第18話 そんなの、たまたまだよ。

「許可が出たから早速やりましょう」


 ウチはヒカリさんに、ヤマモト家の台所に案内してもろた。


 台所に行くと、水に浸かった豆腐が桶に入ってて、葉付きの大根が1本。

 そしてアジの開きが、かなり沢山……多分人数分……置いてあった。


 台所は広くて、10畳くらいの広さ。

 端っこに竈。中央に釣瓶のついた井戸があって、超便利な構造になっとった。


 すごいわ。


 料理しながら水が汲めるんやね。


 さすがいうか……


「すごいですね」


 思わず、ウチがそうもらすと。


「元々、貴族の邸宅だったのを中古で購入したのがウチだから」


 だからまぁ、設備関係はわりと良いかもしれないかな。


 ちょっとだけ、嬉しそうにヒカリさん。

 褒められて悪い気はしないみたいや。


 すごいなぁ……羨ましいなぁ……


 ウチなんか、朝にオカンが毎日水を汲みに行ってるのに、そういうの、この家は無いんやね。

 すごいわぁ……やっぱ、お金持ちの家なんやね……。


 ウチは感心しながら、包丁立てから包丁を抜き取り。まな板の上で大根の葉を根元から切り落とした。

 ……メッチャよく切れた。


 怖くなるほど。この包丁。


 サクンッ、って切れたんや。


「……この包丁、切れ味メッチャ良いですね?」


 あまりの切れ味に、そう、思わず言うてしもたら、返って来た答えが


「ああ、ウチの包丁、週1のペースで弟たちが研いでるから、切れ味は良いはずだよ」


 ……へ?


 ちょっと、理解ができへんかった。

 何で?


 ……詳しく聞くと、弟さんたち、全員お父上の跡を継ぐって言ってて。

 まるで取り合うみたいに、包丁を研いで腕を磨いてるんやて。


 だから、ヤマモト家の包丁はいっつもキンキンに切れる状態なんだとか。


 ははぁ……なんか、家の状態最高みたいですね。

 聞いてる方も幸せになってくる感じやな。


 とりあえずウチは、ほっこりしながら切り落とした大根の葉っぱを洗ってた。

 大根は捨てるところないからな。


 葉っぱも、皮も食べられる。


 葉っぱには虫がついてるかもしれんから、ウチは桶に汲んだ水でじゃぶじゃぶ洗った。

 洗ったら、小さい芋虫が何匹かポロポロと。


 取り除いていく。(こいつらは、後で外にほかす)


「ああ、これはいい大根ですなー」


 葉っぱの状態、瑞々しいし。

 食べごろや。


「そうね」


 見ると、ヒカリさんが大根の皮をしゅるしゅると剥いてはった。

 慣れてはる。


 さすがやね。

 自分の事は全部自分で出来るように、って教育受けてはるんやね。


 お嬢様やけど。


 見る間に大根一本を丸裸にして、実を刻む段階に行くんやけど。


 さすが。


 分かってはる。


 大根は細かく切るより。わりと大雑把に切った方が美味しい。

 1センチちょいくらいの幅で刻んでいきはる様子を見て、安心した。


 ……正直、その辺の指導要るかな? っておもてたんやけど。

 無用やね。ヒカリさん、わかってはる。


 要らん心配やったんや。


 そう思いながら、ヒカリさんが剥いた皮を、葉っぱと一緒に刻んで、鍋への投入を待った。

 実の方を先に入れんとな。

 一番煮やなあかんの、実やし。


 あ、その前に当然出汁な。


「出汁は何ですか?」


「煮干し」


 了解しました。


 ストトト、ストトトト!


 ウチが煮干しで出汁を取っていると。


 横ですごい手際よく、包丁で大根を刻むヒカリさん。

 その集中して刻む姿は、杖術で杖を振るってるときと勝るとも劣らんほど凛々しかったわ。


「手際よろしいですな」


「テツコに指導されたからね」


 え……?


『ヒカリはアタシが育てた』


 ニュッ。


 アンタが教師やったんかい!

 料理なんて出来なさそうなナリしとるくせに!

 

 ヒカリさんの身体からひょっこりして来たテツコに、ウチは突っ込むと。


『それは偏見というものよ。色々あって、アタシは料理が得意なの』


 腕を組んだテツコに言われてしもた。


 偏見……まぁ、そうやけど。

 金髪のエロい女が料理得意やったらおかしいなんてルール、無いもんな。


 反省……するべきなんかなぁ……?


