第19話 土曜日のお昼にね……

「私の故郷ではね、棒で人を殴る際、そこを狙うのが一般的だったの」


 ヒカリさんのお母上は、話してくれはった。

 何故「爪先、顎、脇、乳首」なのかを。


「毎週土曜日、お昼から演劇があってね」


 そこで、棒で人を叩くシーンがあって、そのシーンがね


「爪先やめろ、顎やめろ、脇やめろ」


「乳首ドリルすな」


 って言ってたの。


 そのときのイメージが強くてね。

 そこから技に取り入れたのよ……。


 懐かしそうやった。

 どんな演劇だったんやろう?


 ……でも、なるほど。


 由来が分かったわ。


 ヒカリさんの「天翔女閃あまかけるすっちーのひらめき」の技の根源は、その土曜日のお昼の演劇やったんやね。


 だったら……


「他に何か無いんでしょうか?」


 ウチは訊いた。


「何とは?」


 キョトン、という感じのヒカリさんのお母上。


「人を殴るシーンです」


 すると、腕を組んでしばらくウ~ンと考えて。


 ……かなり難航してるみたいで。


「今日はこのぐらいにしといたる、は何か違うし……」


 ウ~ン、とまた唸って


「強いて言うなら、ポコポコヘッドとカンカンヘッド、パチパチパンチくらいかなぁ?」


 ポコポコヘッド、カンカンヘッド? パチパチパンチ?


 やっと出て来たそのワード。

 ウチはそのワードだけでは内容に想像がつかんかった。


 それはどういう……? と聞こうとしたとき。


「あ、ご飯の準備出来てる!」


「お腹空いたー!」


 小さい男の子が2人、この居間に入って来た。

 その2人はそっくり。双子やな。


 多分、ヒカリさんの下の弟さんたちやね。


「……姉ちゃんの友達ですか?」


 最初はご飯に目が釘付けやったけど、ウチに気づいたのか、弟さんたちの片方がウチにそう言って来た。


 ……質問を続ける雰囲気やなくなってしまった。


「あ、えっと……」


 ウチが答えあぐねていると。


「そうよ。トミジ、あまり迷惑を掛けちゃ駄目よ?」


 ヒカリさんが弟さんに釘を刺してくれた。




 ごはんは美味しかったわ。

 冷めても美味しい白ご飯や。

 お風呂は綺麗で温かったわ。

 隅々までしっかり掃除されてる檜風呂やった。


 流石や~。


 ウチが生活レベルの違いというものに圧倒されてると。

 あっという間に寝る時間になった。


 結局、あれから「ポコポコヘッド、カンカンヘッド、パチパチパンチ」について聞けてへん。


 ……どないしょ?


「どないします?」


 ヒカリさんの部屋で。

 布団を2つ並べて寝る準備を整えながら。


 ウチらは向かい合って座ってた。

 行燈の光に照らされながら。


 ウチはいつも寝間着で着てる紺色の浴衣姿。

 ヒカリさんは紺色の作務衣姿やった。これがヒカリさんの寝間着なんやね。


「どないするって……浄化技?」


「はい。断片的な情報しかもらえませんでしたけど……」


 名前だけ。

 それがどんなものなのか、それについては一切無い。


 どうしたもんやろう……?


 ふたりして、腕を組んで考えた。


 そしたら


『……そこからイメージを膨らませて、考えたら?』


 ニュッ、と。

 テツコがヒカリさんの背中から出てきおった。


「イメージを膨らませる?」


『……吉本新〇劇に天翔女閃あまかけるすっちーのひらめきなんて技は無いわけよ』


 ウチがテツコの言葉の意味を訊いたら、テツコはそう返してきおった。

 そこの意味するところ、最初分からへんかったけど。


『そこに絆が乗ってれば、浄化技が成立するんだから、イメージだけでいいんじゃない?』


 ……この一言で、大体の意味が飲み込めた。


 つまりや、ウチらはすでに新しい浄化技の鍵を十分にもろてると。

 そういうわけやね?




 テツコの一言をヒントに浄化技について話しうて、一定の纏まりを見た後、行燈の灯を吹き消してウチらは寝た。


 やけど……


 ちょっと寝る前にお茶を飲み過ぎたのがアカンかったのか。


 トイレに行きたくなったんや。

 普段やったらトイレは外の公衆トイレしかあれへんからな。


 朝まで我慢するか、樋箱にするか。

 2択やねんけど。


 この家は、家にトイレあるからな。


 こんな夜中でもトイレ行けるねん。

 羨ましいわー。


 暗い中ゆっくり起きだして。


 ヒカリさんを起こさないように気をつけて。

 トイレの場所は、昼間に聞いて知っとったから、ソロリ、ソロリと歩いて行った。


 で、用を足して。


 戻ってくるときやった。


 ……なんか、台所の方が明るい。


 ……泥棒か!?


