第16話 この人がクミ・ヤマモト……!

「オカン!」


 家に帰ったウチは、玄関に鞄を置いた瞬間、オカンに呼び掛けた。

 まだ仕事中やけど、構えへん。


 仕事をほっぽって何かやってもらおうとか、そんなんちゃうし。


「なんやの後にして」


 奥からオカンは忙しそうにそんな事言うたけど、構わず続けたわ。


「明日ヒカリさんの家にお呼ばれしたから、明日の晩ウチおれへんから」


 ただの連絡やし、恥ずかしい内容でも無いし。


 今言うてもええやろ。


「そうか!」


 すると。


「それは良かったやんか!」


 返って来たオカンの声は弾んでた。

 仕事場からやから、姿は見えへんかったけどな。


「……でもアンタ、調子こいて迷惑だけは掛けたらあけへんよ?」


 そりゃまぁ、当然や!


 折角できた絆を、ドブに捨てるほどウチはアホちゃうから!


「大丈夫や! それぐらい分かっとるわ!」


 そう言うて、ウチは自分の部屋に引っ込んだ。




 自分の部屋に入って、鞄から勉強道具を引っ張り出して、今日の授業の復習をしながら。


 ウチは自分の浄化技について考えとった。


 寝る前に考えようとか思ってたけど。


 どうしてもそっちを考えてまう。


 授業の要点を書き写した駄紙の内容を纏めるんやけど。

 その下に、ウチのこれまでの人生で、絆を感じたことを書き出してた。


 気ィついたら。


 ……アカンわー。


 どうも、ワクワクしてまう。

 遊びちゃうんやけどな。


 邪悪と戦う選ばれた戦士なんやから。ウチら。

 浮ついた気持ちでやったらアカンやろ。


 でも、どうにも、ワクワクが止まらへん……。


 ウチにとっての浄化技の基礎……


 やっぱ、あれかなー?


 辛い記憶やけど。


 友達や思てた子に、一方的に絶交を突き付けられたときかなー?

 あのとき、オカンに慰められたのがウチは絆を一番感じたときやったかなー?


 ……ヒカリさんは、爪先と顎と脇と、乳首を打ち、突くことをお母上に教えられたから、そこから浄化技「天翔女閃あまかけるすっちーのひらめき」を編み出しはった。


 ウチにとってのそれって、何やろ……?


 差別されたとしても、恨まず反発せず、ただ黙々と真面目に生きろ……


 それがオカンの言葉やったけど……。


 ……ウチの家業、お好み焼き屋やからなぁ。


 そこらへんに、ウチの浄化技の鍵がある気がする。


 ……ウチは駄紙に「お好み焼き」と書いて、マルを入れた。




 そして次の日。


 ウチは帰ってから、昨日のうちに仕込んでおいたタネを使って、お好み焼きを焼いたんや。


 豚玉と、イカ玉。


 生地に長芋を混ぜるのが、ウチの味なんよ。

 だからフワフワや。


 店の端っこの鉄板を使わせてもろて、シコシコ焼いた。


 お土産に持っていくお好み焼き!


 オカンやオトンに焼いてもろた方が上手に出来るとは思うけど、こういうのはウチがやらなアカン気がする!

 それに、この行為自体も決して無駄にはならんからな!


 ……それにしたって、いきなり子供が作ったものをお土産って冗談きつい?


 馬鹿にせんといて! ウチかて経験者や!

 そりゃ、オトンやオカンには及ばんけども!