 まぁ、刻んだ大根を鍋に投入し、竈に点火して火を入れた。


「あ」


 その直後やった。


 ウチは気づいてしもた。


 おかずに、アジの開きがあるのに……


「……大根おろしを作る分、取りました?」


 うっかりしてた。

 そのあたり、全く注意してへんかった……。

 アジの開きに使う、大根おろし用の大根取り分けないで、全部刻んでしもうたんちゃうやろか……?


 ウチが焦りながらそう言うたら。


「ちゃんと先端部分は取り分けておいたから」


 刻むにしても、形が歪になって良くないしね。


 言って、ヒカリさんに小さな桶に取り分けられた大根の先端を見せてもらい、ウチ、安堵。


 ……あかんわー。

 ウチ、役に立ててないわー。


 ヒカリさんの方が、何倍も上手やん……。


 自分の至らなさを、ウチは痛感した。

 こういうところこそ、実はウチがリードできるんちゃうか、なんてちょっと思っとったのに……。


「……どうしたの? テスカさん?」


 そんな風に、ウチが軽く落ち込んでたら、ヒカリさんが、声を掛けてくれた。


 どう答えたもんやろね?

 ちょっとだけ、思案した。


 聞きようによっては、ヒカリさんを低く見てた、って取られかねへんな。

 そう思うし。


 けど……


「……いや、ウチ、全然役に立ててないな、って」


 これが正直な気持ちやし、そこにヒカリさんを侮辱する気持なんか無い。

 だから、そういう風に言うた。


 一番気にしているところを。


「ヒカリさんは何でもできはるし、ウチ、ヒカリさんの役に立ててないゆーか……」


「たまたまでしょ?」


 でもヒカリさんは。

 愚痴っぽくなりつつあったウチに、そんな言葉を掛けてくれたんや。


「えっと……?」


 たまたま?


「今日は、たまたま私がテスカさんのポカミスをサポートしただけ。それだけの話。将来、私は何か致命的なミスを犯すかもしれない。で、テスカさんがそれをサポートしてくれるのかもしれない」


「そんな事……」


 ありえるんでしょうか? って言おうとしたら。


「ありえないとは言い切れないでしょ?」


 被せられた。


 でも、被せられて、悪い気はせんかった。


「どっちが役に立ったとか、立たなかったとか、そんなのたまたまなんだから」


 気にするようなことじゃないと思う。


 ヒカリさんは、そう言ってくれはった。


 ……育ちがいい人って、こうなってしまうもんなんかね……?


 ウチは、ヒカリさんへの尊敬の念をますます強くしてしもうたわ……!



 鍋がぐつぐつ言って来たら味噌を適量の半分、くらいの量で溶かして。

 しばらく煮込み。

 煮立ってきたら、火から下ろして残りの味噌投入。


 その間に、アジの開きも焼いて行って、大根おろしも作る。


 で……


「完成!」


「完成!」


 どこに出しても恥ずかしくない、立派な夕飯の完成や!


 台所の隣にある居間に、お膳を出して、準備を進めていく。


 並べ、盛りつけ。


 やってるときに、ヒカリさんは言うてくれたわ。


「何も問題なく食事、完成したよね」


 手を休めないで、言うてくれた。


「テスカさんが手伝ってくれたから、ずっと早く終わったんだよ?」


 ヒカリさん……!

 ウチが泣き言を言うたから、気をつこてくれてはんねんね……。


 グッときてもうた。


「ありがとう。完璧だわ」


 そこに、ヒカリさんのお母上である、クミ・ヤマモト様がいらっしゃったんや。

 居間の暖簾を潜って、様子を見に来てくれはったんやね。

 で、そしたらあらかた終わってるから……


 ウチらの仕事、完璧やと言うてくれはった……。


 それは嬉しかった。


 嬉しかったんやけど。


「すみません、ちょっとよろしいですか?」


 お膳の準備が終わった頃やった。

 ウチらは、話を切り出した。

 

 ちなみに、訊いたのはウチ。


「……何かしら?」


 ウチの言葉に、言ってみなさい、っていう風に応えてくれはる。


 だから、遠慮なく、言わせてもろた。


「……何で、爪先、顎、脇、乳首、なんですか?」


 そう言うた時。


 クミ・ヤマモト様は少し懐かしそうな顔をしはったな……。

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