 ウチは一瞬、そう思って、怖くなったけど。

 騒ぐ前に、事実を確かめようおもて、ちょっとだけ覗いたんや。


 そしたら……


 しゃーこ しゃーこ


 台所に、多分蛍や思う……光るものが入った虫籠があって。

 男の子が砥石に向かって、刃物……多分出刃包丁……を研いでた。


 ……えーと。


 あれは確か……ヒカリさんの上の弟のサトシ君やったかな?


「……何しとるん?」


 思わず、訊いてもた。

 そしたら、エライビックリして「わっ」とか言うて。


「……驚かさないでよ」


「いやいやいやいや。驚いたんこっちやから」


 大体危ないやん。

 何夜中に出刃包丁研いでんの?

 蛍の光なんかで。


 サトシ君は下の弟さんたちと顔立ち似てるけど、雰囲気が穏やかな感じやね。

 トミイチ言う子は生意気そうで活発な印象で、トミジ君は大人しい印象。


 顔立ちは似てるけど、性格がやっぱ顔つきに出てくるんかなぁ?


 で、そんな子が夜中に出刃包丁を研いどった。

 一体どういうことやねん。


 話を聞いたわ。


 そしたら……


「どうしても、今週分の研ぎ上がり具合が気になってしょうがなくて、蛍も居るし今やろうとおもたぁ?」


 ウチの言葉に、コクンと頷く。


「そんなん今やらんでも……」


「だって気になるんだもん」


 それに……と続けて。


「明日あたりに、真水で飼って泥を吐かせた鯉を捌くから、その前に出刃包丁を研いでおきたかったんだ」


 出刃包丁は僕の担当だから、とサトシ君。

 ちなみに菜切包丁はトミイチ君、柳刃包丁はトミジ君の担当らしい。


 ……菜切包丁と柳刃包丁は今日使ったけど、切れ味メッチャ良かったな。


 そのへんのことをついポロリと言ってしもたら「だからだよ」と返された。


「……弟たちの包丁の切れ味が最高なのに、兄の俺担当の出刃包丁の切れ味が悪かったら、俺の立場無いじゃん」


 明日になってやったら、迷惑掛かるし、土壇場で必死になってるみたいで、それで切れ味思わしくなかったらドツボだ。

 だから夜中にやるんだ。


 そんな事を言われたわ。


 聞いてて思ったのは……


 なんか男の子、面倒くさいなぁ、ってことで。

 ちょっとくらい切れ味悪くても、魚を捌けないほどじゃないはずやのに。


 拘るんやなぁ、と。


「まぁ、気持ちは分かったけど、今やるのはやめとき」


 今やって怪我したらそっちの方がかっこ悪い思うで?

 こんな暗い中、蛍の光だけで刃物研ぎなんて。


 そう、言うてあげたらしぶしぶと言った感じで「分かった……」と返事。


 素直にそう言うてくれたので、ウチはちょっと「可愛いやん」とおもた。




 次の日。

 日曜日でウチらは休みやけど、家の仕事は当然休みやなくて。


 お昼に鯉こくを作るので、葱を買ってきて欲しいとヒカリさんのお母上に頼まれた。

 鯉こくに使う具材の、ゴボウはあるけど葱が無いから、って。


 ようはお使いや。


 まぁ、葱は傷みやすいもんなぁ。

 使うときに買った方がいいのかもしれへん。


「買うのは普通の八百屋で良いんですか?」


「いいよ? 何? 農家から直接卸して貰ってるとか思ったの?」


 出掛けるときにそう言ったら。

 フフ、と笑いながらヒカリさん。


 まぁ、その可能性はちょっとだけ考えてました。


 楽しく会話しながら、八百屋に行くウチら。


 向かったのはたまにウチの家でも野菜を買いに来る八百屋さんやったわ。

 ここの野菜、質がええから。


 なんか、親近感を覚えてまうね。


 そこで、奥さん方に並んで葱を買うために順番待ちをしていたら……。


 エロマニアァァァァァァッ!


 キャーッ!


 誰かの悲鳴と、怪物の咆哮。

 姿は見えへんけど、近い!


 エロマニアが現れたんや!

 行かなアカン!


 顔を見合わせたウチらは、頷き合ってその方向に飛び出した。

 それがウチらに課せられた使命やもん!

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