 ……4枚焼いて、上手に焼けた2枚をお持ち帰りで包んで、準備した。

 選外になったのは、オトンとオカンに賄いで食べてもらう事にする。


 片付けもしっかり済ませ、準備万端。


 一言、言うてウチは家を出た。


「じゃあ、行ってくるわ!」


「失敗しなや。応援してるからな~」


 オカンの言葉を背中に受けて、お泊りセットとお土産のお好み焼きを持って、ウチは家を出た。




 背中に背負い袋。

 片手にお好み焼きの包み。


 そんないでたちで、ヒカリさんの家にやってきたウチ。

 ちなみに今日のウチの服は余所行きやない。


 普通や。

 紺の着物に茶色の帯。


 みっともなくない……と思う……けど。


 まぁ、それよりも。


「……でっかい家やなぁ……」


 店舗兼住居の家で、風呂とトイレのついてない一般家屋に住んでるウチとしては。


 ウチの倍はありそうなその家に、ちょっと圧倒されてしもうた。


 ……この家、お風呂もトイレもあるんやろうなぁ。

 ほとんど貴族の家みたいやし……。


 ひょっとしたら井戸もあるかもしれへん。


 やっぱ、国王陛下に謁見を果たした英雄が住む家やから、そんじゃそこらの家とはちゃうんやな……。

 それを思い知らされてしもうた。


 でっかい木造の門。

 門には「ヤマモト」の表札。


 門は開け放たれてて、覗くと玄関が見えたわ。

 玄関も開いてて、中に衝立があって、中は見えへんようになってた。

 ちなみに衝立には「自給自足」って書かれてて。

 ちょっとお金持ちの家の標語のように見えへん。

 でも、なんかヒカリさんの家らしいな。


 ……で。

 多分、雰囲気からしてあっちが本宅なんやろな。


 というのも、離れが1つ別にあったんや。

 そっちは中が見えへん。


 障子が閉じられてて、分からへんかった。


 ……ふへー……すごいわ。


 敷地内に建物が2つもあるやなんて。


 ウチは住むところ3つしか部屋が無い家に住んでるけど。

 ヒカリさんのとことはゆうに10は部屋がありそうやな……


 そうして、しばらくジロジロ中を見とったけど。

 こんな姿、見られると印象最悪! ってハッと気づいて。


 慌てて、言うた。


「もしもしヤマモトさ~ん! トリポカです~! いらっしゃいますか~?」


 返事を待った。


 すると……


 トトトトト、とある程度体重のある足音がして。


「あら、どなたですか?」


 ……丸眼鏡の、黒髪長髪を後ろで三つ編みでひとつに纏めた、着物姿の中年女性が玄関の衝立から顔を覗かせたんや。


 この人……もしかして……!




 顔にさすがに小皺がある気がしたけど。


 その女性は、太って無かった。

 多分、若い時に鍛えてて、その積み重ねで、中年太りの呪いから逃れてはるんやろう。


 ウチのオカンなんか、若い時よりだいぶ丸くなってるゆーのに。


 見た感じ、顔の作りはあんまりヒカリさんと似てはらへん。

 けど、雰囲気? みたいなものが驚くほど似てはる。

 全体的に知的な雰囲気が……


 あと胸!


 どたぷーん


 って感じやった。


 間違いない!


 この人、ヒカリさんのお母上や!


 ……つまり……この街の英雄……!


「う……ウチ、テスカ・トリポカ言います……ヒカリさんとはお友達になっていただいてて……」


 友達、という言葉を口にするとき。

 若干、勇気が要ったわ。


 本当にそうなんか? 証拠は?


 そんな思いが湧いてきて。


 そんなもん、ありえへんのにな。


 友達が友達であることなんて、双方の想い以外に証明するものなんてあれへんのに。


 ぼっちの悲しさや。

 相手の気持ちに自信が無いもんやから、それを他人に公言するとき、抵抗感を感じてまうのは。


 すると、女の人はにっこり微笑みはった。


 とても優しそうに見えた。


「ああ、テスカさんね。娘から聞いてるわ。上がって頂戴」


 ……ああ。

 やっぱりこの女の人が、ヒカリさんのお母上……。


 この街を救い、国王陛下に謁見を果たし、漢字を広めた「漢字聖女」


 クミ・ヤマモトなんやね……!


 すっごい、ドキドキした。

 だってこの人、将来歴史教科書に載る人やから。


 ウチなんかとは、レベルが全然違う人なんや……!


 メッチャ緊張した。

 少しでも作法から逸れたら「あら、カンサイ出身の野蛮人は野蛮人ということかしら? 娘と付き合って欲しくないわ」って思われるんちゃうかなと思って。


 履物の草履を脱ぐときも気を遣ったし、お土産の渡し方も気を遣った。


「あら、お好み焼き。ありがとうね」


 笑顔で受け取ってもらえたから、多分大丈夫や面う。


「主人が喜ぶわ」


 あの子の父親、お好み焼き大好きだから。


 ……おお。

 渡した身としては、嬉しかったわ。

 作って来た甲斐があった!


「良かったです~」


 案内してもらいながら、素直にお礼を言うた。


「焼いたのはウチですけど、お好み焼きのタネの製法はウチの親の言うとおりにしたんで、味は良いはずですから」


「そうなの。楽しみにしておくわね」


 廊下を歩きつつ、そう、言ってるうちに。


 ひとつの部屋の前に案内された。

 襖が扉の、ひと部屋。


 そして。


「ヒカリ~! お友達がいらっしゃったわよ~! テスカ・トリポカさん~」


 すると部屋から


「ありがとうお母さん! テスカさん、入って来て~!」


 部屋から、そんな言葉。


 ……許可をもろた。


 ごくり……。


 唾を飲み込んで、襖の取っ手に手を伸ばした。


「お邪魔します……」


 スィー、と。

 襖を引いて開けた。


 すると。


 8畳ほどの、畳敷きの部屋。


 あるのは本棚と、布団と、勉強用の書き物机だけ。


 ……ああ、でかいぬいぐるみがひとつだけあるくらいかな?

 青色の、耳の無いタヌキみたいなキャラクターのぬいぐるみ……。

 首に鈴がついとるの。猫みたいに。


 見たこと無いやつやけど、何のキャラクターやろう?


 絵草子に、あんなんがおるんかな……?


 これが……ヒカリさんの部屋……!


「いらっしゃい! よく来てくれたね!」


 そして部屋の主のヒカリさんは。

 ウチの事を笑顔で迎えてくれたんや。

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