、自分でお金を盗んだから、無駄な事って言い切れるんちゃうの?と。


 そうおもたから、テツコに頼んだんや。


 あんた、普通には姿見えへんし、実体も無いから、その力でおっさんの身体を調べてみてくれへんか? って。


 そしたら……


『あの男の懐に、お金の包みがあったよ。アンタの推理大正解だね』


 って言われた。


 あとはヒカリさんの出番やった。


 自分でお金を盗んでおいて、その罪をおねえさんに擦り付けたろくでもないおっさんを、得意の杖術でシバいたんや。


 ホントは悶絶してる間に懐から引っ張り出すつもりやったんやろうけど、手間が省けたわ。


 おっさんが手に持ってる包みとは別の、ほぼ同じデザインの別の包み。


 両方とも同じマークの判が押されてる。

 後で聞いたんやけど、これ、フラワーガーデン家の家紋らしいな。


「その包みは何ですか?」


 ウチは言うたった。


 近づきながら。


 おっさん、ウチのことを食い入るみたいに見とったが、ハッと気づいたように、目の前の包みを取ろうとした。


 けど、一瞬遅い。


 その前にウチが回収して、おねえさんに差し出した。


「探されてたのこれですか?」


 するとおねえさん、パァ、と顔が明るくなって


「は、ハイッ! これ、この『5000円』の字! 私の字です!」


 笑い泣きながら肯定する。

 よっぽど凹んでたんやろうね。


 これで自分の仕事人生、終わりなんちゃうか、って。 


 全く、えげつないことを晒したもんや。

 このおっさん。


 額からして、小遣い稼ぎのつもりかもしれへんけど、与えた被害はとてつもなく大きい。


 真面目な従業員をしてたひとりのおねえさんの仕事人人生を、大きく狂わせるところやったんやから。


 ウチがキッとおっさんを睨み据えると、おっさんは卑屈な笑みを浮かべた。


「……で、出来心だったんだ。俺、カンサイ人の密入国者で、犯罪歴あって帰化できないから、仕事と言ってもろくなもん無くて、呑み代にも事欠く有様で……」


 へらへらと卑屈に笑いながら、おっさんは続ける、


「盗みやすそうなところにそこのねえちゃんが金を入れてたから、ついやっちまったんだ。大した額じゃないんだから、許してくれよ……」


 許されるわけあれへん。

 アンタのやらかしたことで、どんだけおねえさんが傷ついたおもてんねん。


 ウチらのそんな無言の視線の圧力を感じたのか。

 おっさんのへらへら笑いは次第に固まって行った。


 そして、言うたんや。

 ウチに。縋るような目で。


「なぁ、そこのお嬢ちゃん、アンタ、カンサイ人やろ? 同郷のよしみで許してもらえるように頼んでくれへんか!?」


 ……何を甘えたことを言うとんねん!


 そんなもん、関係あるか!

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